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エピローグ~プレイボール?

◆◇◆


 目覚まし時計が、狂った半鐘のように鳴り響く。

 布団から腕を伸ばして止めると、時刻はちょうど8:00。

 そして日付は……3月28日、金曜日。

 待ちに待った、プロ野球の開幕日だ。


 ああ、良かった……

 ちゃんと翌日になったんだ……


 ほっと胸を撫で下ろしたわたしは、朝ごはんの良い匂いに誘われて、2階の自室からリビングへ向かった。


 リビングでは、早起きした母がつけたのか、テレビが煌々と光っていた。

 普段は「ラジオで事足りる」なんて言ってるのに、珍しいこともあるもんだなぁ……

 そんなことを思いつつ画面をちらっと観てみたわたしは、文字通り腰を抜かした。


『いやいやいや! あり得ませんって! ――が抜けた穴がそのままなのに優勝って!』

『ええ~っ? そうかぁ? うちには長打力が持ち味の』

『ダメですよ! ――しか打たないんだから! どう考えても得点力不足!』

『じゃあ聞くけどさぁ、おたくのチームはどうなのぉ? ワーストの防御率は改善されたわけ?』

『……うちの話は、いいじゃないっすか』

『ああ、だよねぇ、去年と変わってないもんねぇ。新戦力も獲得できてないし?』

『FAで――が来たからって調子乗ってません!? うちも狙ってたのに!』

『わっはっは! ローテーションも中継ぎも抑えも盤石だなぁ! あとは点を取るだけだぜ!』

『うちの最強打線なら、点はいくらでも取れますよ! だから、投手陣が崩れなきゃ勝てるんです!』

『……』

『……』

『……足して2で割りたいな』

『……そうっすね』


 え……!?

 これって、昨日の……!?

 なんで!?

 どうして!?

 だって、今日は……


「あ、ユキナおはよう〜。あら、そんなとこに座って、何やってんの?」


 対面式キッチンから顔を出した母が、テレビの脇に座り込むわたしに声をかけてきた。

 茶碗にモリモリと白米をよそっている母に、わたしは震える指でテレビを指し、


「こ、これ……昨日もやってなかった……?」


 と、尋ねた。

 すると母は、まるで珍プレーを見たときみたいに大口開けて笑うと、


「再放送よ、再放送! 昨日の面白かったから、つけてみただけ。ああもう、ユキナってば驚きすぎ! ふふ、もしかして昨日に戻っちゃったとか思ったの? そんなSFみたいなこと、起こるわけないでしょ〜」


 そう言って、お椀にネギと豆腐の味噌汁をよそい始めた。

 確かにキッチンをよく見てみると、白米に味噌汁、そして卵焼きが用意されている。

 昨日まであった、何度も蘇る「2日目のカレー」は、もうどこにも見当たらない。


「ああ、なんだ、再放送か……」


 び、びっくりしたぁぁぁ……!

 また開幕前日に戻っちゃったのかと思ったぁぁぁ……

 良かったぁぁぁ……!


 なんて思いながらも顔には出さず、わたしはテーブルに朝ご飯を運びながら、母に「いよいよだね」と声をかけた。

 すると母は、ニヤリと笑って、


「今年は気合入ってるよ! いつもの最下位予想なんて吹っ飛ばす勢いで、どんどん連勝してほしいね!」


 そう言って、空になったフライパンを応援傘のように上下に振った。

 確実にわたしより楽しみにしている。

 そんな母を見ていて、ふと気がついた。


 明日が来る。

 ただそれだけで幸せなのだ。


 それから、わたしと母は来たる開幕戦に向けてテキパキと家事をこなしていった。

 炊事洗濯、それから掃除……

 晩ご飯の支度が整ったとき、時計の針はちょうど18:00を指していた。


 プレイボール!

 である。


 わたしは晩ご飯の簡単かけうどんをズルズルすすりながら、視線はテレビに釘付けだ。

 母は、ここぞとばかりに「今の良い球だったよ!」とか「前に打てー!」とか叫んでいる。


 ああ、そうだった……

 昨年の9月までは、これが我が家の日常だったんだ。


 こうしてまた、プロ野球が観られる日が来てくれて、良かったなぁ。

 わたしは、テレビのプロ野球中継をしみじみと眺めつつ、そのありがたさを噛みしめていた。


 もう、毎日を無駄に過ごすような生活はやめよう。

 これからは気持ちを入れ替えて……

 一日一日を大切に生きていこう。


 そのために、わたしにできること……

 例えば、そうだな……

 どこか旅行に行くために、アルバイトをして費用を貯める、というのはどうだろう。


 目指すは、プロ野球12球団の本拠地球場制覇!

 テレビ中継や一球速報では味わえない、現地ならではの感動や球場メシを体験する旅……!

 うん、考えただけでワクワクしてきた!


 わたしが決意も新たに簡単かけうどんを食べ終えたそのとき、ちょうど母の推し球団が先制の適時二塁打を放ち、テレビの画面は歓喜に湧いていた。


 なんだか少し、応援されているような気がした。



おわり

ここまでお読みくださり、ありがとうございました!

感想などお寄せくださると嬉しいです。

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