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第八話  死神は礼儀正しく、汝の招きを待つ

魔導士の街には門がある。とはいえ入ろうと思えばどこからでも入れる。城壁が無いのだ。王都から遠い辺境とはいえ治安は比較的安定しており、街を襲う明確な外敵はいない。盗賊も街を荒らせば兵を出され殲滅するまで延々と追われる。その害は家族にも及び、故に仕事として盗賊を行う者は決して街では働かない。これを連座といい、残酷ながらも理にかなった方法である。それでも街を荒らす者はよそ者、あるいは狂人である。


門の外で立っているものがいる。


門番が形ばかりの巡回を行うと、門の前に馬に乗った立派な甲冑の騎士がいる。身なりからして街の偉いさんか金持ちに呼ばれたものと推測するが、はて中に入ろうとしない。ただ門の外でじっと待っているのだった。門番は声をかける。



「あんた、なんでそんなとこ立ってんだい」


「中に入って宜しいか」



騎士は威圧的でも媚びるふうでもなく淡々と聞いてきた。後で考えると門番の問いには答えていなかった。しかし気さくな門番はそこに気付かず、彼を中に招き入れてしまう。



「ああ、入りなよ」


「忝 (かたじけな) い、痛み入る」



ずいぶん古風で固い言い回しだな、これが騎士ってやつなのか。門番はのん気にそう思っていたが、騎士は招き入れられないと入れないという制約を負っているのだ。いや、誤解を招くやもしれんので言いなおそう、制約を負っているのは騎士ではなくこの " 男 " である。

騎士が街に入ると衛兵が取り囲む。



「待て、街は馬の乗り入れを禁じている、そこの厩舎に預けるがいい」



騎士は馬から降り兜を外す。栗色の髪がふさりと揺れて、切れ長の目が衛兵に涼しい視線を送る。まさに美丈夫、銀の甲冑の美しさも相まって、古代神話の英雄を思わせた。



「無骨者ゆえ申し訳ござらん、面目次第もない」



丁重に頭を下げる騎士、いやいや知らぬことだから仕方ないと恐縮する衛兵たち。あまりに真摯な態度に見ほれる彼らに頭を下げ、馬を厩舎に連れていく。馬の扱いも上手い。これはさぞ名のある騎士だろうと囁き合うのだった。



時は夕刻。騎士は街へ入る。入ってしまった。



◇◇◇



月は上限。やや雲が掛かり驟雨しゅううの気配あり。


アーカシ姫さまは久しぶりにゆっくり眠っていた。理由は3つ。


ひとつ、たらふく食べた。


姫さまが宿の食堂に入ると男性冒険者の姿が消える。みな一様に青ざめ、食事中の者も残りを包んで持ち帰る始末である。おかげで姫さまは広いテーブルに料理を並べ、注文も来るのが早く、ご満悦で食事を楽しんでいた。

さらにオリビアが食堂に入ると女性客の姿が消える。特に子供連れは顕著で、なるべく我が子にオリビアの姿を見せないよう配慮しながら店を出るのであった。


ふたつ、新しい服が気に入った。


清潔で機能的、白黒モノトーンのゴシックドレスは見かけによらず着心地も上々。実際姫さまは着たまま眠っている。皮と金属が惜しげもなく使用されているのに軽く涼しいのは如何なる魔法か、オリビアの裁縫技術は御前上等と言わざるを得ない。


みっつ、オリビアを縛り上げている。


アーカシ姫さまがドレスを着たまま寝ているのには訳があり、脱ごうとすると手伝おうとするオリビアに邪念を感じ、死闘の末取り押さえることに成功。格闘経験のない侯爵令嬢がアーカシ姫さま相手に寝技で互角に渡り合ったのは尋常ではなく、後に姫さまは執念が技を超えたと評されている。


以上の理由でもって、アーカシ姫さまは深い眠りについていた。



大いびきをかいていたアーカシ姫さまが急に静かになった。小さな寝息で上品に眠る姫さまは祈る聖女の表情だった。

無垢で清純、それでいて可憐。

何故それがわかるのか、猿ぐつわのオリビアが観察していたからである。あまりに静かな夜なので、宿屋1階から女将さんの声が聞こえた。



「こんな夜中から宿泊かい、大変だね、部屋は空いてるよ」



ぎ、


ぎ、


ぎ、


ぎ、


ぎ、


ぎ、


ぎ、


ああ。

聞こえる。

足音がする。

静かな足音が。

廊下を歩いてる。

薔薇の香水が漂う。

オリビアに眠気が襲う。

足音が此方に近づいてる。

オリビアは入り口の扉を見る。

足音はそこで、静かに止まった。

入口の扉が音もなく開き窓も開く。

夜風が白いカーテンを舞踏会に誘う。

姫さま、私、なんだか、ふわふわするの……

お客様かしら……

立派な甲冑……

姫さま配下の騎士かしら……

ふふ、一礼したって姫さまは眠ってらっしゃるわ……

気付いてもらえなくて可哀そう……

あら、姫さまのドレスを脱がすつもり……

簡単には脱がせないはずよ……

だって私が作ったんだもの……

あら、首筋をそんなに開けて……

姫さまの綺麗なお肌……

やだ、騎士さまって大きなお口……

大きなお口……

大きな……

牙……

……





「んんんんんんんんんんん!…………どりやああああ!」



両手両足の紐を引きちぎったオリビア。

猿ぐつわをも食いちぎり怒りの絶叫。



「てめえッ! 姫さまにィ! 何しやがんだああああ!」



飛び起きるアーカシ姫さま、ブランケット(薄手の毛布)を投げつけベッドから転がり床に降りる。暗殺に警戒する習慣があったため見事な手際。騎士はブランケットを跳ねのけ剣を抜く。あの剣は……



「……魔剣フラグかいな!」


「左様、目利きも為さるとは中々の博識」


「アホか! そりゃ元々ウチのもんや!」



騎士は剣を正眼に構える。魔剣フラグと呼ばれたそれは薄く光り、呪文のような文字が……



「まてや」


「……なんと」


「あんた " アレ " やと思うけど、騎士である事を捨ててはないんやろ」


「……如何にも」


「ここで暴れたら宿屋に迷惑かかる」


「……それは当方与り知らぬ事」


「 " 迎え入れて " くれた女将さんに仇を返すんやな」


「…………」


「街の南方に墓地がある、そこで存分にヤりあおうや」


「……承知した」



騎士は開いた窓からうしろ向きに飛んで出た。

そんな不自然な、とは思ったが、どうも人間では無いらしい。

アーカシ姫さまはブーツを履き部屋を出る。



「ほな夜遊びしてくるわ、留守番頼むで、オリビア」







「中に入って宜しいか」

──注釈

西洋の悪魔に対する伝承では

「悪魔は招き入れないと他人の家に入れない」

とされている


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