第七話 混乱の魔導士
魔導士の街。
その中央にある行政機関、黒い神殿。
黒いフードを被った年齢も性別もわからない魔導士たちが集まり、小声で話し合っていた。昨日の白い魔人とアーカシ姫さまについてだ。
「あの汚い姫君は……少なくとも……敵ではない……」
「例の魔道具についても……知っているらしい……」
「何やらはぐらかしていたが……それはお互い様だ……」
神殿の一室、魔法陣の上に置かれてあるのは、ガラケー、デジカメ、電子レンジ、ドライヤー。魔導士たちにとっては使用目的すらわからない、この世界にあるはずのない物ばかり。そう、彼らは以前から存在を感知・収集していた。あえてアーカシ姫さまに言わず伏せていたのだ。
これらは未発見の魔素を含み、不可解な現象を起こす。しかし悪意ある魔術の組み方はこの世界の物であり、特に【自動詠唱機】、これは魔導士も開発中の自動的に呪文詠唱を行う人工知能であり最新の魔導技術である。
古代言語でプログラミングするのだが、文字発達以前の言語体系を使用するため口述でしか伝わっておらず、開発は難航しているのだ。しかし何者かが開発に成功して、昨日のように悪用する者や、アーカシ姫さまのように使いこなすものまで現れた。我々も急がなくては……
「おい……開発は……どこまで進んでいる……」
「私に……聞いているのか……」
「他に……誰がいる……」
「20人以上……いるが……」
魔導士は全員が黒いフードを被り、年齢も性別も判断つかない。
誰が誰だかわからないのだ。
「まあいい……それより開発の……進捗情報を……」
「私に……聞いているのか……」
「いいから……答えろ……」
「私は……この部屋を……掃除しに来ただけだ……」
魔導士は全員が黒いフードを被り、誰が誰だかわからない。
まちがえて掃除の人に声をかけてしまったようだ。
「すまない……邪魔したな……そっちの君は……開発部門か……」
「ああ……そうだ……」
「自動詠唱機の……進捗具合は……どうなっている……」
「そんなこと知らん……私は……食堂のメニュー開発部門だ……」
魔導士は全員が黒いフードを被り、誰が誰だかわからない。
しかし食堂の人が紛れ込んでいる理由がわからない。
「なぜ食堂の人が……ここにいる……」
「食堂の……試食会も……ここで開催しているからだ……」
「紛らわしい……別の場所でやれ……」
「それは……食堂の……責任者に言ってくれ……」
「それは誰だ……どこにいる……」
「あの黒いフードの……横にいる黒いフードの人物だ……」
「えっと……あの黒いフードか……」
「ちがう……その前の黒いフードの……横にいる黒いフードだ……」
魔導士は全員が黒いフードを被り、誰が誰だかわからない。
それが彼らのアイデンティティーだとは思うが、そろそろ考え直した方がいい時期に来ているだろう。
◇◇◇
「姫さま、お召し物を用意いたしました」
オリビアはアーカシ姫さまに新調したドレスを差し出した。魔導士の街で売られていた丈夫な白いドレスと、武具店で売られていた黒い皮の鎧を組み合わせ、部分によっては金属の装甲を組み合わせたやや武骨なゴシックドレス。スカート部分は大きくスリットが入り、モフモフに跨りやすい仕様となっている。
「おおお! ええやないか! どこで売ってたんや!」
「市販のものに手を加えた、私のハンドメイドでございます」
オリビアは侯爵令嬢の嗜みとして手芸を身に着けていた。裁縫などお手の物である。とはいえこれだけ大掛かりの一品を仕上げるのは容易ではなく、徹夜で必死に仕上げたのであった。ひとえにアーカシ姫さまへの深い愛情と、モフモフへの嫉妬心が形となった作品であると言えよう。
「デザインと機能性が両立しとる! 最高や! ありがとうオリビア!」
オリビアは震えた。頑張って作った。喜ばれた。感謝された。それも大好きなアーカシ姫さまに。お世辞を言わない姫さまの、素直な感想がまぶしく手で顔を覆う。決して流れる涙を拭うためではない。姫さま、姫さま、姫さま、姫さま……
「ううう……さ……さっそくお召しになられますか?」
「うん、せやけどこれ、ひとりで着れるんか?」
にたり。顔を覆うオリビア、指の隙間から邪悪な笑みが覗く。
ぞくり。罠に嵌められた獲物の悪寒がアーカシ姫さまに走る。
そう、これはオリビアが姫さまの為だけに作った特製の一品。
「さあさあ、私が着せてさしあげましょう」
「いや、ひとりで何とかするわ」
「いえ、絶対にひとりでは着れない仕様でございます」
「ほな、手伝って」
「はいはい、まずは全裸になりましょうふひひひひひひ」
「なに笑ろてんねん!」
「全裸にならないと絶対に着れない仕様でございまして」
「いやや!やめて!」
「絶対に嫌でございましてよ、さあさあお脱ぎになって」
「絶対いやー!」
「ふひひひひひひひひひひ!あはははははははははは!」
宿屋を中心にオリビアの笑い声が街に響き渡る。その夜街中の犬は怯え、猫は鳴き、空は蝙蝠がいつもより多く飛び交っていたという。
◇◇◇
騎乗した騎士が街道を駆ける。
大木を通り抜けた時、その枝に魔獣の親子が息を潜め隠れていたことを、騎士は気付いていたが気に留めず走り去った。
安堵した魔獣の母は翼を広げ、怯える子どもたちに諭す。
「いいかい・人間は・絶対に・襲っちゃいけないよ」
魔獣は基本、人を襲わない。通り過ぎた騎士が人間かどうかはともかく、魔獣は人と同等の知性と言語を持つ。ゆえに経験を共有し、物事を推測できるのだ。
「人間はね・襲われると・報復で皆殺しに・するんだよ」
人間は人間に襲われると、個体を識別して報復する。それはいいのだが、魔獣やケモノに襲われた人間は、その種を絶滅させる。個体を識別しない、あるいは出来ないのだ。その種、あるいは近似種を危険と見なし排除する。報復とは復讐の仮面をかぶる危険排除の行動なのだ。怯える魔獣の子供達に、母は告げる。
「人間はね・助けると・困ったときに・助けてくれるよ」
必ずそうとは限らない。裏切られることの方が多い。しかし魔獣は人間にそうあって欲しいと願うから、子どもたちにそう教えている。人間も本質的には、助けられたら助けたいという気持ちを持つ。助けた個体が助けられるとも限らない、でも別の魔獣が助けられるかもしれない。それが知性を持つ魔獣が選んだ道なのだ。
戈を止めると書いて「武」と読む
武術を使い人を殺める騎士の姿が遠くへ去っていく。
武道の本質を図らずも理解する魔獣がそれを眺めていた。
「戈を止めると書いて「武」と読む」
──注釈
「武は戈を止むるの義なれば少しも争心あるべからず」
刀を抜かない剣豪として有名な幕末の剣豪
斎藤弥九郎の道場に掲げられた文言
あるいはニトロプラス・装甲悪鬼村正のテーマ