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第五話  WILD ANTHEM " MUV-MUV " (モフモフ)

アーカシ姫さまは走り出す。


探し物を見つけるため街の魔道具店をはしごしていたアーカシ姫さまは、白い翼を広げ周囲を凍らせる男を目にした。それも捨て置けないが、なによりお姫さまを走らせたのは、傷つき倒れた人々の姿だった。


不快なのだ、名も無き人々が誰かの都合で踏みにじられるのが。

不快なのだ、名も無き人々が本当に名前が無いと思う無神経が。

不快なのだ、それを見過ごせないお節介な自分が。


アーカシ姫さまは走り出す。


全力で突進するエネルギーを拳や足先に乗せることは難しい。特に拳は複雑な手の骨が持たないし、エネルギーの変換効率も悪い。重心を固定し回転することで破壊力を発生する方が効率がいい。

では突進するエネルギーを破壊力に変換する最適解は? まずタックルと頭突き、次点が肘や膝。アーカシ姫さまは肘を選択。


【中国山陰武術:突鶏拳 砂丘梨肘】


全体重×突進速度の運動エネルギーを肘に集中、並みの人間なら骨折程度で済まないだろう。金属音に近い衝撃波が耳を突く。だが、効かない。


すでに人でなくなった男は氷柱のように固く、姫さまの肘打ちを受けてもわずかに振動するのみ。彼は手にした噴水の彫刻を姫さまに叩きつける。彫刻は砕け散り、姫さまは吹き飛ぶ。血を滲ませ彫刻の破片を絡めた金髪の隙間から、姫さまの薄い唇が覗き見える。


────さよか、やっぱりそうなんやな

    ほなウチだけでは物足りんやろ

    友達も紹介したるわ、魔人め!────



「来いッ! モフモフッ! ワイルドアンセムや!」



【тусламж хэрэгтэй хүмүүст туслах】


魔導士の街の外れ、木陰に隠してあったモフモフの自動詠唱機が作動、操者の緊急要請を受け単独による自動運転を開始。魔導エンジン作動。ダークマターと魔力を混合する2ストロークの内燃機関は熱く燃え、砂塵を巻き上げ走り出す。

その速さ約140マイル(時速225㎞)

この世界において現実離れした異常な速度である。



聖職者、いや、白い魔人に胸倉を掴まれたアーカシ姫さまは、凍った地面に叩きつけられる。その固さであばらの何本かは折れただろうか、それより危険なのは魔人の手から発する冷気、お姫さまが凍り付いていく。



「ワレ! 離さんかい! こら! くそ! ボケェ!」



暴れ悶えるアーカシ姫さま、オリビアは我慢できない。しかし無力な侯爵令嬢に何ができる、犠牲者が1人増えるだけだ。だからなんだ? 知るか。関係ない。あいつは殺す。


オリビアは走り出す。


彼女にとっても街の人が傷つくのは悲しいし、耐えがたい。貴族たる侯爵令嬢の一人としても下々の者が苦しむのは許せない。しかし今は後回しだ。アーカシ姫さまに触れ、傷付け、殺そうとしている。そんな存在を認めない。あいつは殺す。


オリビアは走り出す。


愛する者を奪おうとするあいつを殺す、何度も殺す。永遠に殺す。逃げても殺す。泣いても殺す。詫びても殺す。笑っても殺す。喋っても殺す。息をしても殺す。見ても殺す。聞いても殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す……



「あははははははははははは!」



大声で笑いながら疾走するオリビア、その狂気、その殺意に街の人たちが怯えたその時、彼女を後ろから追い越していく鋼鉄の疾風。

WILD ANTHEM " MUV-MUV " (モフモフ)だ。

主人の危機に駆け付けてくれたのだ。


無人のオートバイ、モフモフは主人をイジメる悪い奴に後輪タイヤで噛みついた。

魔人の手前で前輪をロック、車体を反転させ後輪を魔人に押し当てる。


【Эрч хүч байвал юуг ч хийж чадна】


自動詠唱機が作動、前輪はロックさせたまま、魔人に押し当てた後輪が魔力を滲ませ激しく回転する。その摩擦は白煙を吐き、その高熱が氷を解かす。アーカシ姫さまの前世でバーンナウトと呼ばれたこの技は、モフモフの記憶回路にこう記されている。


【 GYPSY WAYS 】(運命の神盤)


常軌を逸した相手には、常軌を逸した力で挑む。それがアーカシ姫さまが弾き出した最適解だ。見よ、立ち上がる姫さまの美しさを。血を流し、髪は乱れ、服は破れ、泥水にまみれ、それでなお不敵に笑うお姿を。



「ええ子や! 来い! モフモフ!」



主人の呼びかけにエンジンをコカカカカと小刻みに鳴らし甘えるモフモフ。足を投げ出し跨るアーカシ姫さま。大きく裂けたスカートは、乗りやすくするため自ら引き裂いていたのだ。

半身が溶け動揺する魔人を前に、アーカシ姫さまは前輪をロックしたまま後輪を回し反転する。今日は前輪ブレーキを酷使し過ぎだ。


【Уншсан хүмүүст амжилт хүсье】


自動詠唱機が作動、反転した跡は大きく周囲の氷を溶かし、倒れて凍り付いた人々を救った。マックスターン、アーカシ姫さまの前世ではそう呼ばれていた。モフモフの記憶回路にはこう記されている。


【LOVE IN VAIN】(魔導解除)


アーカシ姫さまはモフモフで魔人に体当たりした。半身が溶かされ強度を失っていた彼はあっけなく砕け、細かく砕けたその氷の体はキラキラと輝き、溶けて消えた。

妄想を語る自称・聖職者の男は、こうやって神の元へ召された。それが彼の信じた神であれば良いのだが……


アーカシ姫さまは、足元に転がる白い卵のようなものを見た。それは力を使い切り、砂のように崩れていく。アーカシ姫さまは初めて見る物だったが、それが何かは知っていた。



「たまごっち、か」



異世界の住民は知らないだろう、これはアーカシ姫さまの前世で昔流行った子供のおもちゃだ。この世界にあるはずのない物が、何者かの手によって造られ流されている。それを手にする者は、魔法が存在する異世界ですら不可解とされる現象を起こし、その身を滅ぼしていく。



「人の手に渡らんうちに見つけて壊す、ウチが出来るのはそこまでや」



◇◇◇



オリビアがアーカシ姫さまに抱きつく。街の人々が歓声を上げている。大ケガを負ったものは多いが、幸いにして死者は1人しか出なかったらしい、自称・聖職者を人として数えた場合の話だが。


オリビアがアーカシ姫さまに頬ずりする。魔導士たちが姫さまに詳細を聞く。少々はぐらかしつつも危険な魔道具の話は伝え、不自然なものを見つけたら破壊するか、人の手に渡らぬよう保管すべきだと忠告していた。


オリビアがアーカシ姫さまにキスを……しつこいねんおまえ! けが人の手当か瓦礫の撤去でも手伝ってこい! キレた姫さまがオリビアを蹴とばす。しかなく彼女は動けない人の介抱に向かう。



「あの、おケガはありませんか」



おそらくケガをしているから倒れているのだとわかっているが、あえて声をかけることで意識状態の確認と、目視では判断つかない箇所のケガを見つけることが出来るのだ。



「だ、だ、だ、大丈夫です、ピンピンしてます」


「でも頭から血が……」


「高血圧なんです、ときどきこうやって血を抜いてるんです」


「でも足が逆方向に……」


「得意技なんです、体が柔らかいとよく言われます」



あきらかに大丈夫では無いし、高血圧だからと言って頭から血を抜くなんて聞いたことがない。とはいえ本人が酷く治療を嫌がるし、妙に早口で元気そうなので瓦礫の撤去を手伝うことにした。お店を壊され呆然とするあの母娘から手伝おう、そう思い近づくとオリビアに気付いた母は娘を抱きしめる。



「こ……殺さないで! 娘だけは……娘だけは許して!」



ん?

オリビアは考える。

なにか様子がおかしい。

震える母に抱かれた娘がオリビアを指さす。



「ままー、あのお姉ちゃん、笑いながらころすーって叫んでた人だよねー」



娘の目を手で覆い、オリビアを睨む母。

振り返れば衛兵が槍を構えて距離を空けて立っている。

事態を理解するオリビア。



「ち、違うんです! それは誤解です!」



誤解を解いてもらおうとアーカシ姫に助けを求めるオリビア。しかし姫さまは感極まった露天商のオジサンにハグされている最中だった。オリビアは崩れた屋台の木材を拾い上げる。決めた。あの露天商も殺す。



「あははははははははははは!」







【 GYPSY WAYS 】

──注釈

1988年リリース、ANTHEM4枚目のアルバム

日本のロックバンドが出した激熱の名盤

日本人離れした驚異の完成度と

日本人にしか絶対出せない独特の感性が魂を揺さぶる


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