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第十二話  OVER KILL

アーカシ姫さまは暇をもてあそんでいた。本当は魔導士の街を出てやるべきことがある。この世の理を歪める存在を探し出して回収、あるいは破壊していかなければならない。そしてそれらを創り出す存在を見つけ、場合によっては……



「…………」



アーカシ・ウォンターナは女性としての純潔を守っている。それがオリビア・フェルナンデスに奪われるのは時間の問題ではあるが、それでも最後の一線は超えていない。


しかしアーカシ姫さまは人としての純潔を少女時代に失っている。初めての経験は王城での寝室だった。寝込みを襲った暗殺者を返り討ちにして、殺したのだ。ロープを手に寝室へ入った小間使いの少女は、幼いアーカシ姫さまが枕元に置いた万年筆の使用目的を見誤っていた。


父である王さまの言いつけで毎晩就寝前に日記を書くようになり、下賜された手帳と万年筆を手放さないで寝室に持ち込んでいる、そんなストーリーを鵜呑みにした小間使いの少女は、熟睡しているアーカシ姫さまの首に慣れない手つきでロープを巻きつけ締め付けた。


誤算は二つ。ひとつ。アーカシ姫さまと王さまは事態を予測しており、ひそかに準備と訓練を怠らなかった。万年筆は小間使いの少女の眼球を突き刺し、赤いインクを撒き散らした。



「ぎやあああああ!」



小間使いの少女は顔を押さえ悶え狂う。この時点で控えていた兵士が寝室に飛び込んでいたが、アーカシ姫さまも急な事態に抑えが利かず、少女へ馬乗りになって万年筆を引き抜き、首へ何度も突き刺した。


OVER KILL。そこまですることはなかった。むしろ生かして黒幕を吐かせるべきだったが、異世界で初めて向けられた殺意に恐怖と怒りの歯止めが利かなかったのだ。兵士がアーカシ姫さまを羽交い絞めにして引き剥がすまで、姫さまはベッドの白いシーツに赤い日記を刻み付けていた。


OVER KILL。その反動は自分自身に帰ってくる。それから姫さまが熟睡することは無くなった。常に暗殺に怯え浅く眠ることしか出来なくなってしまった。殺されることよりも、殺すことに躊躇しない自分に怯えたのだ。前世で得た殺人技術、これが二つ目の誤算。


OVER KILL。周囲の目が変わった。鬼姫、殺人姫、IRON MAIDEN(鋼鉄の処女)、アーカシ姫さまは影で数々の異名で呼ばるようになり、恐れられた。もともと孤立気味だった姫さまは、さらに孤独を深めていく。それは後に姫さまが長い旅へ出る遠因にもなった。


雑な暗殺に失敗した黒幕は、以後陰湿で執拗にアーカシ姫さまを狙い続けた。しかし貧乏貴族ならまだしも、一国の王族を暗殺ともなれば容易ではない。しかも一度牙を見せてしくじったとなれば当然厳重な警戒網を抜けなければならない。毒殺など初歩も初歩、ありきたりで引っかかるほうが間抜けと誹られよう。



「…………」



アーカシ・ウォンターナは両手を見つめた。生まれ変わり異世界に来ても真っ赤に染まった彼女の手は、思い出したくもない前世の記憶を蘇らせる。目を閉じて首を振るアーカシ姫さま。違う、ここ(異世界)には愛してくれる人々と、愛している人がおる。悍ましいあの世界とは違う。

生きる価値がある。そんな世界に生まれ変われたんや!

生かす価値がある。そんな人達をうちは絶対守るんや!



アーカシ姫さまは魔導士の街を出て旅を続けたい。しかし魔導士に請われて動けないのだ。モフモフの構造を解析した魔導士は、魔導エンジンの開発に着手していた。それが剣と魔法の異世界に、どんな影響を与えるかアーカシ姫さまは深く考えていなかったし、たいして興味もなかった。役に立てばいいという程度の気持ちで、前世で得た拙い科学知識を魔導士たちに教え続けていた。


OVER KILL。魔導士たちの所業は後にそう呼ばれることとなる。



◇◇◇



「アーカシ姫はこの街にいるんでしょう?」



ティエン・シュリーズ枢機卿は魔導士の街に入っていた。後ろに控える聖職者2名も含め旅人に偽装した彼らは、敵対する魔導士の本拠地で宿を探していた。しばらく滞在するつもりらしい。右後ろを歩く聖職者がティエンに声をかけた。



「そういえば先代の枢機卿は姫の始末に執心してましたな」


「自分が始末されるとは思わなかったのかな」


「王家を警戒するばかりで足元がお留守だった模様ですな」



薄く雪の積もる魔導士の街の大通りで、3人は声をあげて笑った。アーカシ姫さま暗殺の黒幕である先代枢機卿は、ティエン一派のクーデターによって始末された。先代が食事中に、自ら真っ赤なスープを口から吐いたのだ。買収されたシェフの隠し味か効いたらしい。



「魔導士どもに、感づかれなければ良いのですが……」



左後ろを歩く聖職者は警戒していた。先代の末路より現在の状況を心配すべきだろう。ここは敵地、今は自分たちが暗殺されかねない。顔は割れてないと思いたいが、魔導士たちには白い教会ですら把握しきれていない技術がある、油断は禁物だ。ティエンは振り向かず、前を向いたまま答えた。



「気付かれたら逃げろ、その前に工作員と接触だ」



ティエンたちは宿を探し、大通りの裏へと入った。







【 OVER KILL 】

──注釈

アメリカのスラッシュメタルバンド。バンド名は筆者が神と崇めるモーターヘッドの名盤「OVERKILL」が由来とされる。ボビー・エルズワースの声質はいかにもメタル的というか、ゴブリンの首を絞めたようなキンキン声、最高。そしてD.D.ヴァーニのガイーンと響く金属的ベース音を耳にしてはヘドバンせずにいられない。良い意味で最高のB級メタル。メタリカに化学調味料をぶちこんだようなジャンク感がたまらない。個人的には4枚目のアルバム「Years of Decay」を押したい。

作中で使われている言葉の意味としては「やりすぎ」「殺しすぎ」


◇◇◇


【IRON MAIDEN(鋼鉄の処女】

──注釈

もはや語る言葉もない伝説のロックバンド。ドラムが走る。斬新さよりロックバンドとしての完成度を堪能すべき英国伝統芸術である。国宝だよ。1984年のアルバム「Powerslave」は聞き過ぎて筆者の子守歌である。捨て曲無し。耳の置き所はベース。2フィンガーピッキングの頂点である。技術的にも凄いがそんなことは些細な話、走るドラムと組み合わさった時に感じる焦燥感が魔法なのだ!


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