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第十一話  0.05秒

魔導士の街、雪がちらつく冬の公園にアーカシ姫さまは立っていた。今日も黒いドレスを着用しているが、装甲の外された普段着用だ。オリビアが何着も用意してくれるのはいいが、なぜかデザインは全て同じ黒いゴシックドレス。簡易装甲の移動用、重装甲の戦闘用、着心地を重視した普段着用など、オリビアは得意の裁縫を活かして作り続けている。


しかしオリビア入魂の一作、就寝用のドレスは、ワンタッチで脱がすことが出来る製作者 (オリビア) の邪悪な意図が丸見えの作品であり、アーカシ姫さまが着ることはなかった。姫さまは普通にパジャマで寝ている。


とはいえアーカシ姫さまとオリビアは、そうやってジャレ合ってるだけで、本当に体を求め合うことはなかった。お互い真剣に求められればいつでも全てを捧げるだろう。だが必要なかった。唇を重ねるだけで、全ては満たされる。体を重ねることで愛は深まるだろうが、恋は失われるかもしれない。それが勿体なくてそれ以上を求めないのだ。



「ふぅ…………」



アーカシ姫さまが呼吸を整える。オリビアと四人の子分がそれを見つめていた。深呼吸、胸式、腹式、逆式、丹田式。一通りの呼吸をこなすと、アーカシ姫さまは子分のひとりを呼んで、前に立たした。



「うちが肩を叩くから、避けるか受けるかしてみい」



子分とアーカシ姫さまは向き合って立つ。姫さまは子分の肩を何度も叩く。早いと言えば早いが、決して目で追えないほどの早さではない。それでも子分は肩を叩かれる。数秒の間を開けて叩いてくるのだが、なぜか子分は避けられない。



「よし、次はアンタや」



アーカシ姫さまは次々と子分を前に立たせ、その肩を叩いていく。子分も姫さまの動きを凝視して叩かれまいと必死になるが、やはり兆しを読むことは出来ずポン、と肩を叩かれてしまう。子分はついに、その手品のタネをアーカシ姫さまに聞いた。



「姫さま! これは如何なる魔法でやんすか! 」


「魔法やない、あんたの呼吸を操ってるんや」



人間は何か行動する時、無意識に呼吸を止める。つまり肺に空気を溜めこんでいる状態でないと動けない。ゆえに息を吐くときは咄嗟の行動がとりやすい。即座に呼吸を止められるからだ。しかし息を吐ききった状態は反応が遅れる。再度息を吸わねばならんからだ。初心者はこの瞬間を狙うべし。


しかし相手が警戒し、こちらの行動を読もうとするときは呼吸が読みにくくなる。相手が武道経験者ならなおさらだし、呼吸を浅く刻まれるともはや反応速度が読み合いを上回ってしまう。ここからが中級者の手妻である。


例えば相手が警戒している状態で、こちらが息を止め少し体を動かすとどうなるだろう。相手は高確率で反応し、無意識に息を止める。そしてこれ以上動きが無いと踏めば安堵して自然に息を吐く。中級者はここを狙うのだ。


剣道や伝統派空手 (寸止め) はこれら呼吸の読み合いを重視した格闘術である。日本武術の基本であると言っていい。なお、伝統派空手 (寸止め) が所謂総合格闘や立ち技系スポーツ格闘大会で成績を残せないのは、人間が打撃一発で倒れることなどまず無いからである。人体破壊に対する研究不足、及びダメージコントロールの欠落が、伝統派空手 (寸止め) の格闘技視点で見た致命的問題点である。



「よし、次はオリビアや」


「はい、姫さま、私も手を出していいですか」


「ええで、どっからでもこいや」



オリビアはアーカシ姫さまの前に立つ。

オリビアはノーモーションで姫さまの胸を掴む。

オリビアは姫さまにぶん殴られる。



「ひ、ひどいわ姫さま!」


「ごごごごめん、つい咄嗟に……」



オリビアの邪心は既に明鏡止水、無念無想の域に達しており、まだまだ未熟なアーカシ姫さまでは太刀打ちできなかった。



「さすが姐さんだぜ、スケベ心は天下一品」

「姐さんの邪悪な精神が姫さまの武技を上回るとは……」

「雑念極めて達人の域に達しているぜ」

「エロを極めし女、姐さんの新たな称号だな」



変な方向に感心する子分たち。アーカシ姫さまは前世で学んだ武術道場の師範に、もう一度教えを乞いたい気分だった。



「はぁ、南木先生は前世で元気にしとるんかいな……」



◇◇◇



宿に帰ったオリビアとアーカシ姫さまだったが、オリビアは姫さまにぶん殴られたことに対し、終始ふくれっ面で拗ねていた。実は演技で内心は全く怒ってないどころか、聖エスカルゴ学院で鍛えた彼女にとっては頬にキス程度のダメージなのだが、姫さまがチヤホヤしてくれるのが嬉しくて止められないのだ。



「お、オリビア、先にお風呂に入りいな」


「……やだ」


「そ、そない言わんと、なんなら背中流すで!」


「……一緒に洗いっこするなら入る」


「ぐ……」


「……一緒に洗いっこするなら入る」


「いや、せやけどアンタ……」


「……一緒に洗いっこするなら入る」


「いや、落ち着きなはれ」


「……一緒に洗いっこするなら入る」


「それしか言えんのか!」


「……じゃあ、もういい」


「わかった! 一緒に入るから機嫌直してえな!」


「……まじで?」



オリビア・フェルナンデスが入浴の為に脱衣するタイムはわずか0.05秒に過ぎない。では脱衣プロセスをもう一度見て見よう。



「脱着ッッ!」



了解、オ風呂セット、転送シマス。オリビアが実際そう言ったかどうかはわからないが、瞬時に桶と石鹸とスポンジが用意され、全裸のオリビアの腋に抱えられている。アーカシ姫さまは金切り声をあげた。



「キャアアアアアアアアアアアア!」



そりゃそうだろう。いくら豪胆なアーカシ姫さまとはいえ、突然目の前に全裸の女(へんたい)が現れたら絶叫するに決まっている。滅多に聞くことのない叫び声に、1階の食堂にいた子分たちがドアを破って宿の寝室に飛び込んできた。



「姫さまどうしました! どわああああああああああ!」

「姫さまどうしました! どわああああああああああ!」

「姫さまどうしました! どわああああああああああ!」

「姫さまどうしました! どわああああああああああ!」



部屋に飛び込んだ子分たち男四人衆が目にしたのは、全裸で仁王立ちのオリビア・フェルナンデス。彼女もまた絶叫。



「ぎやああああああああああ!」



アーカシ姫さま、さらに絶叫。



「キャアアアアアアアアアアアア!」



魔導士の街には悪魔が滞在する宿があると噂されている。それは()()()で都市伝説とされてきたが、それは本当に悪魔で現実に存在すると、地域住民を確信させるに充分な叫び声であった。







【タイムはわずか0.05秒に過ぎない】

──注釈

宇宙刑事ギャバンの変身に必要な時間。なぜプリキュア等魔法少女が変身中に攻撃されないかという疑問に対する明確な解答と言えよう。


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