第九話 敬虔な聖職者と清らかなシスター
教会は避難民と自警団でごった返していた。先ほどまで聖なる蒸留酒と聖なるおつまみで聖なる泥酔をしていた司祭は、神父たちに叩き起こされ状況の説明を受けるが理解が追い付かない。
そんな彼を見たシスター・ストロベリーは48才と思えない腕力で司祭を担ぎ上げ、台所の水が入った樽に彼の頭をぶちこんだ。息をさせまいと押さえつけるシスター・ストロベリー。じたばたと悶える司祭。頃合を見てストロベリーが手を離すと、司祭はすっかり目が覚めていた。
「ありがとうシスター、君は本当に優秀だ」
「いいからとっとと指示を出しな、司祭」
司祭は着替えながら神父たちの報告を聞く。この緊急時に祭服(司祭がミサの時に着用する衣装)へ着替える意味などあるのかと思うかもしれないが、それは逆だ。緊急時に目立つ特別な衣装を着ることは、人心操作において絶大な効果を発揮するのだ。
制服とは何か。それは個人を集団へと帰属させ、その行動を制御する装置である。つまり人類が持つ最大の武器である団体行動を可能とする現実的な魔術なのだ。それは個人の意思より使命を優先するレギオン(軍団兵)を構築し、危険を顧みず命令に従いあらゆる艱難を突破する可能性を秘めた魔法なのだ。
司祭は祭服に袖を通すとき、覚悟と高揚感に支配される。神父と違い人を諭すつもりはない。ただ高圧的に導くだけだ。恐怖におびえる群衆を、生き延びるため行動する集団に変えるのだ。祭服はそのための装置であり、司祭はそのように教育された器なのだ。
「ありったけの薪を集め、教会を焚火で囲め!」
司祭は教会で大声を張り上げた。助けを請う者、祈る者、苦情や不満を述べる者、すべて一様に教会を焚火で囲めと答え返していた。なんの答えにもなっていないし、彼らの不安を解消しているとはとても思えないが、実は全ての答えであり、彼らの不安は大きく溶けていった。
司祭は説明しない。時間の無駄だし、実は司祭も叩き込まれたマニュアル通りに行動しているだけで、彼自身の理解すら必要なかった。それでも一応解説すると、教会のマニュアルでは黒い霧が周辺を覆い、人的被害の報告が上がって避難民が集結している場合は、その拠点を焚火で囲い、温度上昇と気流の発生で霧を除去する方法が有効とされる。
加えてパニックにある民衆に目的意識を持たせ、行動を強制することで心理的代償となり、思考を停止した恐慌状態の脱却を可能としたのだ。仮にこの行動が効果が無かったとしても、マイナス方向に行かなければ無駄な行為ではない。パニックの放置が最も愚かで危険な行為なのだから。
「どんどん薪を集めな! さあ火を起こすんだよ!」
シスター・ストロベリーは叫ぶ。神父たちも率先して薪を運び、周囲を囲む焚火の炎は闇を払い明るさを得ている。そして霧も晴れていくのだった。避難民、いや生き残るために必死な集団は、動揺するも狼狽えることなく教会の指示に従っていた。
◇◇◇
すでに教会へ到着していた信濃守千代丸は引き連れた宿の子どもたちに、神父やシスターの言うことに従うよう告げた。そして彼は教会を離れ霧の中へ入っていく。状況を把握するためだ、そして場合によっては教会を脱出しさらに遠くへ逃げる。せめてその方向だけでも見定めておきたい。
そして彼にはもう一つ気になる所があった。どこか聖騎士サイファを匂わせるものがあったのだ。サイファが時折見せていた不穏な空気に、どこか似ている感覚を覚えていたのだ。
聖騎士サイファは信濃守千代丸の前で魔技を見せたことも無ければ、その人外なる正体を現したこともない。しかし千代丸とて長く寝食を共にしてきたのだ。人知れぬ雰囲気は誰よりも味わっている。サイファに触れた唇がそれを感じている。
教会より大通りへ近づくと、血臭と霧は濃くなっていた。夜の暗さと相俟って、もはや前が見えない。
ずちゃり……
ずちゃり……
ずちゃり……
ずちゃり……
濡れた金属のような音がする。足音? ならばこれは甲冑がすれる音か? しかし多人数ではなさそうだ。多くて数名。千代丸は息を潜め観察を試みる。その千代丸の肩をポン、と誰かが叩いた。
飛び上がる……訳にもいかず、ただ振り返る信濃守千代丸。そこには先日彼の足を剣で貫いた初老の男、南木景樹の姿があった。景樹は無言で千代丸に動かぬよう手振りを見せ、単独で足音のする方向へ向かった。
しかし信濃守千代丸も追いかける。動くなと指示されたところで従う義理はない。しかも相手は千代丸に問答無用で切り付けた男、信用以前の問題である。
赤い武者は接近する二名の存在に気付く。武者も二名。ダブルデートでも始めようか? まずは自己紹介から、そう思ったかどうかは定かではないが、明らかに強者の登場に武者は手を取り合って喜んでいた。
人は呼吸する。
その息の合間を縫って剣戟を放つことで対手を打つ。
先の先。
その息を測って剣筋を読み、カウンターを放つ。
先の後。
南木景樹は素手だった。
呼吸を見せず、読ませず、" 拳 " 戟を放つ。
赤い武者の胴に右拳を打ち、景樹の右腕は浮き出た文字で輝いた。
योद्धा गुलाब की तरह नाचते हैं (戦士は薔薇のように舞う)
खून से नहाया पक्षी उड़ नहीं सकता (血を浴びた鳥は飛べない)
मूर्ख तब तक नाचते हैं जब तक वे मर नहीं जाते (愚者は踊り死ぬ)
जिन्हें प्यार किया जाता है वे धरती पर लौट आते हैं (愛は地に帰る)
【 中国山陰武術:縞音拳 因幡白兎打 】
南木景樹の右腕は自動詠唱機が仕込まれていた。赤い武者の胴は炸裂し、中身を失った兜が高く舞い上がると、黒い霧の中に紛れ見えなくなった。どこかで金属が転がる音がする。
残された赤い武者が南木景樹を見て動揺している。
「オ……御屋形 (おやかた) サマッ!」
信濃守千代丸は残った赤い武者の背後を取った。首を切りたかったが兜の襟元が覆われて剣戟が防がれそうだし、足も本調子ではないため強い一撃を入れにくい。やむなく組打ちで後ろから抱きつき、喉元に剣を突き立てた。
しかし手ごたえがおかしい。突き刺さりはするものの、生きている肉の感触ではない。どこか冷たく血の通わない、あの人のような……
「千代丸、そこをどけい」
南木景樹、一応は忠告するものの、明らかに千代丸ごと打ち抜く構えで右拳を赤い武者に突き立てる。間一髪で離れた千代丸が見たものは、霧の中爆散する赤い武者の姿だった。
【シスター・ストロベリー】
──注釈
筋肉少女帯の2ndアルバム「SISTER STRAWBERRY」
筆者、辛い時はいつも「キノコパワー」を口ずさむ
筋少は楽曲というより大槻ケンジの詩集だ
惨めな敗北者が地の底に刻む怨念だ
私に相応しい祝詞で満たされている、大好き♡
◇◇◇
【 中国山陰武術:縞音拳 因幡白兎拳 】
──注釈
アーカシ姫さまが前世で習得した中国拳法
なぜか南木景樹がそれを駆使して武者を倒す
これはまさか……
余談だが島根県といえば出雲そば
まずは一気呵成に麺つゆでずるずるずる
次に天ぷらを浸して油で汚れたつゆでずるずるずる
天ぷらは舞茸が至高
もし三毛猫とサモエドが、筆者の前に舞茸の天ぷらと出雲そばを運んで来て、これをあげるから人類を裏切れと命じるならば、私は喜んで彼ら(彼女ら?)に従うだろう




