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第六話  オリビアの秘密


女子力。


それは魔力より不可思議にして神秘の存在。貴族令嬢として生を受けたからには淑女として振舞うが必定、常に優雅で美しくあるべく女子力の鍛錬を怠るわけにはいかない。男性には秘匿されているが、貴族令嬢は幼少の頃より以下の乙女法度というものが言い渡され、鉄の掟として口外することも破ることも許されない。


─────────────────────────


【 乙女法度 】


ひとつ、コース料理のパンを一口で食べてはならない

ひとつ、肉料理を骨ごと食べてはならない

ひとつ、エビや貝の殻ごと食べてはならない

ひとつ、皿を舐めてはならない

ひとつ、得意料理がパスタと言ってはならない

(但しキッチリ作り込んだパスタは是とする)


……破りし者は女子道不覚悟の誹りを受け候也


─────────────────────────


得意料理がパスタの話はともかく、聖エスカルゴ学院は古くから乙女法度破りを推奨しており、それが原因で学院は狂気山脈の奥地に追いやられたとも噂される。なお、パスタに関しては後書きも読んで頂きたい。


閑話休題、オリビア・フェルナンデスは侯爵家四女にして自称・女子力の結晶。裁縫と読書を得意とし、趣味は詩を書くこと。オリビアの極めし女子力は、半径4メートルの範囲に入った可愛いモノを逃さない(ただし本気を出せば300mメートルはいける)。


そんなオリビアだからこそ、宿泊する宿の食堂に出される新メニュー、濃厚脂パスタの存在が許せない。下品なガーリックの匂いを漂わせ、鶏の骨と香味野菜をじっくり煮込んで取られたスープの中には、通常の三倍は太く弾力がありそうな特製ヴェルミチェッリ(極太スパゲッティ)が潜んでいる。女子力の欠片もない、欲望むき出しの東方風スープ・パスタ。


なんて邪悪なの……

絶対に許せない……


オリビアはアーカシ姫さまと食堂で食事をするときに、近くの客が濃厚脂パスタを注文すると、たとえ目を背けていてもパスタをすする音と、いかにも不健康な香りが襲いかかり悩まされていた。部屋に帰って床に入っても、アーカシ姫さまの寝顔と濃厚脂パスタが気になって眠りを妨げている。


昨夜は8時間しか眠れなかった……

もう、許せない……


オリビアは悪魔のメニューに天誅を下すべく、裁縫に取り掛かった。



◇◇◇



オリビアは黒いフードを被っていた。黒い布から雑に作ったこの衣装は、オリビアの身を隠し一介の魔導士に扮するためだ。これで誰も私の存在を認識できまい、彼女はそう考えていたが実際誰も気づかなかった。平和な世界である。


オリビアは食堂に入り、濃厚脂パスタを注文する。厨房では新メニューの為に雇われた三人の男たちが、それぞれ専門とする工程に取り掛かる。


まずヴェルミチェッリ(極太スパゲッティ)を茹でる係が絶妙のタイミングで柔らかめに仕上げ、湯切りする。必ずしもアル・デンテが正解とは限らない。太い麺だとなおさらだ。



「うっす、よろしく」



次にスープの係が器に魂を注ぐ。魂とはもちろん丹精込めたスープのこと。鳥の骨、香味野菜、そして隠し味の白ワイン。そこに極太スパゲッティを丁寧に入れ次の工程へ。



「がんばります、よろしく」



仕上げは具材を乗せるだけ。それは料理のアクセサリー。あっさり仕上げた蒸し鶏は煌めくダイアモンド。彩と香りを添えるネギの緑はエメラルド。



「よっす、どうも」



天・地・人。世界を構成する三要素が込められた濃厚脂パスタがオリビアの前に出され、彼女の心は真空ハリケーン。もはや興奮して歯の根もフォークもあわない。



「頂きます」



どんなに邪悪な料理でも、食べる前には礼を尽くす。これを守らざるは女子道不覚悟の誹りを免れぬ。オリビアは手を合わせ一礼。然らば馳走になり申し候。


ずるずる、ずるずる。


音を立てて食べるのも女子道不覚悟とは言うが、今の私には関係ない。なぜなら私は謎の魔導士、侯爵令嬢のオリビアなど此処にはいない。



「…………」



無言。これがオリ……いや、謎の魔導士の答えだった。音を立てすすることで生まれるスープと空気が混ざる瞬間の風味。これを知らずして麺類の何が語れようか、スープの何が味わえようか。マナーと引き換えに失った野生の魂がオリビ……いや、謎の魔導士の本能を解き放つ。


もぐもぐ、もぐもぐ。スパゲッティを口の中で踊らせるオリビア。その顔に怒りはなく、悲しみもなく、憂いもない。ただ無表情で味わうことに集中していた。それは悟り。半眼の瞳に迷いはなく、マナー(執着)を捨て、涅槃へとたどり着いたのだ。



「…………」



諸行無常。万物は流転する。スープとスパゲッティを飽きるまで堪能するのも悪くないが、添えられた美しい宝石を含味するもまた一興。厚くスライスされた蒸し鶏を口に入れればこれがまたジューシー。柔らかい歯応えが、黒コショウと塩で淡泊に味付けされた鶏肉の旨味を口の中に解き放ち、濃厚なスープを制圧していく。そして時折はじけるネギの香り……




「…………ふぅ。」



食後の感想はため息がひとつ。オリビアにとって、そして料理人にとって最高の賛辞である。表現する言葉もない文学の敗北でもある。これは危険だ、放置するわけにはいかない。常に監視が必要だわ。明日も魔導士に扮して様子を見に行こう。彼女は世のため人のため、我が身を犠牲にして濃厚脂パスタを定期的に食べる決心をした。



◇◇◇



食堂は居酒屋を兼ねており、冒険者たちが集まってにぎやかに騒いでいる。なかには酔って女性客にちょっかいをかける連中もいて、店の奥が騒ぎになっていた。巻き込まれる前に店を出よう、オリビアが出口に向かおうとした時に、聞き覚えのある声が騒動を収めていた。自称オリビアの子分四人組だ。



「お前ら! ここが何処だかわかっているのか!」

「オリビア姐さんのシマだぞ! 命が惜しくねえのか! 」

「悪魔と呼ばれたオリビア姉さんが黙ってねえぞ! 」

「オリビア姉さんが来る前にとっとと帰んな! 」



オリビアは立ちあがった。しかし出口に向かわず自称・子分の四人組の後ろに立った。オリビアは黒いフードを被っていただけで、魔導士の口調まで真似するつもりはなかったが、怒りに震えるオリビア声は、魔導士そのものだった。彼女は四人組に告げた。



「お前ら……表に……出ろ……」







【得意料理がパスタと言ってはならない】

──注釈

時代錯誤も甚だしい価値観。ペペロンチーノもナポリタンも、人生かけて極めるに値する料理であり、その奥深さは炒飯にも匹敵する。筆者はケチャップとウスターソースを念入りに炒め、粘りが出た所にモチモチのパスタを投入して炒めた香ばしいナポリタンを心から愛するし、ペペロンチーノは今だ頂きの見えないチベットの高峰。


なお、パスタは先に水で浸しておき、その後熱湯を注ぎ入れ、さらにレンジで数分茹でればモッチモチになる。お試しあれ。あと塩いる?私は正直いらんのやないかと……(諸説あり)


◇◇◇


【 乙女法度 】

──注釈

最初は「見つめて☆新選組」のパロディをやりたかったが、わかる人がいるわけもないし切腹はかわいそうなので没にした。なお、「見つめて☆新選組」は男性向けアダルトゲームの主題歌だが、あまりに強烈な歌唱力に男女問わず耳にした人々に生涯忘れることのないトラウマを残した。「マッチョドラゴン」「オマリーの六甲おろし」に並ぶ三大音痴ソングとして日本音楽史に名を刻んでいる。


筆者、久々にネットで検索して聞いたが、最後までは無理だった。サビが凄い。YouTubeだと「行殺新選組 ふれっしゅ」で検索できる。甘い気持ちで聞いてはならない。


◇◇◇


【ただし本気を出せば300mメートルはいける】

──注釈

言うまでもなくHUNTER×HUNTER、新刊を読んで影響されてしまった。センリツが好きすぎて辛い。


◇◇◇


【新メニューの為に雇われた三人の男たち】

──注釈

美味しんぼのラーメン三銃士。すごく有名なわりに本編ではたいした活躍をしない愛すべきモブキャラ。好き♡


◇◇◇


【天・地・人。真空ハリケーン】

──注釈

「ゲームセンターあらし」の必殺技。ツッコミどころ満載などというレベルを遥かに超えた破壊力を持つゲームマンガ。いや、ゲーム関係ないやろ。


◇◇◇


【興奮して歯の根もフォークもあわない】

──注釈

銀河鉄道999で哲郎がラーメン食べるときのセリフ。なお筆者は先日1979年公開の銀河鉄道999 (The Galaxy Express 999)映画版を観たが、冗談抜きで素晴らしすぎて死にそうだった。あまりの美しさに生きるのが心底辛く、寂しくなった。


◇◇◇


【ずるずる、ずるずる】

──注釈

東方の霊夢と魔理沙が業務スーパーの食材をレビューするYouTubeチャンネルの「宅飲みゆっくりの雑ご飯・アキチキ」の定番台詞。好きどころか必ず毎日見ている。


◇◇◇


【マナー(執着)を捨て、涅槃へと】

──注釈

釈迦の仏教(初期仏教)より、なお筆者は神も仏も見たことはないが、悪魔の顔は毎朝鏡で見ている。


◇◇◇


【諸行無常】

──注釈

平家物語の冒頭。ヘラクレイトスなど知らない。なお筆者は昔、平家物語の冒頭「祇園精舎」を丸暗記していた。意味などない。中二病なだけだった。今は引っ越した自分の住所も思い出すのがおぼつかない。


◇◇◇


今回はパロディの元ネタ解説に気合を入れてみた。筆者の狂気を感じてもらえると幸いである。


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