第五話 信濃守千代丸 vs 南木景樹
廃墟の旧都、ミソノ・ユニバ。街の大通りから少し外れた路地裏で、若き狼と初老の獅子、二匹の雄 (オス) が白銀の牙を剥き合って対峙していた。
信濃守千代丸は既に抜刀 ▮ 南木景樹、目前の若造に
剣を正眼に定め防御態勢 ▮ 初手を避けられ驚いたが
い
先の後、一手受ける覚悟 ざ 先の先、次の一手で殺る
初老の男は俺を舐めてる 尋 地摺の正眼で突きを狙う
下段から突きを狙うとは 常 短い剣で不利な戦法だが
全てサイファと同じだな に 少々腕が立つ程度の若造
▮
そしてこの手は経験済み ▮ 死の洗礼から逃れられん
地摺の正眼は本来、相手が斬りかかるのを待ちカウンターで下から突き上げる技。しかも剣をあえて短く見せ、距離感を狂わせて相手の油断を誘うことが肝要。短い剣で先手を打とうとする南木景樹の戦法は何もかもが間違えている。
しかしそれでも景樹は勝利を疑わない。
それほどまでに実力差があるのだ。
それは千代丸も理解している。
その程度の眼は持っている。
そしてその時は………
……来た。
南木景樹、ぬるりとすり足で前進。早くはない、しかし気付けないのだ。いつ、どのタイミングで、どの速さで、どのくらい接近してくるのかが掴めない。これが達人の足捌 (あしさばき)。冒険者用の短い剣が信濃守千代丸に突き刺さる。
「油断したな! 南木景樹とやら!」
相手は格上、突きで来る、しかも下段から。そこまで読めていれば開いた実力差も埋めることが出来る。千代丸の狙いは景樹の剣筋をずらし急所を避ける事。剣で振り払うことが出来ていればなお良かったが、刹那の間にその余裕は見いだせなかった。ひとまず太ももの肉で受ける。死にはしない。
「…………お見事」
南木景樹は剣を手放し大きく後ろに下がる。骨に刺さらなかったとはいえ肉を貫通した剣が易々と抜けるとは限らず、そこに手間取って反撃を受けるくらいなら剣を捨てて逃げた方がいい。景樹はそう判断したのだ。
「…………貴公、名前は」
「信濃守千代丸……」
「…………白い教会の者か」
「違う……」
「…………くく、それは悪いことをした」
許されよ。そう言い残し初老とは思えぬ俊敏さで南木景樹は去っていった。残された千代丸は足を引き摺り大通りに出る。剣を抜けば出血が増えるのでそのまま。人目のつく所で足に剣が刺さった大ケガの男が倒れていれば、誰かが治療院へ運んでくれるだろう。
千代丸を見て露天商の女が悲鳴を上げる。わらわらと人々が集まってくるのを確認し、千代丸は安心して気を失った。
◇◇◇
治療院は教会に併設されている。小さなケガや軽い病気は街の医者でもなんとかなるが、命に係わる大ケガとなれば迷わず治療院に運ばれるし、教会も喜んで受け入れる。なぜならいい宣伝となるからだ。
信濃守千代丸はそこに運び込まれ、広い治療院の中央にある台の上に寝かされる。見物人が押しかけて満員御礼の部屋に、先ほどまで干し肉と葡萄酒を堪能していた医療専門の聖職者が現れ、観客を煽るのだった。
「祈りなさい! そして見なさい! 神の奇跡を!」
聖職者が足に突き刺る剣を引き抜くさまは不格好で見物人を萎えさせたが、溢れ出る血は彼らを興奮させた。これだけでも見物に来た甲斐があるというものだ。そして聖職者が千代丸の患部に手を添え何やら呟くと、傷口は肉が盛り上がりふさがっていく。見物人が歓声を上げ、真面目な信徒は手を合わせた。
医療専門の聖職者とは言ったが、実は誰でもなれる。ケガの治療なら幼児でも出来る。ようは教会本部から送られてくる湿布を貼り付けているだけなのだ。
この湿布は血液と反応し、圧縮された物質が膨らんで傷口をふさぐ人口瘡蓋 (かさぶた) を形成する。そして体内に入り幹細胞を刺激して活性化、その場で完治とまではいかないが急速な人体再生が可能な教会の秘術である。
魔力や魔術を必要としない、異世界においては単なるオーバーテクノロジー。いや、アーカシ姫や「あの人物」の前世であっても達成されてない医療技術である。教会はこれを信仰の為に利用し、口外する者を抹殺する組織も暗躍させている。それが白い教会である。
……誤解があるかもしれないが、教会は無償でこれらの治療行為を行っている。お布施という事実上のおひねりで原価は賄えているが、患者に治療費を要求しないため、貧しい物であっても分け隔て無く受け入れる。万人の救済、女神ナンギ・メイの教義を実践する行為と言えよう。教会はこうやって430年間の信仰を守り続けたのだ。
なお、教会が定義する万人に、魔導士と悪党は含まれていない。これら外道を人と認めず。これは新約の経典にはっきりと記されている。
◇◇◇
ずちゃり……
ずちゃり……
ずちゃり……
ずち…………ぱたん。
深い霧の中、赤い武者のひとりが遂に倒れた。空腹なのだ。疲れたのだ。飽きたのだ。もう嫌なのだ!
長い長い長ーい旅を徒歩で続け、霧も限界で徐々に薄まっている。せめて腹を満たすことが出来ればやる気も出ようが、我らを見る者は皆逃げて、行く先々はもぬけの空よ。鶏か牛でも置いていけばよいものを……
武者は舎利丸を横目で睨む。こやつが余計な事を申さねば、我ら斯様な苦痛を味あわんで済んだものを……。
舎利丸は倒れた配下の武者に声をかける。
「……大丈夫か? あと少し、ひと踏ん張りなされい」
「大丈夫でゴざる」
「……そうか、心配したぞ、ほれ、先に進もうぞ」
「心配無用でゴざる」
「……怒っているのか?」
「怒ってないでゴざる」
「……なぜ顔を背ける?」
「背けてないでゴざる」
「……ならこっちを向け」
「嫌でゴざる」
「……拗ねてるじゃねえか」
「拗ねてないでゴざる! もう知らナい!」
倒れていた武者は立ち上がり、内股でひとり駆けだした。舎利丸は残った3人の配下にこう命じた。
「……あいつを討て」
【地摺の正眼】
──注釈
昔、某サウンドノベルでこの技名を知り
名前がカッコいいので気に入っていた
それを自称刀剣に詳しい友人に話したところ
「誰でも知ってる有名な技だよ、あんたニワカだね」
と、笑われてしまった
そして月日が流れ
私も数々の出会いと別れを繰り返し
自称刀剣に詳しい友人とも疎遠になった
連絡先もわからない
もしまた会えたら私はこう伝えたい
「全然有名じゃねえよッ! 誰に聞いても知らなかったよッ!この知ったかほら吹きがッ!」




