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第四話  かつて紳士と呼ばれた男

ずちゃり……


ずちゃり……


ずちゃり……


ずちゃり……



深い霧の中、赤い甲冑を装甲した騎士たちの姿が見える。濡れた金属をすり合わせたような足音を立て、何処かへ向かっているようだ。その数は主従五騎 (5人) 。軍勢と呼ぶには少なすぎるが、その禍々しさは目にした者を遠ざけ、関わらぬ方が良いと確信させるに十分だった。


彼らの赤い甲冑は、この世界では珍しい東方に住む異民族の拵 (そな) えとなっており、ここにアーカシ・ウォンターナがいれば、前世で見た五月人形だと言って懐かしむことだろう。さて、ここまで彼らを甲冑の騎士と言ってきたが訂正する。彼らは鎧を装着し、兜を被り、刀を腰に差す武者 (むしゃ) なのだ。


顔は面頬 (めんぽう) と呼ばれるフェイスガードに覆われ、表情を窺うことは出来ない。鎧は皆一様に赤黒く塗装されているが、形状はそれぞれ違っており、大鎧から当世具足まで様々だったが、この世界に住む人々にその違いが分かるはずもなく、ただ気味の悪さを漂わせるだけであった。



「舎利丸殿、之寄リ先ハマダマダ遠ウ御座ルヤ」


「口調を直せ、怪しまれる」


「失礼仕った、目的地まで後どれクらい進めばよろしイか」


「どうした、流石に限界か」



五人の武者の頭領は舎利丸 (しゃりまる) と呼ばれていた。彼らが口調を変えたところで誰がどう見ても怪しいのだが、舎利丸は一応気を付けているつもりらしい。それならまず漂わせている霧から何とかすべきなのだが、彼らにはそうもいかない事情があるのだ。舎利丸は山を指さし、配下の武者どもを鼓舞した。



「ほれ、あれを超えればあと僅かよ」



五人の武者は重い足取りで進む。黒い霧と共に。


ずちゃり……


ずちゃり……


ずちゃり……


ずちゃり……



◇◇◇



信濃守しなのかみ千代丸は、ミソノ・ユニバの中心にある剣の道場に来ていた。千代丸は幼少よりここで剣の修業を積み基礎を学んだ。真っ当な剣術を学ぶには悪くないその道場は、道場主も人格者とまでは言わないが善人と呼んで差し支えない人柄であった。ただ、その息子である師範代の癖が悪かった。


悪人とまでは言わないが底意地の悪い性格の師範代は、修行と称して執拗なシゴキを強要し、従わぬ者には体罰も辞さなかった。真面目だった千代丸は目の敵にされており、彼は修行の一環と呑み込んで長い間耐えてきたのだった。


しかし聖騎士サイファと関わってから道場に顔を出さなくなり半年が過ぎた。もはや通う必要は感じないのだが、それはそれとて挨拶の一つも寄こさぬのは無礼が過ぎよう。千代丸は道場主へ一言詫びに、そして最後の挨拶にここへ参ったのだ。



「おいてめえ、どの面さげてここに来やがった」



道場に足を踏み入れて早々に師範代が絡んできた。千代丸は胸倉を掴まれている。しかし彼はむしろ懐かしく感じていた。つい先日まで彼に憤り、それでいて歯向かうことも出来なかった自分自身に恥じるどころか可笑しさを感じている。


今は師範代に対し一切の悪感情を持っていない。

むしろ教育熱心な指導だったと思い返している。



「おい、なに笑ってるんだてめえはよ!」



師範代が殴りかかってきた。別に素手で殴られるくらい大したことはないし、何より師範代も大ケガさせない程度に殴る手加減は心得てある。千代丸は師範代に対して一切悪意を持っていない。


ただ避けるついでに掴まれた胸倉の手を剥がし、その指を躊躇なく折った。せっかくなので悶絶する彼の足を払って転がし、脇腹を踵で踏み込んで、折った肋骨を肺に喰い込ませておいた。


悪意はないのでトドメを刺すなどとバカなことはしない。ただせっかく道場に来たのだ、記念に眼球の一つは貰っていこう。千代丸が涼しい顔で指を突き立てたその腕に、道場主はしがみついた。



「や、やめてくれ! 許してやってくれ!」


「先生、お久しぶりです」


「こ、これ以上は息子が死んでしまう!それだけは!」


「はは、先生もお元気で何より」



肺に刺さった肋骨が、師範代に致命傷を負わせていた。彼は千代丸に別れの挨拶を言葉の代わりに血を吐くことで済ませた。そのまま静かになっていく師範代を揺さぶることに忙しい道場主は、千代丸の挨拶が耳に入らないらしい。唖然とする道場生が呆然と立ち尽くす中、千代丸は一礼して道場を去った。


武術の達人が人格者などと甘い考えは捨てた方がいい。

一線を越えた人間とは如何なるものか知った方がいい。

尋常ならざる経験をした者は、尋常ならざる行動を取る。

少年千代丸はもういない、一匹の雄 (オス) がここにいる。



◇◇◇



信濃守千代丸はミソノ・ユニバの大通りを抜けて無法地帯の宿屋へ向かっていた。その道すがら初老の男を見た。偶然だった。運命だった。千代丸が見た男は、聖騎士サイファ・フェルナンデスそのものだったのだ。


年齢も違う、髪の色も違う、顔も体型も大きく違う。しかし漂う悲壮感とむせ返りそうな殺意、そして長めの黒髪に隠れた鋭い眼差し。己の壮絶な、そして絶望的な宿命に立ち向かおうとした聖騎士サイファと同等の重さを隠し、初老の男は人ごみに紛れ何かを探している。



──なんだ、この男は?



信濃守千代丸は初老の男を付けた。以前サイファの後を付けて回ったあの日々とは違い、この男には憧れも抱かなければ好印象もない。純粋に危険な異常性が突出して感じられるのだ。そして男の歩く姿、それは背筋、足取り、人の避け方を見ればわかる。


強い。


サイファに感じた生々しい強さではなく、人の身で人を超えた別種の強さを感じる。剣を交えたら、恐らく俺では勝てない。千代丸は気付かれぬよう息を殺し、初老の男の後を追った。男は人気のない路地裏に入り、振り向きもせず声を出した。



「……如何な要件かうかがって良いか」



バカな! 偶然とは思えぬ男の言葉に千代丸は動揺を隠せなかった。あの時のサイファと同じ口調、同じ台詞……。しかしその後の行動は違った。初老の男は腰に差していた冒険者用の小さな剣を抜き、千代丸に切りかかった。


よく避けた。千代丸は生涯この瞬間を忘れなかった。尋常ではない速さで踏み込んできた男の剣は、千代丸の頬に一筋の傷をつけるに留まった。彼の獲物が短い冒険者用の剣であったこと、千代丸が並々ならぬ剣豪であったこと、色々な偶然が千代丸を死線から救い出していた。男は剣を下段に構え、その名を口にするのだった。



「南木景樹、推して参る」







【南木景樹】

──注釈

(なんぎ かげき)と読む。

詳細不明。


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