第二話 オリビアの子分
オリビア・フェルナンデスは夢を見ていた。
アーカシ・ウォンターナ姫さまが彼女を抱きしめ、耳元で囁いてくれるのだ。アーカシ姫さまが絶対に言わないエッチな言葉が、彼女を目覚めから遠ざける。これが夢だと気付けたとして、彼女は現実だと言い張るだろう。
――オリビア、お風呂で洗いっこしましょう♡
クヒヒヒヒィ!部屋に轟く不気味なオリビアの寝言に、アーカシ姫さまは飛び起きた。姫さまは日本刀を手にして辺りを警戒するが、ここは平和な宿屋の寝室で、隣で寝ているオリビア以外は誰もいない。……いや、四人がここに近づいてくる! ふたりが宿泊する部屋の扉が無遠慮に叩かれた。
「姐さん! 姫さん! おはようございます! 」
「姐さん! 姫さん! おはようございます! 」
「姐さん! 姫さん! おはようございます! 」
「姐さん! 姫さん! おはようございます! 」
「……朝からうるさいねんお前ら! ええかげんにせえよ!」
ここは魔導士の街。以前助けてやった盗賊の男四人組がなぜかオリビアに懐いてしまい、彼女を姐さんと呼ぶようになっていた。彼らは心を入れ替え盗賊家業から足を洗い、魔導士の街で自ら黒い神殿に出頭して罪を告白した。
本来はそこで縛り首か長い牢獄生活を送るはずだった。しかし聖騎士サイファ討伐の後、力尽き倒れたアーカシ姫さまの介抱とモフモフの残骸回収に尽力したため、ふたりの手下となることを条件に行政の大魔導士から自由を許可されたのだ。
最初は盗賊四人の減刑を嘆願していたアーカシ姫さまとオリビアだったが、今はいっそのこと縛り首にしておけばよかったと思うほど、彼らはむさくるしく鬱陶しかった。いやマジでどうにかならんか?
「そうですか、オリビア姉さんがまだ寝てますか……」
オリビアの子分筆頭を名乗るオッサンと、後ろに控えるオッサンが三名、アーカシ姫さまはこの四人の名前を覚える気は全く無かった。
心入れ替えたオッサンどもをキャッチした覚えは無いがリリースはしたいと常々考えている姫さま。彼らについて来るなと何度言ってもついてくる。そしてこいつらはいつも余計なことをする。
「オリビア姉さん朝ですよおおおおおおおおおおおお!」
「オリビア姉さん朝ですよおおおおおおおおおおおお!」
「オリビア姉さん朝ですよおおおおおおおおおおおお!」
「オリビア姉さん朝ですよおおおおおおおおおおおお!」
「ぎやああああああああああ!」
オッサン四人組による4DXモーニングコール。立体的な音響だけではなくオッサンの息、香り、無駄に高い体温……耳で聞くだけの目覚ましは古い! これからは体感する目覚ましの時代! なお次世代のモーニングコールは直接オッサンが夢に登場し……
「せっかくいい夢みてたのに何するんですか!」
オリビアが寝起き早々怒っている。当然だろう。最近は毎朝こんな感じである。とはいえ今日は黒い神殿へ、魔導士たちが復元してくれたモフモフを引き取りに行く。早くモフモフに会いたい姫さまは、寝起きの悪いオリビアを起こしてくれたことにはオッサンどもに感謝していた。
「姐さん、いい夢ってどんな内容だったんです?」
「えっと、姫さまと×××で×××を××して×××」
アーカシ姫さまが顔を真っ赤にして怒っている。当然だろう。姫さまには当然身に覚えのないオリビアが見たエッチな夢の内容を、四人のオッサンが真顔で聞いているのだ。この地獄絵図に誰が耐えられようか。
「やややや! やめろオリビア! 口を閉じろ! 」
オリビアの口をふさごうと飛び掛かる姫さまだったが、ほんとうにヤバいことを口にしたのは子分筆頭のオッサンだった。
「アーカシ姫さんとは、した?」
オリビアが殴った。姫さまが蹴った。控えるオッサンたちも引くほどの強烈な一撃で、子分筆頭は意識を失い雪がちらつく外よりも冷たい体になっていく。おふくろ……俺さ……最後はちゃんと……心入れ替えたんだぜ……。
「兄貴ぃぃぃぃ!」
「兄貴ぃぃぃぃ!」
「兄貴ぃぃぃぃ!」
◇◇◇
「いい子分ができたな、仲良くしてやれよ、オリビア」
「マジでぶっとばしますわよ、アーカシ姫さま」
雪の舞い散る魔導士の街の大通りで、ふたりと四人は歩いていた。控えめな侯爵家四女のオリビアも、聖エスカルゴ学院で体を鍛えてからすっかり性格が変わってしまった。今じゃ子分も引き連れている。まるで豪傑だな、アーカシ姫さまがそう指摘するとオリビアは必死で否定した。
「違います! 私は乙女です! 淑女です!」
大声で叫ぶオリビア。それを聞いた街の人々が何事かと振り向けば、あの娘は確か……。人々の顔色が変わる。店は暖簾を下ろし、通りを歩く人は路地裏に入る。親子連れの母親がオリビアに気付き我が子の顔を手で覆うが遅かった。子どもが指をさし叫ぶ。
「ままー、あのお姉ちゃんって悪魔のひとでしょ?」
母親は娘の口をふさぐ。
しかし娘は大声で叫ぶ。
「あのお姉ちゃん笑いながら殺すって叫んでたひとだー」
嫌な予感にオリビアが後ろを振り向くと、自称子分のオッサン四人がヒソヒソと話し合っていた。
「さすが姐さんだぜ、相当なワルだったらしいな」
「おい見ろよ、みんな避けていくぜ」
「こいつは……俺たちなんて足元にも及ばねえな」
「わかってるとは思うがな、お前ら姐さんとは争うな」
予感は的中した、そしてもう遅かった。オッサンたちの間でオリビアの豪傑伝説が形作られていく。やがてそれは翼を広げ尾鰭を付けて語り継がれていくのだろう。彼らはついにオリビアの武勇伝を集めて本にしようとまで言い出した。
止めないといけない。
阻止しないといけない。
口を封じないといけない。
手段を選ばずヤるしかない。
もし本当に出版なんてしやがったら……
「必ず本を焼き尽くしてくれるわ、子分ども」
【オリビアの武勇伝】
──注釈
アーカシ・ウォンターナとオリビア・フェルナンデス、ふたりの英雄が旅の終わりを告げたあと、元盗賊の男たちはオリビアの武勇伝を世界中に吹聴してまわった。
やがてそれは製紙・印刷技術の進歩で活性化する出版社の耳に入り、ついには書籍化するのだった。しかし売上向上を目論む編集部がプロの作家に清書させ内容は大きく軌道修正、捏造が加えられたその本のタイトルは……
「いやーん見えちゃう!装甲するたびスカートが短くなっちゃう呪いをかけられた私の太ももってそんなに魅力的ですか?チラチラ見られてコーフンしちゃうの♡ちょっぴりエッチな足フェチ異世界冒険譚」




