第三十一話 機織虫(キリギリス) 【後編】
アーカシ姫さまは日本刀(玄君七章刀)で邪悪に狂いし聖騎士サイファを斬った。瞬きの間に四たび斬る神派久島流奥義【華蝶鳳刖】 (かちょうふうげつ)、その技を姫さまは誰に教わるわけでなし、ただ知らぬ間に頭へ叩き込まれ、体に刻まれていたのだった。
「おおきに、永久に眠れや」
分断され、地に転ぶ聖騎士サイファの下にアーカシ姫さまは近づいた。危険な魔剣フラグを回収するためだ。オリビアは警戒を怠らないが、抱き合って喜ぶ不細工な四人の盗賊たちと同様、安堵の気持ちは隠せなかった。
アーカシ姫さまはサイファの体を見た。元々死んでいると知ってはいたが、それでも切断された断面は見ていて気持ちの良い物ではなかった。体は完全に切断されている、そう、体は。流れ出た黒い血は地を染めて、かつて一つだった体との繋がりを示していた。
今だ勢いよく流れ出る血液にアーカシ姫さまは不自然さを感じてた。色も黒く泡立ち、霧のように蒸発をしている。おかしい。やがてそれは生きてるかのようにサイファの体に絡みつき、甲冑を組み合わせていく。
足。それは胴とつながり
腹。それは蝶となり中へ納まり
首。それが体と結びついたとき……
顔。復元され聖騎士サイファ・フェルナンデスが黄泉孵る
産まれたての死体は肢体を震わせ、得体の知れぬ呪詛を吐く
「怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨!」
サイファ・フェルナンデスは悲しかった
サイファ・フェルナンデスは苦しかった
サイファ・フェルナンデスは不幸だった
サイファ・フェルナンデスは……
◇◇◇
フェルナンデス侯爵家嫡男のサイファは、運命に翻弄され、望まぬ人生を歩まされてきた。それでも誇り高き彼は、自らを人のために尽くすと誓っていた。初めて父が彼の寝室に入った時も、耐えて許した。しかし父はその後も侯爵領内であらゆる悪徳に手を染め、分家の娘に手を出そうとしていると耳にした時、耐えきれずウォンターナの国王に告発した。
父は断頭台でサイファに呪詛を吐き続けた。ウォンターナの国王はサイファに跡を継ぐよう勧めたが、彼は辞退し故郷を捨てた。裕福な侯爵家に育った穏やかな青年に、厳しい世間は容赦をしなかった。豊かなのは彼の一族だけで、放蕩の限りを尽くした父は領民の生活を顧みることが無かったからだ。
人々は彼から金銭を奪い
人々は彼から誇りを奪い
やがて彼は人であることを辞めた
白い教会の奇跡が彼を救うまでは……
廃墟の旧都ミソノ・ユニバに落ちぶれた元侯爵子息がいると聞いて、白い教会の枢機卿ティエン・シュリーズ司教は無法地帯を訪れた。ティエンは少年の身でありながら数々の奇跡を起こし、若くして司教となっていた。ただ、この頃はまだ大司教ではなかった。
口に出すのも憚る場所でサイファ・フェルナンデスを見つけた。彼は首輪をしていたが鎖は無かった。全身に漂う薬物の香りがサイファをここにつなぎ留めていたからだ。酷く痩せた彼は媚びた笑顔で新たな客を迎える。足もとにひれ伏す彼にティエンは問う。
──お前は今、幸せか?
「はい、とても幸せです」
──お前はずっと此処にいたいか?
「はい、ここにいさせてください」
──お前は人を恨むか?
「いいえ、人は恨みません」
ティエンはサイファの耳を甘噛みした
そして恍惚とした瞳でそっと囁く……
──憎い人、いる?
「はい、ございます」
──殺したい人、いる?
「はい、ございます」
──ボクがヤってあげようか? サイファ・フェルナンデス
「…………」
この時すでに、サイファは薬物の影響から抜けていた。ここで彼が耳から広がる違和感に気付いていれば、その後更なる悪夢を見ずに済んだのかもしれない。少年が囁く最後の問いに彼は答えた。
「私が誰より憎み、その死を望むのは……」
「………………」
「サイファ・フェルナンデス、我が身です」
「……合格だよ」
ティエン・シュリーズ司教はその夜、サイファ・フェルナンデスに奇跡を授け、彼に永遠の服従を誓わせた。サイファはその後ティエンの臣下として仕え、やがて聖騎士の称を賜る。彼の願いは叶えられた。彼は司教に抱かれた夜に死んでいる。
◇◇◇
聖騎士サイファ・フェルナンデスが人間でないことは、誰が見ても明らかだった。ぐじゅぐじゅと蠢 (うごめ) く傷跡は再生とやり直しを繰り返し、かつて銀に輝いていた甲冑は赤黒く染まっていた。体から沸き立つ黒い霧は、魔力など縁のない盗賊の男たちですら鳥肌を立てて感じ取っていた。
「あ、姐さん! あれは何ですかい! 」
今、私のこと姐さんと呼んだか? 姫さまでなく、私を? オリビアの怒りが狼狽する彼女を冷静に引き戻した。行方不明となったサイファが白い教会で聖騎士となったのは聞いていた。その後死んだと噂されたが、なるほど今を見る限り、生きているとは言い難い。
【Erlkönig hat mir ein Leids getan】
サイファが手にする魔剣フラグの自動詠唱機が作動し、聞き覚えのある呪文がオリビアを再び狼狽させた。あれは以前アーカシ姫さまを死の淵に立たせた爆発呪文、しかも黒い霧を吸い寄せ尋常ならざる魔力を集めている、姫さまの黒いドレスの装甲でもあれは耐えられない。
絶対に、死んでしまう!
オリビア・フェルナンデスは駆けだしたが意味はない。
魔法も使えずアーカシ・ウォンターナを助ける術はない。
オリビア・フェルナンデスが駆けだしたが無理もない。
愛する人の確実な死をただ見届けるなんてことは出来ない。
──お願いずっと側にいて……
貴女はそう私に言ったよね?
ひとりで逝くなんて許さない!
魔技【 DARLIN' 】が発動。サイファを中心に爆発する。
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駆け寄るオリビアの気配を感じる間もなく、アーカシ・ウォンターナは爆炎に包まれた。爆風でオリビアは数メートル吹き飛ばされ、離れていた盗賊の男たちですら立っていられるものはなかった。破れる寸前まで痛めつけられた鼓膜が回復したころに、あちこちで金属が転がる音がした。魔騎士サイファも自爆したらしい、甲冑が派手に散らばったのだろう。
……いや、違う。
白煙が夜風に流されて、まず見えたのは魔剣フラグを天に掲げる聖騎士サイファの姿。残された人間としての部分を既に失っていた彼は、もはや魔人すら超えて神域に届いていた。生も死も超えた、聖と詩の存在、奇跡の顕現である。
背に白い翼が生え、黒い甲冑も再び白く輝き始める。体が浮き、天から光差し、舞い散る羽根の中でサイファ・フェルナンデスは穏やかな笑みを浮かべていた。
眼球を焼きそうなまばゆい光の下でオリビアが見たものは、サイファの足元で立ち上がるアーカシ・ウォンターナの姿だった。生きている!
耳をふさぎたくなる讃美歌が響き、白煙が失せた大地には、その身を呈して主人を守り、爆発を受けて粉砕したモフモフの残骸があった。耳にしていた金属音は、モフモフの体だったのだ。
神そのものと呼んで差し支えないサイファ・フェルナンデスは、両手で魔剣フラグを掴んだまま離していなかった。しかしアーカシ・ウォンターナもまた、右手に刀を握ったままだ。そして左手にも刀を……あれ?
「安らかに眠りや、モフモフ」
アーカシ姫さまは泣いていた。両手にそれぞれ刀を持つ姫さまは、頬に流れる涙を拭うことは出来ないが、その瞳は憂うことなく宙に浮かぶサイファを睨み付けていた。
「サイファ・フェルナンデス、アンタを斬る」
アーカシ姫さまは日本の刀を交差した。陰と陽、壱と零。この世の理を表す日本が重なるとき、仕込まれた奇跡が斬り開く。魔を断ち神を斬る理外の翼、これより日本の玄君七章刀を持って歪んだ理を正し筋を通す。
──辞世の句を詠めや! 介錯はうちが務めたる!──
我は問おう 汝に告げる
聖は此処に 哲は其処に
之なる陽刀 之なる陰刀
天より下り 地より茂り
雷光の神罰 獄王の裁定
【Eloim Essaim frugativi et appellavi】
地に伏せよ 空に仰げよ
御身朽ちて 魂魄焼かれ
砂に混ざり 風に流され
堕ちてみよ 導かれしは
迷いの六界 悟りの四界
エロイム・エッサイム 我は求め訴えたり
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……魔剣フラグはふざけた存在だよ
人の期待に水を差し、それ見たことかとあざ笑う
旗 (フラグ) を心に突き立てて
今に見てろと捨て台詞
あんたね、全力で何かやったことあるかい?
失敗した人を笑う資格はあんのかい?
あたしゃね、折れた旗 (フラグ) を集めてんのさ
こいつをバラして糸にして
立派な布を作ってやるんだよ
ほら、聞こえんだろ、機織りの音がさ
──── 長月に 夜半も機織る キリギリス ────
アーカシ・ウォンターナ姫は
サイファ・フェルナンデスを
現世 (うつしよ) から消し去った
魔剣フラグは何重にも仕込まれた奇跡によって
その刀身を折られていた
♪ギィー、チョン
ギィー、チョン
旗 (フラグ) は、織られたのだ
【 日本の刀 】
──注釈
日本と2本を掛けている
なお、筆者は日本が忍者と寿司の国であって欲しいし
中国はカンフーと炒飯の国であって欲しい
アメリカはロックを聞きながらステーキを食べ
ロシアはピロシキを食べてコサックを踊って欲しい
幼稚な世界観が愛らしくて好きだ
戦うのは創作だけにして、どの国もみんな仲良くしてほしい




