第三十話 機織虫(キリギリス) 【前編】
♪ギィー、チョン
ギィー、チョン
月明りの下キリギリスの声がする。アーカシ姫さまはテントの中でそれを聞いた。アリとキリギリスという童話があるが、原作はアリとセミだったり、コガネ虫だったりする。糸を布に織る機織機 (はたおりき) を動かしているような音で鳴くため、機織虫 (はたおりむし) と呼ばれることがある。
オリビアはアーカシ姫さまの背中にもたれかかり目を閉じている。寝てはいない、甘えているだけだ。姫さまは耳を澄ませていた。虫の声に聞き入っているのかと思いきや、彼女には何やら気配のようなものを感じていた。
日本刀(玄君七章刀)を手にしてから、アーカシ姫さまは気配を感じる鋭さが増すようになっていた。明日には魔導士の街へ入るつもりなので、本来ならオリビアにキスをして、早く眠りに就くべきなのだが、妙に冷たい秋の夜風がそうはさせてくれなかった。
確信めいた予感の後に、忙しい足音を聞く。やはりそうか。呟きはしなかったが、アーカシ姫さまは刀を手に立ちあがる。駆けてくるのは数人……四人か。少し離れた林を抜けて、盗賊らしき風貌の男がこちらに向かってくる。柄に手をかけた姫さまが聞いたのは、以外にも叫び声だった。
「た……助けてくれ! 」
彼らはアーカシ姫さまの前でへたり込み、足に縋る。殺意をあらわにするオリビアだったが、大の男が怯えた顔で泣きながら助けを請う姿に呆気にとられ、事態の深刻さに警戒を強めた。姫さまは彼らに問う。
「……どないしたんや、落ち着いて話してみい」
「ば……ばけ……ひッ……ひぃぃ! 」
人は死を前にしても案外錯乱はしない。必死に生き残るために足掻く姿が狂ったように見えるだけだ。それでもここまで大の男が怯え狼狽えるのは、死よりも恐ろしい何かがあったと考えざるを得ない。
ずちゃり。
ずちゃり。
ずちゃり。
ずちゃり。
乾いた秋の夜長に相応しくない、湿った金属をすり合わせたような音が近づいてくる。一歩、また一歩。それは林の中から彼らを追ってきたのか、薔薇の香りを漂わせながら近づいてくる。甲冑姿のそれは……聖騎士サイファ・フェルナンデス!
以前アーカシ姫さまと戦った時より伸びた栗色の髪は、濡れているのか顔にまとわりつき、目は開いたままで何処を見ているのかわからない。何かを口に入れているらしく、ぐっちゃぐっちゃと下劣な音を立て、元侯爵子息と思えぬ様相を呈していた。
「なんや食事マナーがなってへんな、聖騎士サイファ! 」
アーカシ姫さまは煽った。しかし今のサイファは男にしか興味が無かった。男を食い、破り、引き千切り、しゃぶることしか頭に無いのだ。サイファは咀嚼していた肉を噛み締めた。不自然に大量の赤黒い血を噴き口元は濡れ、元より汚れた甲冑は新たに悍ましき塗装を塗り重ねた。
「甘露……甘……か……甘露……甘……」
聖騎士サイファが天を仰ぎ、小刻みに震えている。濃厚にあふれ出した薔薇の香りにオリビアがえずく。アーカシ姫さまも吐きそうになっていた。男たちは顔を伏せうずくまる。ダチョウは愚かな鳥で、危険が迫ると頭を隠して安心するという迷信があるが、同じことをしている彼らは生涯それを笑うことは出来まい。まあ生き延びれば、だが。
聖騎士サイファが魔剣フラグを手に突進する。魔技は使ワない、そんナ勿体ないこト出来るか! この逞しイ剣を突き立て抉り殺スのだ!その感触ヲ味わい尽クすのだ! 血だ! 甘い血ヲ! 甘い血を舐めさセろ! 甘露! 甘露! 甘露! 甘露! 甘露! 甘露!
【中国山陽武術:広司馬拳 東洋鯉盗塁脚】
アーカシ姫さま、白い足をむき出して力強い前蹴り。本来前蹴りは足の裏、親指付け根を突き立てるのだが、この技はサイファの動きを封じる踵と足刀を使ったストッピングキック。魔剣フラグは空を突き、男たちを刺すことは出来なかった。
【тусламж хэрэгтэй хүмүүст туслах】
モフモフの自動詠唱機が作動、状況把握、緊急事態と判断、魔導エンジン始動、操者と交戦中の存在、あいつはまえにご主人をイジメたわるいやつだ! ぜったいにゆるさない! やっつけてやるぞ!
【Уншигчдад аз жаргал ирдэг】
【 VENOM STRIKE 】(雀蜂乃一撃)
モフモフが単独で聖騎士サイファに突撃、甲冑と鋼鉄が激しい金属音を立て、サイファは後方に吹き飛び、モフモフは勢い余って横転した。オリビアは怯える男たちを蹴り飛ばす。聖エスカルゴ学院で鍛えた蹴りは、彼らを正気に戻す。
「逃げてください! 早く! 遠く!」
男たちはオリビアと共に走る。速く、遠くに。彼らは逃げるために。オリビアは魔剣フラグの爆発に巻き込まれアーカシ姫さまの足手まといとならないために。この状況でオリビアが魔法を使うことは出来ない。人が多いし、サイファは人心を失ってる模様。何より姫さまに見られたくない。
そしてアーカシ姫さまは、魔剣フラグが発動する前に決着をつける気だ。 聞けッ! 玄君七章ッ! その美しい刃紋をうちに見せるんやッ!姫さまは刀の柄 (つか) を握り、鞘 (さや) から抜く。
──── 長月に 夜半も機織る キリギリス ────
ア 時が止まり
∣
カ 音が消える
シ
姫 静寂の中に
独り動いて サ
イ
姫は抜刀し フ
ァ
刃の舞踊で を
斬
騎士を斬る る
【玄君七章刀 神派久島流 冬隣の舞い】
聖騎士サイファ危し
剣技にて此れを払い
返し剣舞を姫に返礼
時の中にて サ
イ
聖騎士の舞 フ
ァ
汝知らざる が
反 防
撃 我が慟哭を 御
し
て 魅よ死の剣
姫
を 悪魔の返歌
斬
る 姫君を斬る
【騎士剣術 Theme for Scanty & Knee Socks 】
ア 避けもせず
∣
カ 風に流すは
シ
姫 つれなひと
剣
雅ならざる の
奥
汝が振舞い 技
を
魔を断つ刀 魅
せ
夢魔を斬る る
【玄君七章刀 神派久島流 奥義 華 蝶 鳳 刖 】
華。 聖騎士サイファの顔を斬る
蝶。 聖騎士サイファの腹を斬る
風。 聖騎士サイファの首を斬る
刖。 聖騎士サイファの足を斬る
以上、四斬を持って奥義【 華 蝶 鳳 刖 】を成し候
貴公、遠慮なく馳走召し上がりたまゑ、然らば御免
聖騎士サイファはアーカシ姫さまに四度切られ、その体は分解された。血と呼ぶには黒すぎる霧のようなものを撒き散らし、サイファの体はそれぞれ地に落ちていった。全て一瞬のことで、見ていたオリビアと四人の男たちには、何が起こっていたのかさっぱりわからなかった。ただ、彼らの仲間を食い、追ってきた化け物は切り刻まれたらしい。
彼らは抱き合って喜んだ。オリビアは一歩引いて見苦しい男たちの喜ぶさまを見ていた。しかし……
【 Theme for Scanty & Knee Socks 】
──注釈
今石洋之監督(現トリガー)GAINAX原作
2010年TV放送の人前で話せない危険なアニメ
「パンティ&ストッキングwithガーターベルト」
のサウンドトラック14曲目、作曲TeddyLoid
当時アルバムがオリコン10位にチャートイン
そしてこの曲はダッキングが心地よいEDM
アルバム3曲目の「Fly Away」も名曲、EDM好きなら是非
◇◇◇
【神派久島流】
──注釈
本作オリジナル剣技
最初は「久島流」だったが、実在したので改名
「神派」を付けることで元ネタが余計にバレる
なお、門下生が道場で素振りをするときに
「いぁ! いぁ! はすたぁ!」
と、独特の掛け声を出すことでも有名




