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第二十五話  少年が男になるということ

聖騎士サイファと信濃守千代丸はミソノ・ユニバを離れ荒野にいた。盗賊を探して狩っているのだ。地域周辺の治安に貢献したいわけではなく、千代丸を鍛えるため、それも残酷な方法で。


信濃守千代丸が殺人という行為を単なる作業と感じるようになるまで、盗賊狩りは続いた。罪を重ねたものに罰を与える、それは千代丸が自らを支える言い訳だった。しかし命乞いする盗賊の祈りを聞かされるたび、それは崩れていく。罪を与える資格など自分の何処にあるのかと恥じるようになったからだ。


これは単なる殺人。

ボクは恥ずべき殺人者。

罪を重ねているのはボク自身……


信濃守千代丸は盗賊を罪人と思わなくなり、罰を与えるなどと驕った考えを捨て、ただ命じられるまま剣を振るうようになった。そして人を切るたびに、聖騎士サイファを憎むようになっていく。全てサイファの思惑通りである。


千代丸が人を切った数を数えなくなった頃、聖騎士サイファは千代丸に声を出して数を数え、剣を振るように命じた。五まで数えて一呼吸、これを素振りで延々と繰り返し行う。人を切らずに済むのは千代丸にとって精神的に楽だった。毎日これを限界まで繰り返し、肉体が疲労を極めた頃に、千代丸は変化に気が付いた。


体が軽いのだ。疲れすぎて無駄な力が抜け、数える声も小さくなり、空を切る風の音が大きくなっていく。小気味の良いその音を聞いたサイファは、千代丸に今日から四で良いと言った。何故と聞く千代丸に、それがわかったら三にしろと言って小さく笑う。これが千代丸にサイファが教えた唯一の剣技だった。もはや声も出さず無心で剣を振る千代丸は、なんとなくだが解り始める……


人を切ることに理由など不要なり

罰を与える驕りは邪念、不要なり

罪を重ねる自責も邪念、不要なり

ただ無心に四度振るえば事足りる


……………四度も必要か?


信濃守千代丸は剣を振る数を三に減らした。


一で切れる境地には至っていない

二で切るのが適切だ

三で切れなければ仕切りなおせばいい

四では多すぎる


達したか。聖騎士サイファはそう呟くと、千代丸にもう素振りはしなくて良いといった。はい、と答えた千代丸だったが、それでも何度か気が済むまで振り続けていた。聖騎士サイファは黙って火を起こしている。日が暮れてきた、夜は近い。明日はミソノ・ユニバに帰る、サイファは千代丸に告げた。



夜が深まり、二人を囲む気配を感じた。生き延びた盗賊が腕の立つ仲間を集め報復に来たのだ。足音からして相当な人数。千代丸とサイファは目くばせをして、それぞれ逆の方向へ向かう。


まずひとりが目に付いた時

千代丸は考える事なく切っていた

一で切ってしまい

二は不要だったが

体が勝手に動いてしまい

一拍置いて三の拍子で

別の盗賊を切っていた


羽虫を払うように人を切る、無心の境地。

繰り返した動きで剣を振る、無我の境地。


口にするのは誰でもできる

だが死地に立ち

他人を殺し

自分を殺し

死ぬ覚悟も

死なせる覚悟も失って達せられる境地なのだ



焚火の近くの川で、魔剣フラグの血糊を洗うサイファ

後ろから信濃守千代丸が近づいてきた


何人切った、サイファは背を向けたままそう尋ねた

そういやオレ数えてなかった、そう千代丸は答えた

信濃守千代丸、剣の鍛錬これにて終わりと相成り候



◇◇◇



盗賊の遺骸が辺りに血臭を漂わせる中

揺らめく焚火が呼び寄せた蛾を焼いた

一息ついてから場所を移そうと

二人は腰を下ろすのだった



「千代丸、褒美をくれてやろう」



聖騎士サイファは千代丸の顎を掴み唇を重ねた。

唐突だった。


サイファが千代丸を鍛えたのは、いつか自分を切ってもらう為だ。未熟ゆえ月日を要すると踏んでいたが、なかなかどうして、僅かひと月でこの領域に達したではないか。


後は我が身を切って貰うのみ、その為に荒野に連れ出し、憎悪を積ませ、代償に腕を上げてやったのだ。憎きこの俺がお前を辱めようとしているぞ。俺は何度もこれを味わった。その返礼はあの街で済ませた。



次はお前だ、さあ、返礼しろ、さあ、さあ!



信濃守千代丸は沈黙した。聖騎士サイファの思惑はわからない。俺を怒らせてどうして欲しいのか。あるいは俺が欲しいのか。俺に貴方の思惑はわからない。だけど貴方に俺の思惑はわかるまい。



千代丸は目を閉じてサイファの首に手を回した。思わぬ行動にサイファは身を引き唇を拭う。こいつ……



聖騎士サイファは思い違いをしていた。信濃守千代丸は強くなったとはいえ、その気になれば自分は勝てる、そう見くびっていたのだ。しかし千代丸は既にその段階ではない。サイファに人の心を奪われ、無我無心の境地に達し、既にサイファを上回る剣士と成り果てていたのだった。



「……どうしました、抱かないんですか?」



千代丸は怪しく笑う。

その顔はアイツの顔を思い出させた。


それは唯一残った返礼の相手

白い教会の枢機卿、奇跡を起こせる現世唯一の存在

我が主 【 ティエン・シュリーズ大司教 】 の顔を。



「……戯れだ、行くぞ」



聖騎士サイファは兜をかぶり、足で焚火を踏み消した。

辺り一面は闇に包まれ、月明りが彼の甲冑を照らした。







【剣の鍛錬これにて終わりと相成り候】

──注釈

人は何かを失って成長する

なぜなら

そう思わないとやってられないからである


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