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第二十四話  多元宇宙論(マルチバース)

あの日からアーカシ姫さまは、聖エスカルゴ学院の図書館で本を読み漁っていた。この図書館は蔵書の数も凄いが、なによりオリビアが驚いたのは所蔵する本や資料の希少性だった。国内では閲覧禁止の禁書とされるものや、焚書され失われたはずの本が書架に並び、姫さまは司書の魔導士たちに囲まれ熱心に何かを調べていた。


腦が筋肉で出来ているエスカルゴ生徒の貴族令嬢たちがここに足を踏み入れることは滅多にないので、司書の魔導士たちは暇を持て余していたらしく、これまた熱心にアーカシ姫さまに本の内容を解説、時には講義することもあった。


オリビアはここの生徒たちと同世代、しかも侯爵家四女、つまり貴族令嬢でもあるので、滞在中は生徒として扱われ短期入学することとなった。同級生は変な人ばかりでオリビアも学院の気風に染まることは断固拒否していたが、それでも多くの学友に囲まれ楽しく充実した日々をすごした。



「オリビア、うちのこと好きか」



ある夜のこと、アーカシ姫さまは急に改まってオリビアに聞いてきた。ふたりは学院の寮で同室だった。さっきキスをしたばかり、今も手をつないだままの姫さまが、なんで今さらそんなこと聞く? そう思ったオリビアだったが、姫さまの顔は真剣だった。



「うちが好きなら、海野アケミを大切にしてくれ」


「……どういう意味ですか」


「オリビア、いつのまにこんな握力を身につけたんや」


「……どういう意味か聞いてます」


「痛い痛い痛い! 折れる! 折れる!手が! 折れる!」


「……骨が折れる音より、発言の意味を聞かせて下さい」



短期入学とはいえオリビアも今は立派なエスカルゴの学生、知らず知らずに体は鍛えられ、生徒というよりは門下生と呼びたくなる様相を示していた。さっきまで甘い雰囲気でつないでいたオリビアの手は、今やアーカシ姫さまの手を握りつぶす拷問器具と化し、地獄の責め苦に耐えきれなくなった姫さまは絶叫した。



「海野アケミはアーカシ・ウォンターナなんや!」


「……はあ?」


「海野アケミとうちは同一人物なんや!」


「……え。」


「別世界から来た、アーカシ・ウォンターナなんや!」



オリビアは驚いた。別に悲しいとか、悔しいとか、嬉しいとか、腹立つとか、許せないとか、面白いとか、楽しいとか、美しいとか、寂しいとか、愛しいとか、切ないとか、憎いとか、怖いとか、尊いとか、一切の感情無く純粋に驚いた。



「この世界にあるものを細かくしたら粒になるやんか」


「……ええ、まあそうですね」


「物を落としたら下に落ちる、これ重力っていうねんけど」


「……バカにしてます?」


「重力も粒とちゃうかって考えた人が言うには……」


「……バカの人ですか?」


「魔導士がそない言うんや! うちも理解してへんわ!」


「……まあ、どうぞ続けて」


「この世界と似たちょっと違う世界が無限にあるんやて」


「……はぁ?」



アーカシ姫さまの前世で多元宇宙論マルチバースと呼ばれる超弦理論(一般相対性理論とみんな大好き量子力学の矛盾を解決するための仮説)に基づく物理学上の予言である。一言で言えばパラレルワールド。


オリビアには理解できなかったが、説明するアーカシ姫さまも理解しているわけではない。魔導士による講義の内容を口にしただけだ。ただ現実によく似た世界が多数存在し、何よりアーカシ姫さま自身がそこからこの異世界に来ているわけで、少なくとも姫さま自身は信じるしかなかった。


オリビアも心当たりが無くはない。魚野アケミはミドルネームがターナ。魚野・ターナ・アケミなのだ。名前が先に来るこの世界の呼び方にかえて、ミドルネームを後ろに回すと……


アケミ・ウオノ・ターナ


アーカシ・ウォンターナ姫さまとの関係性を疑わざるを得ない。その他共通点の多さは言うに及ばない。疑問は多々ある、いや、疑問しか無いが、それでも大きな一点を挙げるなら、なぜ同一人物が形を変えて二人もこの世界に存在するのか。


アーカシ姫さまが海野アケミと会ったとき、姫さまは怯えていた。それは姫さまがある仮説を立てたからだ。それは恐らく的を得ている。つまり……



アーカシ・ウォンターナを " 誰か " が呼んでいるのだ

世界の理 (ことわり) を変えられるほどの存在が



アーカシ姫さまは学院の図書館にある本を隅から隅まで読み漁った。さすがに無関係な本は避けたが、難しい本でも頑張って、魔導士たちの解説も受けながら読み続けた。そして夏が過ぎ秋が来て、そろそろ肌寒くなってきたある日のことだった。


さすがに草臥れたアーカシ姫さまは、気分転換に図書館を散歩していた。本棚が並ぶエリアを抜ければ資料展示室があり、博物館のようなこのエリアを過ぎると、司書の魔導士が未だ手つかずの襟帯出、つまり貸出できない未解読の本が並ぶエリアに入った。かび臭い香りが漂うここは、妙な雰囲気があり姫さまは好きではなかった。



ばさり。



誰もいないはずのこのエリアで何かが落ちた。飛び上がるアーカシ姫さま。振り返れば通路に本が落ちている。逃げ出したい気持ちだったが、図書館に落ちた本を見て見ぬふりをするのは世話になった司書の魔導士たちに申し訳ない。せめて本棚に戻しておこうと手に取ったその本は、表紙にこう書かれていた。


【 玄君七章秘経 】







多元宇宙論マルチバース

──注釈

パラレルワールド(異世界)にリアリティを与える呪文

これを真面目に解説すると小説どころではなくなるが

読者を煙に巻き作品にSF感を加える魔法の素粒子

創作料理(小説)に一味加えるマジックソルトである


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