第二十二話 法なき世界の執行者
廃墟の旧都、ミソノ・ユニバ。無法地帯と呼ばれるこの地区は、聖騎士サイファの返礼という名の殺戮によって地域を支配していた悪党が駆逐され、その治安を回復させていった。活気を取り戻した無法地帯は、別の悪党から見れば空白地帯であり、格好の餌場となるのだった。
聖騎士サイファと信濃守千代丸が久しぶりにここへ足を踏み入れると、目に付いたのは打ち崩された屋台だった。踏みつぶされたトウモロコシが散乱し、腐敗臭が漂っている。サイファは近くで佇んでいた乞食の老人に幾許かの金を与え、事情を聞いた。
「近頃質の悪い奴らが流れてきての、ここらを荒らして回っておるんじゃ」
「してご老人、そ奴らの居場所は」
「はての、焼け落ちた教会じゃと噂で聞いたがの」
聖騎士サイファは子どもたちの安否を聞かなかった。彼らがどうなろうとサイファには関係の無いことである。身寄りのない子供が売られようが攫われようが、彼らを助ける義務はない。屋台の件も、好奇心で聞いたまでのこと。
サイファはやや早足で無法地帯を歩き、偶然にも彼が以前返礼した宿屋に辿り着いた。今はどうなっているか全く知らないし興味も無いが、なんとなく確認したくなり、サイファは扉を開けず優しくノックした。そして独り言をつぶやいた。
「誰か居るか」
「……」
「皆、無事か」
「……」
「怪我はしていないか、攫われたものはいないか」
「……おじちゃん?」
「……" おにいさん " だ。それより皆無事なのか」
扉の向こうで、子どもたちの泣き声が聞こえた。サイファの後ろに控えていた千代丸が顔をしかめた。兜を外さないサイファの表情はわからないが、身じろぎ一つせず子どもたちの泣き声を聞いている。
やがて扉が開き、子どもたちが聖騎士サイファを取り囲み、より一層大声で泣きだした。子供たちの中には杖を突いて足を引きずる者、赤く滲んだ布切れを顔に巻いてる者がいた。千代丸は固い表情で呼吸を整えている。
子どもたちから事情を聞いたサイファは立ち上がり、また来ると彼らに告げてから、千代丸に声をかけた。
「 千代丸 」
「……はい。 」
「 行くぞ 」
「……はい! 」
ふたりは最近火事で焼け落ちた教会へ向かう。
千代丸はそこで地獄を見る。
◇◇◇
教会ではかろうじて天井が残る部屋で十数名の若者がたむろしていた。年の頃千代丸とさほど変わらぬものと見える。幼さが残る彼らは教会に入ってきた甲冑の騎士と後ろに控える千代丸を見て警戒している。聖騎士サイファが問い質す。
「貴公らが、無法地帯にて屋台を壊したのか」
「だったら?」
「……罪を認めたと判断する」
聖騎士サイファ、魔剣フラグを居合い抜く。サイファの立ち位置に一番近かった若者の手首が飛んだ。彼は幸福だった。なぜなら事態を把握し短刀を手に襲いかかった若者は〇〇の前半分が切り飛ばされ、その場で絶命したからだ。とはいえ手首を落とされた若者も出血多量で長くは持たないだろう。
千代丸は手首の飛んだ若者の上着を剥ぎ、腕の根本、脇の辺りを強く締めあげた。しかし彼はもう青ざめた顔でひゅーひゅーと荒い呼吸をしている。やがてそれは急速に弱まり、聞こえなくなった。わずか数十秒のことだった。サイファは一言告げる。
「 次 」
聖騎士サイファは逃げようとする若者の足を切った。やや距離があり切り落としたわけではないが、大きな血管は切れており、その若者は足を押さえ倒れ込んだ。
「 次 」
若者の中には女もいた。少女と呼ぶには艶めかしい彼女は、絶叫するも声が出なかった。腰が抜け、座り込み、首を振って拒絶する姿勢を見せたが、神の使徒、聖騎士サイファは平等だった。千代丸はサイファが彼女の手首を〇〇に〇〇〇〇で〇〇、千代丸は彼女の薄い服を切り裂き落ちている棒きれを使って腕をきつく縛り上げた。
「 次 」
いちかばちか聖騎士サイファに挑む者もいた。彼は切れ味の悪そうな、手入れをしてないであろう安い剣でサイファに切りかかった。彼の悲壮な顔を千代丸は生涯忘れない。千代丸は気付いていた。サイファは抵抗しない者は手首を切り、逃げる者は足を切り、歯向かう者は……。千代丸はサイファに切りかかった彼には駆けよらなかった。手遅れ以前の問題だからだ。
「 次 」
・
・
・
・
・
地獄だった。懐から何かを取り出そうとした若者は、手首ごと胸を貫かれた。懐からこぼれ落ちたのは、金貨の入った袋だった。最後のひとりが死人のように青ざめて、顔色だけは仲間とお揃いになっていた。
「 次 」
「もうやめてください!」
千代丸は叫んだ。彼も本心では怯えている。しかし血臭漂うこの部屋で、彼らの哀れさが、彼らの罪とサイファに対する恐怖を上回ったのだ。そこに至るまで全滅に近い犠牲者を必要としてしまったが。
千代丸は次に起こりうるサイファの行動を予測した。最も可能性が高いのが、千代丸を無視して若者を切る。次の可能性が千代丸に邪魔だと言う、この場合論戦に持ち込めば若者が助かる可能性がある。最後に千代丸を切る可能性、かなり低いと信じたい。
しかし聖騎士サイファは、信濃守千代丸の予測しなかった行動に出た。剣を振り血しぶきを飛ばし、腰のベルトに差しこんだ。千代丸は大いに安堵した。
「千代丸」
「はい!」
「此奴はお前が殺せ」
千代丸は絶句した。残酷なオーダーにも驚いたが、サイファが手首を落とすのは、反省を促す度が過ぎた仕置きだと思っていたからだ。しかし実際は、わかっていてやっていたのだ。わずかな可能性を与えることが、彼のわずかな慈悲だったのだ。
「さっさとやれ、時間が惜しい」
聖騎士サイファは冷淡に急かす。実は信濃守千代丸は人を殺めたことがある。盗賊討伐でミソノ・ユニバの自警団に参加した時、襲ってきた相手をやむなく絶命させたのだ。数日は眠れなかった、今でもうなされる夜がある。
「お……お許しください!」
「駄目だ、やれ」
「どうか……それだけは!」
「駄目だ、やれ」
「どうか……どうか……」
千代丸は必死で許しを請う。ボクにはそんな残酷なことは出来ません。このまま縁を切られても致し方ありません、どうしてもと言うならご自分でお切りになって下さい。そもそも彼らは殺されるほどの罪があるとは思えません。
「そうか、わかった」
意外な事に、聖騎士サイファはあっさりと千代丸の懇願を受け入れ、最後の若者に近づいて剣ではなく言葉を向けた。千代丸は安堵した。しかし甘かった。聖騎士サイファは若者に要求する。
「若造、お前の友人、家族、知人の名を言え」
ひれ伏し命乞いをする最後の若者も絶句した。
若者に代わって千代丸が叫ぶ。
「それを聞いてどうなさるおつもりですか!」
「此奴の命と引き換えに殺して参る」
「そんな……」
「嫌ならお前が此奴を切れ、今日は手首で許してやる」
聖騎士サイファは部屋を出た。千代丸が逃げれば追うつもりはないが若造は切る。しかしサイファの背中に絶叫が届いた。聡い千代丸はサイファの行動を正しく予測したらしい。
────教会の外に出た聖騎士サイファは笑う
それでいい
俺が鍛えてやる
俺を超えろ
俺を殺せ
俺を救ってくれ、信濃守千代丸
【上着を剥ぎ、腕の根本、脇の辺りを強く締めあげた】
──注釈
一応説明すると、止血の為に縛っている
いわゆる直接圧迫止血法、大量出血の応急処置
簡単な救命技術なので知らない方はこの機会にぜひ
詳しくはネットで検索して頂きたい
◇◇◇
【剣を振り血しぶきを飛ばし、腰のベルトに差しこんだ】
──注釈
血の付いた剣を鞘に入れると抜けなくなる
とはいえ創作で人を切ったあと鞘に入れる表現はアリだと思う
だってリアルに描くと
「水場を探して念入りに洗って乾かした」
殺陣の緊張感が一気に無くなるっすよ……




