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第二十一話  レイコ・クリスティーヌ vs 海野アケミ

転校生、海野アケミ。


聖エスカルゴ学院に突如入学してきた彼女は、この異世界で誰も見たことのない紺のセーラー服を着用していた。その言語も独特で、学院の生徒たちはどこか遠い辺境の方言だと解釈していた。悪役令嬢と呼ばれたレイコ・クリスティーヌとしばしば衝突する気風のいいアケミは、今校庭で彼女と対峙していた。



「せやけど、はしゃぎ過ぎちゃうんか?」



海野アケミは倒れた生徒たちを横目で見た。鍛え上げられた貴族令嬢の安否は元より心配していない。拳を重ねて肉体言語で気絶する程度のことなど、この学院ではガールズトークの一種に過ぎない。問題は普段おとなしいクリスティーヌがそれを行い、不自然な強さを見せていることだ。そして背中になんか生えてるのも見過ごせない。光ってるし。



「うちが遊んだるさかい、おとなしくせいや」



セーラー服の裾が風に揺れている。砂埃が舞い、海野アケミのカールした前髪も揺れた。レイコ・クリスティーヌはアケミに掴みかかる。首を絞めようと伸ばしたクリスティーヌの腕を、アケミは払いのけ首を抱え込む、そのまま彼女を高く持ち上げ後ろに投げた。アーカシ姫さまは絶叫する。



「垂直落下式DDTやと? なんでこの世界にあの技が!」


「姫さま?何をいってますの?」


「知らんのかオリビア! 破壊王、橋本真也のあの技を!」


「はか……い……おう?」



興奮して自分でも何を言っているのか分かっていないアーカシ姫さま。オリビアに前世の話をしたところで分かるはずもないのだが、それさえ理解できないほど彼女は混乱していた。セーラー服、関西弁、DDT、間違いない。この娘はうちと同じ前世の人間や!


もしも故郷を捨て、異国で20年以上帰ることも連絡することもせず、もはや記憶も定かでなくなった頃、出先でたまたま故郷の人間に会ったとしたら、どんな気持ちになるのだろう。アーカシ・ウォンターナは泣いた。嗚咽を上げて泣いたのだった。



◇◇◇



彼女は前世の話をしない。したくないのだ。


アーカシ・ウォンターナとして生を受け、生まれつき前世の記憶を残し、幼少より高い知性と教養を見せた彼女は、ウォンターナ王家を震撼させた。実は大して頭も良くないし教養も前世ではむしろ低かったのだが、異世界では王家顧問魔導士を昏倒させるほどの知識量であり、文明レベルの差を見せつけた。


この事実は秘匿され、その知識は王家の秘宝として扱われた。国王はアーカシの身の安全を守るため、前世の話を口外することを禁じた。実際アーカシは何度も暗殺されそうになっている。彼女自身も異世界に生きる処世術として余計なことは言わないようにしている。


そもそもアーカシは言いたくないのだ。

前世のことなど思い出したくないのだ。


国王は狡猾で裏表の激しい人間ではあったが、娘であるアーカシを愛してくれた。それは彼女の前世の記憶には無い経験だった。王妃は自分の娘とは思えない大人びたアーカシに困惑していたが、母として誠実に育ててくれた。これも前世では経験がなかった。


アーカシ・ウォンターナはこの異世界を愛している。厳しい世界であるけれど、不便で不公平なこともあるけれど、自分を愛してくれる人たちがいるこの世界に生きることが本当の人生であり、前世など高い文明以上の価値を感じなかった。


それがどうして、こんなにも泣けるのだろう。

この胸の締め付けは、どこから来るんだろう。

戻りたいかと聞かれれば、絶対に断るだろう。

なのにどうして、嗚咽を上げて泣くのだろう。



◇◇◇



レイコ・クリスティーヌは立ち上がった。そして海野アケミに飛び掛かり、大振りの平手打ちを頬に放った。ビンタというより衝突と呼ぶべきその威力は、アケミを空中で回転させるほどだった。


吹き飛ぶアケミだったが身を地に転がして落下の衝撃を軽減し、一直線にクリスティーヌへ駆け寄った。その勢いでヘッドバット。顔面に受け仰け反るクリスティーヌ、即座に平手打ち、吹き飛ぶアケミ……



延々とくり返す打撃戦で、ふたりともボロボロだった。海野アケミは血と泥にまみれ、レイコ・クリスティーヌは既に白い輝きを失っていた。かろうじて羽のもげた翼だけが残っている。


オリビアは、アーカシ姫さまや教職員、学院の生徒たちが誰一人として止めようとしないのが不思議だった。みな一様に戦いを見守っている。彼女は知らないだろう、聖エスカルゴ学院では一対一の戦いにおいて決着がつくまで邪魔することは厳禁、加勢や仲裁などもっての外で、禁を破りし者は貴族令嬢不覚悟として厳しく罰せられるのだ。


それまで一言も発しなかったレイコ・クリスティーヌが声を出した。



「なんで……なんでアンタはこんなにシツコイのよ!」



最初の一撃に比べずいぶんと威力の落ちた平手打ちをアケミに放つクリスティーヌ。もはや避ける気力もないアケミが頬に受けるも、顔が横向く程度の威力だった。そしてアケミはその手を掴む。頭突きが来る。首をすくめ身構えるクリスティーヌ。



「放って、置けんからや」



海野アケミはそう呟くと、レイコ・クリスティーヌに唇を重ねた。掴んだその手は、離さなかった。クリスティーヌの翼は消え、彼女の腕輪が砂のように崩れた。血と汗と砂にまみれた、ふたりの汚い天使のキスはいつまで続くのだろうか。アケミは当分その手を離さない。







【垂直落下式DDT】

──注釈

普通の人間相手にこの技をかけると病院送りでは済まない

垂直落下じゃなくてもDDTは危険

「デンジャラスドライバー天龍」の略では無い


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