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第十七話  少年剣士に咲いた薔薇

信濃守千代丸しなののかみちよまるは本当の所、既に意識を取り戻していた。


気付けば誰かに抱かれ運ばれている。甲冑の胴と兜は外されているが、それでも少年一人を抱きかかえて運ぶなど相当な筋力の持ち主でないと出来ることでは無い。千代丸の肩と膝を支える力強い手が、並々ならぬ鍛え方をした屈強な男の頼もしさを証明していた。


──なんて男らしいんだ


千代丸は、男が先ほどまで円形闘技場で剣を交えていた聖騎士サイファだと今更気が付いた。気を失い混乱していたらしい。彼は交戦中も千代丸にアドバイスを送り、恐らく打ち込めば一瞬で終わったであろう戦いに、騎士とは何たるか身をもって教えてくれたのだ。


──なんて優しい人なんだ


そんな聖騎士サイファに、まるで少女のように抱きかかえられ、闘技場から運び出される自分が恥ずかしく、まだ気を失っている振りをしているのだ。千代丸は卑劣な自分が腹立だしくも、サイファに強い憧れを抱いてしまう。


──こんな男に、ボクもなりたい


聖騎士サイファは千代丸を闘技場の控室に運び出し、長いベンチに寝かせた。サイファは自らの兜を脱ぎ、すこしウェーブのかかった長い栗色の髪を靡かせた。血の気の薄い顔と唇、その彫刻のような美しさは、千代丸が幼いころ夢中になって読んだ英雄譚の主人公を思わせた。


──こんな美しい人に、抱かれてたんだ


強く男らしくありたいと願う千代丸を裏切る胸の鼓動。このひとの前では少女になりたいと疼く本能。違う、間違ってる! 正気を保て千代丸ボク! 気を失い混乱しているだけだ! 敗北に動揺しているだけだ!



「……怪我はないか、信濃守千代丸」



聖騎士サイファが穏やかに声をかける。千代丸は飛び起きて頭を下げる……が、そのまま膝から崩れ落ちる。交戦で血圧を上昇させ、顎への打撃で意識を失い、そこに来て急に立ちあがるなど、眩暈を起こして当然である。


サイファはそれを予想していたわけではないのだが、流れるように千代丸の肩を抱き、その体を支えた。幼さの残る少年剣士の愚直で間抜けなその姿に、思わず笑みがこぼれてしまう。自分には無い、あるいは奪われた素直さ、純粋さ、それはサイファにとって羨ましく、愛しくもあった。



「ばかもの、急に立つ奴があるか」



ぼんやりとした顔でサイファを見つめる千代丸を再び寝かし、しばらく様子を見ていた。このまま立ち去ってもよいが、おそらく礼を言おうと追いかけてきて、みたたび千代丸は倒れるだろう。そんな姿を想像して、サイファは静かに笑うのだった。


そんな彼を見て、信濃守千代丸は恋に堕ちていく。



◇◇◇



アーカシ姫さまは荷物をまとめていた。簡易なテントと幾許かの食料、着替えの下着と寝袋に工具、他にも細々とした小道具など合わせるとなかなかの荷物となるが、全部まとめてモフモフに積んだ。


ロープでぎゅうぎゅうと縛る姫さまの手つきは慣れたもので、手際よく準備を進めながら、長かった一人旅の過酷な日々を思い出していた。魔獣12匹に囲まれ食料をねだられたあの夜、草むらだと思って足を踏み入れた水草生い茂るあの湖、食料が無く昆虫を手に思い悩んだあの日……



「……苦かったんだよな」



空を見上げ、ひとり呟く呟くアーカシ姫さま。だけどもう心配はない。食料はともかく寂しい夜は迎えなくていいんだ。あと水草も一目で判別つくようになった。オリビアがトランクケースをふたつ、両手に抱えて持ってきた。



「姫さま、魔導士さんがこれを下さいました」


「モフモフ用のカバンか! これは便利やないか! 」



モフモフの後部両サイドにトランクケースを取り付けた。座席を外しステーを取り付けると、トランクケースは簡単に付け外しが出来る。これで食糧問題も解決だ。ありったけの保存食を詰め込んで、魔導士の街を出よう。



「姫さま、明日からどちらへ向かわれるのですか?」


「狂気山脈を超えた向こう、うちの母校エスカルゴ学院や」



オリビアは耳にしたことがある。貴族令嬢にしか入学が許されない厳格な学び舎、聖エスカルゴ学院。卒業生は皆、名だたる淑女ばかりで政界や経済界に大きな影響力を持つという。しかし噂によると神々の領域に触れ、その存在を消されたとか……


いずれにせよ辿り着くには狂気山脈と呼ばれた険しい山を越えなくてはならない。そこは未踏破の山も多い危険な場所で、魔獣とも異なる不思議な生物が生息しているという。


オリビアが幼かったころ、イタズラが見つかり母に叱られる時に、悪い子はエスカルゴに入学させるわよ!とよく脅されていた。それは学院もさることながら、恐ろしい狂気山脈を通り抜けることを意味していた。



「……怖かったんだよな」



空を見上げ、ひとり呟く呟くオリビア。だけどもう心配はない。アーカシ姫さまが望むなら、何処にだってお供する。姫さまが望むなら、如何なることも躊躇しない。ハードルの高さは愛の実在証明。空を飛べと仰せなら、今すぐ翼を生やして見せよう。


出来もしないことを迷わず選び、方法は後から考える。

汝の欲することをなせ( Fais ce que voudras )

これが【魔法使い】の所作である。



◇◇◇



魔導士の街で最後の夜に、ふたりは黒い神殿を昇る。最上階は誰でも自由に入れる場所ではないが、申請して許可が下りれば比較的簡単に入ることができる。ここは街で一番高く、煌めく夜景を見ることができるのだ。



黙って夜景を眺めるふたり

アーカシはオリビアの指に触れる

イタズラのつもりか本心は見え見え

オリビアはアーカシに唇を差し出した


──どうかご賞味あれ、アーカシ・ウォンターナさま


アーカシはオリビアに唇を重ねた

少し震えるアーカシの指を

オリビアは絡めて離さない

もう夜景なんて見ていない







「狂気山脈」

──注釈

ラヴクラフトの小説「狂気の山脈にて」

……と、思わせて実は

人間椅子3枚目のアルバム「黄金の夜明け」

その11曲目が名曲「狂気山脈」

なお「無言電話」も名曲

ゴリゴリのベースがたまらない

和製DOOMメタルの傑作


◇◇◇


「汝の欲することをなせ( Fais ce que voudras )」

──注釈

フランスの作家、フランソワ・ラブレーの言葉

……と、思わせて実は

魔術師アレイスター・クロウリーの言葉

詐欺師・薬中・バイセク・ロ〇コン・登山家・etc……

数多くの肩書を持つこの奇人は

トート・タロットをデザインしたことで有名


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