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第十六話  逆襲のオリビア

アーカシ姫さまとオリビアは、黒い神殿で組み上がったモフモフを見た。フル・オーバーホールされたその車体は外観上以前と変わらないように見えたが、姫さまには何か大きな違いが見えるらしい。



「あっ! キャブレターが新しくなってるやんか!」


「はい……TMRから……FCRに変換しました……」



魔導士がアーカシ姫さまに説明するが、オリビアにはさっぱりわからない。そんな彼女をよそに姫さまはセルを回しエンジンに火を入れる。即座にエンジンは始動し、後ろの筒からもっふもっふと白煙を吐く。鼓動は以前に比べて重く、早い。



「こ、これはすごい! アイドリングも調整してあるな!」


「ボアアップと……カムやクリアランス調整も……」



もはや呪文詠唱にしか思えない二人の会話を聞いても仕方がない、オリビアはモフモフにそっと手を寄せ呟いた。



「おはよう、モフモフ、子分のオリビアよ」



先ほどまで軽快だったアイドリングに乱れが生じる。オリビアは優しくモフモフのタンクを撫でて、そっと囁いた。



「覗き魔も悪魔の一種なのかしら、モフモフはどう思う?」



ぽす。

エンストを起こすモフモフ、エンジン熱が高すぎたのか、車体から結露が汗のように流れていた。オリビアはそれを指でツツツとなぞり、にたりと笑う。



「あら、止まっちゃったの、なら襲われても仕方ないわね」



【тусламж хэрэгтэй хүмүүст туслах】


モフモフの自動詠唱機が作動、自身の危険を察知し単独による緊急避難を開始。魔導エンジン再始動。FCRキャブレターより周囲の不穏な空気を吸引、内燃機関は微妙に燃え、現地域より離脱を開始する。



ばりーーーん!



壁を突き破り、黒い神殿の外へ逃げだしたモフモフ。

熱心に魔導士の説明を聞いていたアーカシ姫さまが血相を変えて追いかける。



「うちのモフモフが! モフモフが! どこ行くんや!」


「なぜだ……! なにが……起こったんだ……! 」



◇◇◇



聖騎士サイファは旧都ミソノ・ユニバの円形闘技場にいた。害虫駆除も悪くないが、クズども相手ばかりだと腕が鈍る、時には猛者を相手にすることも肝要。さきほど教会で聖母メイ・ナンギのステンドグラスを見てから妙に滾る魔剣フラグも血を欲しているようだ。


ここでは観客による賭けが行われており、血に飢えた闘技者同士を争わせ、その勝敗で大金を得ようとする愚者で満ち溢れていた。その下劣な風景はサイファの好む所ではないが、人間らしい生命力が放つ熱を感じる。好みではない、だがこの身には羨ましい。


複雑な感情を抱くサイファの前に現れたのは、彼と同じく甲冑の騎士。恨みはないが魔剣フラグによる爆発実験の贄となって頂こう。闘技場の中央で二人は挨拶の後、剣を交えることとなる。



「サイファ・フェルナンデス、一手馳走致す」


信濃守千代丸しなののかみちよまるです! よろしくお願いします! 」



まだ若い、名前からして東方人か? それにしても丁重な挨拶だ、しっかり頭を下げ礼を尽くしている。魔剣フラグもやりにくそうだ。


聖騎士サイファ、上段の構え

先の後を狙い相手の出方を待つ


信濃守千代丸、平正眼の構え

先の後を狙い相手の出方を待つ


聖騎士サイファ、構えを下段に変える

カウンターで突きを狙う地擦り正眼


信濃守千代丸、臍眼の構え

やや下段に釣られるも、突きを狙われていることは承知


真っ当だ、千代丸とやらは真っ当すぎる。おそらく大した腕ではあるまい。本人もそれを重々自覚、されど奇をてらわず基本に忠実である。おそらくサイファが強引に切り込めば簡単に崩せるだろう。しかしサイファはそうしなかった。


聖騎士サイファは愚直な人間が好きなのだ。

真面目で素直な人を愛し、守りたいから騎士を捨てない。

そして魔剣フラグがもっとも嫌う相手でもある。

実際すっかりやる気を失っている。

信濃守千代丸、気を吐く。



「やあっ!」



信濃守千代丸、すり足で接近、打ち込む。甘い。

聖騎士サイファ、剣先で払う、返し右袈裟切り。

信濃守千代丸、剣で受ける。

聖騎士サイファ、千代丸に教える。



「打ち込みが甘い、それで人は切れぬ」



聖騎士サイファ、剣を押し付ける、場合によって押し倒す。

信濃守千代丸、耐える、その程度は鍛えている。



「教えて頂き……有難うございますッ!」



剣を交えて見えることがある。相手の心理、練度、覚悟。

信濃守千代丸は甘えた小僧だ。

こ奴、ここに来て、人を切りたくないのだ。

故に打ち込みが甘いのだ。



「覚悟が足りん、騎士道不覚悟なり!」



こんな小僧相手に刃は使わん、その資格もない。

魔剣フラグも意気消沈してただの鉄の棒である。

剣の柄をかちあげ顎を打つ 【 FEMM - POW 】

些細な手妻あれど、小僧ひとり眠らすに十分。


信濃守千代丸、意識を飛ばし膝から崩れ落ちる。

そこから先は、覚えていない。



◇◇◇



アーカシ姫さまと魔導士にさんざん怒られたオリビアを後部座席に乗せ、アーカシ姫さまはモフモフで街の外周を走る。ボアアップと精密に調整されたエンジンは小気味よく振動し、FCRキャブレターが吸い込む大気と魔力が回転数を軽快に上げる。


アーカシ姫さまは無言だった。怒っているわけではない、穏やかに興奮しているのだ。前世で愛してやまなかったバイクを、生まれ変わったこの世界で乗れる。もしかしたらもう一度生まれ変わってもバイクに乗れるかもしれない。車も好きだったがバイクに勝るものは無し。快適さを犠牲に心が躍る歓喜をもたらしてくれる。


湖のほとりで休憩する。二人はバイクを降り、水面に浮かぶ花を見た。風が湖に静かな波を起こしているが、うすい桃色の花と、それを優しく囲む大きな葉はゆれるばかりで流れない。あれはきっと蓮だろう。


オリビアは、お城で作った小さな池や、廊下に飾った大きな絵画でしか、このような景色を見たことがなかった。滅多に見れない珍しい風景を切り取った姿だと思っていた。ところがどうだろう、モフモフで少し街を出るだけで、あたりまえに存在していた。


ふたりは無言だった。

ほんとうに美しいものを前にして、誰が何を言えようか。

ただただ、圧倒されるだけだった。


オリビアはアーカシ・ウォンターナに口づけた。

アーカシはオリビア・フェルナンデスを受け入れた。


ふたりはいつまでも無言だった。







【 FEMM - POW 】

──注釈

日本のダンスユニット「FEMM」

2枚目EP「PoW! / L.C.S.」の一曲目「Pow!」より

PVが極めて印象的

「Kill The DJ」という曲が個人的に最高傑作

2023年、解散


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