第十三話 初めてのキスは頭を離れない
ウォンターナ・アーカシ姫はオリビアに唇を奪われた。
アーカシ姫さまは頭の中を、昨日の過ちがぐるぐると回っていた。何を見ても、何を聞いても、昨日のことが頭を離れない。忘れたい、無かったことにしよう。女同士のキスなんて、戯れの挨拶みたいなもんや。はは、こんなことで動揺するなんてウチらしくないわ、気にせんとこ、忘れよっと。誰かが病室のドアをノックした。
「はいい! どうぞおお! 誰かいな! 誰でもええけど!」
凄まじいテンションでノックに応えるアーカシ姫さま、部屋に入ってきたのは魔導士だった。薬と水をトレーに乗せていた。
「すごく……元気ですね……お薬の……時間です……」
「あーはいどもー」
「急に……元気が……無くなり……ましたね……」
魔導士が部屋を去り、手渡された薬は3錠。
奇数か、奇数、きすう、きっす……
勢いよく薬を口に放り込むアーカシ姫さま
水を煽るも気管に入り激しくむせる。
「げほ! げほ! げほ! げほ! 」
薬が気管に入ることを甘く見てはいけない。
誤嚥性肺炎の危険性がある、注意しなくては。
そう、注意、ちゅうい、ちゅう……
被りを振るアーカシ姫さま。あかん、このままでは気が狂ってしまう。真面目な事を考えよう、ウチが魔導士の街にきて1週間、白い魔人に聖騎士サイファ、そして魔剣フラグか、おまけにこの重傷や。電光石火の毎日やな。昨日なんかファーストキッ……
被りを振るアーカシ姫さま。あかん、このままでは気が狂ってしまう。真面目な事を考えよう、ウチが魔導士の街にきて1週間、1週間って何日や7日やで? それでこれだけ濃厚な出来事続くか?たった7日やで、英語やとセブンやで?セブン、せぶん、せっぶん、せっぷん……
「ギヤアアアアアアアアアアアアアアア!」
黒い神殿の医療研究棟にアーカシ姫さまの絶叫が響く。患者の叫び声などよくあることなので、そこで働く魔導士たちは気にしなかった。誰かが病室のドアをノックした。オリビアだった。
「姫さま、お元気にされてましたか?」
「昨日会ったばっかりやろ」
「今日はくだものを持ってきましたよ」
「あっそ、別にええのに」
内心ウッキウキのアーカシ姫さま、顔を病室の窓に向けたままオリビアを見ない。昨日の件で恥ずかしい、どんな顔していいのかわからない、嬉しくてたまらない表情を見せたくない、など諸事情によるものだ。オリビアはなぜかそこに言及せず淡々とくだものの皮をむく、そして小さく切り分けカクテルピック(爪楊枝)に刺した。
「はい、アーカシ姫さま、あーん」
恐るべしオリビア。これが狙いだったのだ。アーカシ姫さまは動揺する。もちろん本音はパクっと行きたいところだが、さすがにプライドがある。百戦錬磨の猛者で王家の姫であるアーカシ・ウォンターナが、年下の侯爵令嬢にあーんしてもらうなどもっての外である。
「あ、あほか! ええ年してそんなこと出来るか!」
顔を真っ赤にして怒るアーカシ姫さま。
オリビアは俯きしょんぼりとした表情を見せる。
「調子に乗りました、ごめんなさい」
急に素直になり謝るオリビア・フェルナンデス。
アーカシ姫さまはよたよたとベッドから降り、オリビアを抱きしめた。
「ごめん、言い過ぎた、堪忍して」
オリビアを抱きしめるアーカシ姫さまには、彼女の顔が見えないのだろう。邪悪に笑うオリビアの顔が。
フェルナンデス家でも読書家として知られるオリビアが、古今東西から取り寄せた本の数は万を超える。魔導士が開発した製紙・印刷技術は無償で一般公開された。人々は安価で本を手に入れ、知識の共有化をはたした。それは創作の面でも大きな影響を及ぼし、絵本、教書、哲学、小説と数多く出版されることとなる。オリビアは特に恋愛小説を好み、恋に関する狡猾な手口を多数頭に叩き込んでいるのだ。
あえて恥をかかせて怒られた所をしおらしくする、古典的な手法だが、騙されやすいアーカシ姫さまは引っかかってしまった。オリビアを抱きしめるアーカシ姫さまに、彼女はそっと頬を寄せた。
◇◇◇
数日後、聖騎士サイファの姿は廃墟の旧都、ミソノ・ユニバにあった。ここはかつてこの地に帝政が敷かれていたときの首都で、いまは背徳と堕落の穢れた街として知られている。墓場とは真逆と言えるこの街も、サイファにとって馴染みやすい第二の故郷だった。
オリビア・フェルナンデスは知らないだろう、サイファの父が処刑されたあと、彼がここで過ごしていた日々を。白い教会に拾われ聖騎士となるまで、ここで人には言えない仕事で糧を得ていたのだ。
彼は馬を置き、兜を脱ぎ、かつて仕事を斡旋してくれた宿へ向かう。そこは世捨て人と酔っ払い、ひったくりと捨てられた老人子供に満ちた無法地帯だった。
「兄さん、いい女がいるよ、男でも都合するよ」
汚らしくも豪華な装飾品をつけた老人が声をかける。実は老人と言える年齢ではないのだが、悪い遊びのやり過ぎで、皮膚はただれ頬はこけ、髪は白髪が多く混じっていた。サイファは老人に声をかける。
「久しいな、何年振りか、今日は何人騙して売り飛ばした」
「はて、どこかで会ったかの」
「金が入れば頭の薬で使い果たすから、忘れてしまうのだ」
「ほほほ、よくご存じじゃな」
「まあな、貴様に売り飛ばされた俺は忘れられんからな」
サイファは老人の、いや、人を騙し辱しめたうえに奴隷商に売り飛ばす、サイファと同い年の中毒患者を魔剣フラグで貫いた。男は致命傷を負いようやくサイファに気付いたようだ。
「おまえは……あの時の……」
「あの時は世話になった、お前も貫いてやる、おあいこだ」
サイファは敬意を払うに値する者には丁重に騎士として話す。しかし害虫に礼節が必要だとは思っていない。誤解してもらっては困るのだが、犬猫と同じとは思っていない。それは失礼だろう、犬と猫に。むしろ動物には礼節も持って接する。サイファは男から装飾品をはぎ取ると、遠巻きに見ていた老人と子供に分け与えた。
「さて、あと何人か馴染みに礼を返しておこう」
聖騎士サイファは旧都、ミソノ・ユニバに溶けていった。
「誤嚥性肺炎」(ごえんせいはいえん)
──注釈
若い内はいいが、高齢者は注意しなければならない
実は死因のトップテンに常にランクインする怖い病気
よく噛んで食べる習慣を身につけよう




