第十話 オリビアの魔術
この世界の魔法には2つの解釈がある
一般的なのは 【 魔導士 】 が発動する未解明の原理を利用した超常的な現象。ケガや病気の治療や農業・工業の補助的役割、電力の開発も進められている。特に農業への貢献が凄まじく、魔術による化学肥料の生成(ハーバー・ボッシュ法の異世界解釈)が実現されており、食糧問題ひいては人口増加に希望の持てる未来が開けている。まあ、一種の科学であるといっていい。
古代言語の詠唱により発動する魔法は、魔導士によって管理・研究されている。彼らは人道的な立場で魔法を使い、人々の安定した生活のために尽くしている。国籍を問わず活動するため政治的トラブルに巻き込まれることもあるが、魔導士は国家運営に干渉せず。民衆からも絶大な支持を得ているため、為政者も必要以上に口を挟まない。まあ、軍事力を持たぬとはいえ圧倒的な魔力(科学力)が怖いというのが本音だといっていい。
実は誰でも魔法を使うことは可能だし禁じられてもいないが、その原理を理解することが難しく、専門の教育機関で何年も勉強してようやく初級の魔法原理が理解できる程度である。使用するにしても大掛かりな準備と熟練した魔導士の、組織的な取り組みが必要となる。まあ、魔導士以外の魔法使用は事実上不可能だといっていい。
魔導士を目指し魔術を学ぶ者は、なぜか一様に黒いフードを被り、年齢や性別が外見で区別できなくなる。とはいえ脱げば普通の人なのだが。そして話すときも独特のたどたどしい口調になる。とはいえ脱げば普通に話せるのだが。この現象は魔法以上に不可解な現象とされ、魔導士にその理由を聞いても頑なに教えてくれない。魔導士的にカッコいいと思ってるだけという説もある。まあ、どうでもいい。
そしてオリビアが使う 【 魔法使い 】 の魔法。これはオカルトの顕現、深淵の哲学、人道を踏み外した卑劣な邪法。詳細は不明だが原理は単純で、魔力があれば尚良いが無くても「気付けた」者なら誰でも使える。そう、我々から見た異世界の「あなた」にも。
◇◇◇
聖騎士サイファが起こした爆発は半径1.3mのクレーターを作り、アーカシ姫さまは吹き飛ばされた。オリビアは後方に待機していたため無事、その振動と衝撃が大地を揺らし、墓地に埋められた死者の安眠を阻害するのだった。
爆発のコントロールに成功した聖騎士サイファ、これを会得するため幾人の盗賊が犠牲になったのか計り知れないが、意図せず周辺地域の治安に貢献したようだ。
アーカシ姫さまは……無事だ。腕を交差させ、爆発に耐えた。オリビアが仕込んだ装甲が役に立ったようだ。無事に宿屋へ帰れたら、新たに補修し改善しよう。そのためにも聖騎士サイファを退けなければならない。
「 " 条件 " が足りんかったみたいやな! ちっさい花火やで!」
「然らば剣技にて仕り候」
「こい! モフモフ! ワイルドアンセムや!」
【тусламж хэрэгтэй хүмүүст туслах】
モフモフの自動詠唱機が作動、操者の攻撃補助依頼を受け単独による自動運転を開始。魔導エンジン作動。TMRキャブレターより周囲の粉塵魔力を吸引、内燃機関は熱く燃え、聖騎士サイファに体当たり。
「……吽ッ!」
聖騎士サイファ耐えきれず転倒、追い打ちをかけ踏みつぶそうとするモフモフを転がり避け、跳ね起きて魔剣フラグを構える。再度爆発させるにも条件が足りない。ましてあの女は妙に固い、まるで何かの加護を受けているかのようだ。
「どないした! 花火が湿気たんか!」
「此れはしたり、姫君が斯様な手妻をお持ちとは」
「まだ独身や! 嫁も旦那もおらん!」
「ふふ、人妻と申しておらん、手妻でござる」
手妻とは手品のこと。なぜか楽しそうな聖騎士サイファと違い、アーカシ姫さまは内心焦っていた。オリビアに禁じた条件の発動を、自分が満たしてしまったのである。よけいなこと言ってしもた……後悔する姫さまだがもう遅い。魔剣フラグの自動詠唱機が作動。
【Meine Mutter hat manch gülden Gewand】
火球のような塊が上空に顕現、それは焔をまとい回転する。人間をまるごと吞み込める大きさのそれは、聖騎士サイファが魔剣フラグを天にかざすことでアーカシ姫さまの頭上に落ちる。
「魔技【Embryo Burning】也、これにて終幕と致す」
燃えるアーカシ・ウォンターナ姫
墓場に相応しい地獄の火の魂。
「ガッ! グギィ! ギャアアアアアアアアアアア!」
絶叫し悶える姫さま
聖騎士サイファが腹を抱えて笑う。
「あーはっはっはっはっは! これは愉快! これは愉快!」
モフモフがアーカシ姫さまに急接近し後輪を回す。
自動詠唱機作動、炎を消す。
【Уншсан хүмүүст амжилт хүсье】
【LOVE IN VAIN】(魔導解除)
アーカシ姫さまは倒れ落ちた。
魔素を含んだ焔はその身だけでなく魂も焦がす。
もはや立ち上がれないだろう。
「ここは墓場、姫君も手間が省けて実に重畳! ハハハ!」
雨が降り出した。
突然の雨。
兆しはあった。
夏の驟雨。
オリビアの " 条件 " が整った。
◇◇◇
驟雨とは夏のにわか雨。
それは墓場の泥濘を生む。
先ほどまでの戦闘で掘り返された地面は
激しい雨にじゅるじゅると……
「サイファ……フェルナンデス……」
俯き呟くオリビアの姿は
侯爵令嬢というよりは亡霊に見える
べちゃべちゃに濡れた長い黒髪は
普段の清楚な少女とは程遠い
「オリビア・フェルナンデスか、お久しゅう御座る」
聖騎士サイファは宿屋で気付かなかった従妹にようやく声をかけることが出来た。以前見かけた時はまだ幼い少女だったが、今も面影は残っているのか。その顔を拝見して確かめたいところだが、この雨模様ではそうもいかぬ。
「オリビア、濡れては体に障る、宿に帰るがいい」
彼はオリビアに優しい声をかける。我が身は呪われ外道となれど、騎士であることは捨てていない。まして罪のない従妹ともなれば、当然紳士に振る舞うべきだと彼は考えたからだ。
「サイファ……フェルナンデス……」
オリビアは再度名を呼ぶ。
まるで何かを待つように。
まるで何かを誘うように。
まるで何かを……
雨は一層激しくなり、墓地は霧に包まれた。
「 ごーん…… ごーん…… ごーん…… 」
何かを繰り返し呟くオリビアは顔を上げた。
ようやく見れた従妹の顔にサイファは驚愕する。
その瞳孔は山羊のように横長
三白眼が豪雨の闇に光る。
びちゃ。
びちゃ。
びちゃ。
びちゃ。
びちゃ。
びちゃ。
びちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃちゃびちゃびちゃびちゃびちゃ
墓場のぬかるんだ地面から無数の腕が伸び
聖騎士サイファの足を掴む。
「なッ! なんだこれはッ!」
この世界に亡霊などいない
地面から突き出した腕は何メートルも伸び
聖騎士サイファの腕を掴む。
「馬鹿なッ! 怪異かッ!」
この世界に怪異などいない
むしろ聖騎士サイファの存在が怪異である
腕がサイファの全身を絡める。
「魔剣フラグッ、発動せよ! 魔剣フラグッ!」
魔剣フラグは沈黙する
腕がサイファを地面に沈める
死者を墓場に、還すのだ……
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雨は止んだ。
聖騎士サイファが気付いた時は、既にオリビアの姿はなく、アーカシ姫も恐らく魔道具の一種である鋼鉄のケモノの姿も無かった。サイファは夜の墓場でひとり立ち尽くしていた。地面から生える腕などなく、ただ濡れた墓石だけが寂しく並んでいた。
「……潮時、か」
【Embryo Burning】
──注釈
DEAD END (デッドエンド) 三枚目のアルバム
「shámbara」の一曲目
日本のロックシーンに与えた影響は計り知れない
比類なき個性と演奏力、そして禍々しさは絶品
足立祐二の神憑ったギター
そして湊雅史のドラムは世界最高峰
少なくとも筆者はそう確信している




