王の半日
王の朝は早い。
朝一の鐘の音がなる前に起きる。
いや、起こされる。
「陛下、陛下、朝ですよ」
身体を揺さぶられて、王は夢から覚める。
もちろん王は朝にも強い。
1呼吸置いてから、ぐっと身体に力を込めて布団から出る。
まず向かうのはトイレ。
溜まった尿を排出するために、その脚を動かす。
その瞬間、ヤツの出番だ。
ウルス王を起こした人物。
最初にウルス王から名を授かった者。
『廻衆』ミヤノ。
彼はそこから畳み掛ける。
まず、王の顔を拭く、用意していた蒸しタオルで素早く丁寧に、決して目ヤニを1粒たりとも残してはならない。
次にやるのは寝ぐせ直しだ。王からアホ毛を取り除く。
そして最後、王から寝間着を剥ぎ取り、礼装を着せる。だがこれが1番難しい。
王の歩みに合わせて、ズボンの裾を足に通さなくてはならない。
もしタイミングがズレたりしたら、王は転んでしまうだろう。あってはならないことだ。
だが幸い、ミヤノはこれに失敗したことがない。
彼の観察眼は完璧に王の歩みを捉えている。
間合いを見誤ったりしないのだ。
この世に、動体視力王者決定戦があるとすれば、間違いなくミヤノは2位争いをするだろう。
争う相手はスサノオか、アマテラスか。無論1位はウスイだ。
「整いました」
そう言って、ミヤノはササッと腰を低くし、王より前に出て、出入口の扉を開けた。
直後、王は部屋を出ていった。
挨拶もなければ、礼もない。
ミヤノは、王の足音が聞こえなくなるのを待ってから、自分も部屋から出て、ゆっくりと扉を閉めた。
「……陛下、今日もカッコイイなぁ〜、くぅぅうう!」
握りこぶしを作りながら、ミヤノは呟いた。
「ああでも、私としたことが、今日は遅かったな〜、もっと精進しなきゃ」
ミヤノがなんの事を言っているのかと言うと、
王が布団から起きて、部屋を出るまでに大体15歩かかる。
ミヤノはそれまでに王の支度を済ませないといけないのだが、今日は13歩目で整えた。
自己ベストの9歩に遠く及ばない。
だから反省している。
---
場面は変わってここ、座敷。
ミヤノが既に扉を開けて控えている。
入って奥には座布団が1つと、脇息が1つ。
トイレ済ませたウスイはこの部屋に入る。
ここで朝食を摂るのだ。
ウスイが座った途端に、料理が運ばれてくる。
二汁五菜、御膳所で作られた日替わりの献立。
栄養価が高く、歴代のウルス王たちが舌を巻いたと言われている。
ミヤノはウスイの左斜め前に正座した。
そして、これから王が食べる品を先に食す。
毒味のためだ。
ウスイは毒味など必要ないと思っているが、ほぼ全ての臣下が反対したため、仕方なく待っている。
やがて毒味が終わり、ようやくウスイが口をつける。
楽しい時間の始まり、という訳でもない。
ミヤノが今日の予定をウスイに伝え始めるのだ。
それを一言一句、ウスイは聞くものだがら、料理の味など覚えてない。
だが意外にも、今日の予定は1つしか無かった。
「今日は昼前に、カラカティッツァ攻略会議があります。場所は二の丸御殿、三階広間」
「……そうか」
久しくなかった暇。
午後は何をしようか。
城で飼ってる茶トラ猫を撫でながら、茶菓子を食べようか。
それとも、以前スサノオがとんでもない秘湯を知っていると言っていた、一緒にそこに行こうか。
はたまた、故郷に戻って墓参りも、いいかもしれない。
ウスイはそんなことを考えながら、汁物を啜っていた。
そんな中ふと気がつく。
ミヤノが浮かない顔をしている。
ウスイはすぐに聞いた。
「ミヤノ、浮かない顔をしてどうした」
この男がそんな顔をするのは珍しい。
何かに特別秀でているわけではないが、大抵の事はそつなくこなす。
ウスイが知る限り、完全無欠に最もふさわしいのがミヤノである。
そんな男が浮かない顔をしている。
何か問題事でも起きたのだろうか。
「ああ陛下! 気にしないでください、ただの私事です」
「申せ」
「はい……実は今日私の家族が城に来るのです」
「ほう」
「ですが、十中八九、入城許可証を持って無いようで」
ミヤノは懐から朱印状を取り出した。
それは、ミヤノの家族に持っているはずのモノ。
それがここにあるということは、きっと以前城に来た時にでも落としてしまったのだろう。
「私が城門で迎えれば済む話なのですが、生憎、会議の準備あるため、そうはいかず」
「なら、余が迎えよう」
「そんな! 陛下のお手を煩わせるなど」
「良い、朝の内に来るのだろう? 会議が始まるまで余は暇だ、それに貴様の家族とも面識がある」
「……分かりました、陛下がそう言うのであれば、よろしくお願いします」
「ああ」
---
朝食を終えたウスイは城を出た。
3つの城を囲う塀には、3つの門が備わっている。
それぞれ王族用、貴族用、平民用と別れている。
ウスイが向かうのは平民用。
その道中、声をかけられた。
「あ! 陛下だ!」
その声がしたのは、平民用の門から入ってすぐそこにある道場、その入口。
そこからある青年は手を振っていた。
すると、彼の背後からぬっと出てきた老兵士が彼を殴りつけた。
「こら! 口に気をつけろ!」
「いだぁあああ!」
青年の左手には木刀、兵士としての訓練の最中だったのだろう。
青年は道場内に引きずられていく。
だが彼は叫んだ。
「陛下! あんたすげぇ強ぇんだろ!? 一瞬でいいから手合わせしてくれよ!」
「バ、バカ者ー!」
老兵士から再び青年に拳が飛んだ。
道場内の他の兵士らも慌てて飛んで出てきた。
この新参者のガキは戦場での王を見たことがないから、ふざけたことが言えるんだ。
やめとけ、やめとけ、
テメーなんざ瞬殺だよ、と言いたげな同門の前に、ウスイはいつの間にか立っていた。
そして一言。
「構わん」
『え?』、『は?』など間抜けな声が飛び交った。
その隙にウスイはマヌケ面をした者から木刀を1本奪った。
そして、引きずられていた青年の方を向く。
「構えろ」
ウスイのその言葉に、青年は大いに喜んだ。
すぐに老兵士の腕を振り払い、木刀を手に前に出る。
「俺こそが16人目の『廻衆』になる男、ユウタ!
いざ参る!」
青年は木刀を中段に構えた、定石的な構え。
対してウスイは、右手を肩あたりまで持っていき、剣を背中から引き抜くかのような構え。
今から袈裟斬りを放ちますよ、と言っているようなものだ。
それには青年もやや頭に血が上った。
ナメられている。
手の内を見せても、自分には余裕で勝てる、そう言われた気がした。
だから、青年は先に仕掛けた。
飛び込んで、がら空きになってるウスイの胴体に剣を叩き込もうとする。
しかし、青年が飛び込んだ瞬間。
ウスイもまた踏み出していた。
この場でそれに反応できたのはたったの数人。
無論、青年は反応できなかった。
彼からしてみれば、まだ間合いで無かった所が、急に間合いの中になったのだ。
剣を振るのが遅れてまっても仕方あるまい。
だが、その代償は大きい。
バゴンッ!
ウスイが斜めに走らせた剣を、青年は首から受けてしまった。
真剣なら首を刎ねられていたであろう。
木刀だった今回はーー。
「おい! 早く手当しろ! 首が変な方向に折れているぞ!」
ーー首を折るだけに留まった。
死んではいない。
首を捻れば元通りになる。
しかし、果たして青年は元通り剣を握られるだろうか。
今回のことがトラウマになって剣を持てなくなる。そんなヤツは今までたくさんいた。
それを知っていたからこそ、同門たちは青年を止めたのだろう。
ウスイは木刀をだらり持ち、待っていた。
首を折った青年が、自分で首を捻り戻し、再び剣を向けて来るのを。
しかし、なかなかそうならないことを見て、もう勝負は着いたのだと気が付かされる。
ならば、もうここに用はない。
言われた通り、一瞬相手したのだ。
青年も文句はなかろう。
そう思い、ウスイはこの場を去った。
---
さてと、ちょっとしたハプニングがあったが、ウスイは無事に平民用の門まで来れたようだ。
「あれ? 陛下じゃないッスか、どうしたんス?」
「おい! 陛下に何て口の利き方をしてるんだ! そっすよね陛下!」
ウスイを待ち受けていたのは2人の門番。
名はそれぞれ「ダレデモ」と「トゥース」。
「なに、客人を待つだけだ」
「え? 陛下自らっすか?」
「ああ、どうやら朱印状を持ってないみたいだからな」
「なるほどッス
じゃあどうぞこれに座ってくださいッス」
「ああ」
ウスイは勧められるまま椅子に座り、
そこでミヤノの家族を待つことにした。
ミヤノの家族は、幼い弟が2人と妹が3人。
顔は覚えている。
ミヤノに似ていて、中性的な顔立ち。
見逃すはずもない。
しばらくすると、 訪ね人が来た。
1人の男だ。
荷車を引いている。
顔には無数の切り傷。
指名手配で見たことあるような、そう思ったのはウスイ。
もしウスイが門番ならこの男を通すことはないだろう。
しかし、ウスイは口出しなんてしない。
なぜならここには本職の門番がいるのだから、彼らに任せておけばいいのだ。
そう思い、ウスイは彼らを眺める。
「止まってくださいッス」
「どこから来たんスか?」
「朱印状を見せてくださいッス」
「中身なんスか」
慣れた仕草で、トゥースの尋問が始まった。
「ブラウン領からだ、見ての通り納品に来た」
「朱印状はこれだ」
「中身は酒と煙草」
この間、ダレデモが検品する。
箱の中を開けて中身を調べる。
どこか怪しいモノはないか。
1個1個メモしている。
一通り終わると、彼は頷いてトゥースに合図を送った。
「ふんふん、問題無さそうッスね! 通ってよし!」
ウスイは安心した。
ふざけてそうな門番2人だが、キッチリと門番していた。
ただ、1つ気がかりだったのは、男が見せた朱印状がちょっとウスイの知ってるそれとは違ってたことだ。
朱印状に印されてるウルス王家の家紋はみかん色のはずだが、男が見せたそれは赤だった。
もしかしたら、ウスイが知らないだけで、新しく発行された朱印状なのかもしれない。
ウスイはそう思った。
そこからしばし経つと、次の者が来た。
1人の女だ。
やたらと露出が多く。
これまた指名手配の似顔絵で見たような顔だと、ウスイは思った。
「ちーっす、踊り子でぇーす、はいこれ朱印状」
朱印状を受け取るトゥースだが、その目は踊り子の胸元に釘付けだった。
「うひょー! すげぇボインのちゃん姉ーだぜ、通ってよぉーし」
おい、待て。
ウスイはそう言いかけた。
なぜなら、その女の脇、そこには短いが刃物が隠されているのを見破ったからだ。
凶器を持ったまま入れていいのか? そう思うウスイであったが、2人の門番の判断を信じることにした。
そこからさらにしばらく経つと、3人目がきた。
男の老人だ。
至って普通、凶器も持ってないようだ。
ウスイはこの老人も通れるだろうと思った。
しかし、ウスイは次のトゥースの言葉で驚いた。
「てめぇーはダメだ! さっさここから消えろ! この謀反者が!」
「ま、待ってくれ儂は何もーー」
「俺には分かんスよ、あんた指名手配されてるッスね」
「そんなことはない!」
「ああ、言い訳はいいッス」
「なんだと! あ、なら、朱印状だってほれ」
「どうせ偽物ッしょ」
「そんな!」
「これ以上ウダウダ言うんなら、ダレデモ!」
「うっす!」
トゥースの横にいたダレデモが、背中の剣を少し抜いた。
それを見て、さすがにこれ以上は命が危ない、そう感じたのだろう。
老人は諦めた。
『何かの間違いだ』と呟きながら踵を返してしまった。
ウスイは困惑していた。
あの老人のどこがダメだったのか、全く分からなかったのだ。
そんな王にトゥースは振り向く。
「陛下! 見たッスか? あんな危ないヤツ久しぶりに見ました」
「……そうか」
未だに解せないが、ウスイは思う。
この2人は長年門番をやってきた、きっと自分には分からない『何か』を見分けられるのだろう。
ならば王として、彼らを信じよう。
---
それから程なくして、ミヤノの家族がやってきた。
5人のうち3人が泣いていた。
道中で朱印状がないことに気がついたからだ。
だが、長女が皆を引っ張り、ここまでやってきた。
そんな彼女らが見えた時、ウスイは立ち上がった。
「よく来た」
「! 陛下にお出迎えいただけるとは、まことに光栄に存じます」
なんと、長女は上品に一礼をウスイにした。
長女と言えど、まだ幼い身だ。
さすがはあのミヤノの妹、恐ろしい。
そう思いながらウスイは彼女らを連れて城に向かった。
そして城の出入口付近までやって来た所で、城からある男が飛び出してきた。
ミヤノだ。
「お兄ちゃん!」
「お前たち! 良かった、ちゃんと来れたのか」
「当たり前でしょ!」
兄弟姉妹らがミヤノに抱きついた。
だが、ミヤノはハッしながら彼女らを剥がす。
真剣な顔つきだ。
「陛下! 大変です!」
「どうした」
「現在、花の御所内に放火した者が逃走中です。顔に無数の切り傷がある男だそうです」
「そうか」
たまにはそんなこともある。
イナリだって敵の策略を読み間違えることがある。
だからウスイは言う。
「余が対処する、槍を持ってこい」
「はっ! こちらに」
まるで読んでいたのか、ミヤノはウスイに槍を渡した。
もはや放火した賊は死んだも同然。
だと言うのに、ミヤノはまだ困った顔をしていた。
言いにくいことがあるようだ。
「陛下、実はもう1つあります。
放火犯の他にも、踊り子を装った女も侵入を許していまして、そちらは貴族を2人刺したとか」
「……そうか」
だからそんな困った顔していたのかと、ウスイは納得した。
貴族が刺されたとなると、大事だ。
これを理由に、ウスイを攻撃してくる貴族が出るだろう。
あわよくば王の座から引きずり下ろそうと。
ウスイは少し考えてからミヤノを見下ろした。
「ミヤノ」
「はっ!」
「貴様に命ずる、門番の『ダレデモ』と『トゥース』をクビにしろ」
「はっ! 承知しました。あの2人を『首』にします!」
この日を境に、花の御所内でダレデモとトゥースを見たものは、1人もいない。
いったい2人はどこに消えてしまったのだろうか。
王とて知らないだろう。




