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勇者 番外編  作者: 海目 愚丸
ウスイ
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「雪山山荘殺人事件」前編

ギィィィーー


 勢いよく両開きの扉が引かれた。


「うー寒い寒い」


 3人の男と、2人の女。

 合計5人が外から屋敷に帰ってきた。


「まさか、あんな大吹雪が来るとはな」

「全くだ」

 

 彼らはひとまず落ち着いて、玄関で衣服に付いた雪を払い、扉を閉めようとする。

 そんな時だった。


 ぬるりと閉まる扉に手が差し込まれた。


「失礼」


 そう言いながら勝手に入ってくる男が1人。

 その姿を見て、場に緊張が走った。

 何せ勝手に入ってきた男は槍を1本背負っているから、よもや物取りの類かと思われた。

 しかし、どうやら違うようだ。


 それに気がつけたのは、槍を背負った男の後ろに、もう1人の姿が見えたからだ。

 雅な服に身を包んだ男。

 ひと目で王侯貴族だと分かる。

 ならば、槍を携えている男は用心棒であろう。

 ひとまず襲われる心配は無さそうだ。

 

「何用ですか?」


 大方貴族風の男が雪景色を見たいと言い、ここまで来たものの、急な吹雪で帰るに帰られなくなったのだろうと想像しつつ。

 5人のうちの1人、この別荘の持ち主であるシンキチがそう言った。

 また、貴族風の男が答えるだろうと思い、目線をそちらに向ける。

 だが、答えたのは手前にいる用心棒であった。


「実は吹雪で仲間達とはぐれてしまってな、止むまでここにいさせてくれないか?」

「ええ、もちろんですとも」


 拒む理由もないため、シンキチは手を広げて、笑顔で迎え入れた。

 なんなら貴族様から褒美が貰えるかもしれないと、期待で胸が膨らむ。

 ただ、少々気になっているのは、主人より先に靴を脱いで上がる用心棒の姿、そして先程から何も喋らず、なぜか、自分達に冷淡な視線を向ける貴族と思わしき男。


---


 新たに2人が加わり、7人となった彼らは、玄関から客間へと移った。

 暖炉の前に置かれた長方形の机、それを囲うようにそれぞれが座る。


「まずは自己紹介をしようじゃないか、僕はシンキチ、一応この屋敷の主人さ。

 で、僕の右にいるのがーー」

「ギャレットだ。よろしくな」

 

 シンキチに手を向けられ、

 二枚目な色男が、キランと笑顔を見せた。

 

「次に僕の左にいるのがーー」

「……」

「エナちゃんだ」


 シンキチに紹介されたと同時に、会釈だけをした大人しそうな女性。

 表情がかなり固い。


「気にしないで、この子、人見知りなものだから無愛想になってしまうのよ。

 あ、ヒロ、台所の水時計ひっくり返しといてね」


 そう言いながら机に料理を並べる長髪の女性。

 彼女は『ミナミ』と名乗った。

 そして、ミナミに続いて料理の皿を運んできた出っ歯の男性。

 彼は『ヒロ』と名乗った。


「じゃあ今度はあなた達の番だ」


 そう言われて、腕を組みながら話を聞いていた、用心棒と思わしき男が口を開く。


「余ーー俺はウスイ」


 なんだ最初の『よー』は、急に馴れ馴れしいなと思うシンキチ達であったが、顔は全く笑ってないので、指摘していいのか分からずにいた。


「吾輩はイナリと申します」

 

 5人が戸惑ってるうちに、貴族であろう男が挨拶をした。

 いつの間にか、先程の冷たい視線は消え失せ、にこやかな笑顔でいる。まるで別人のようだ。

 笑顔になったことは喜ばしいが、感情の起伏の差が激しい様子は、シンキチら5人の警戒心を高めたかもしれない。


「して、ソナタ達はどこぞの公家に仕える棋士ではなかろうか」

 

 卓上の色とりどりの料理を左から右へと目を通しながら、イナリが問うた。

 

「え! どうしてそれを」


 びっくりするシンキチ、その両肩にすぐさまヒロが手を置かれた。


「そうなんですよ! コイツは昔からスゴくてね、名門貴族様に仕えてる棋士なんです」

「ほう、それは素晴らしい」

「まぁ、名家に仕えてる凄いのはシンキチ……それとミナミさんだけで、あとの私たちは子供に毛が生えたぐらいですけどね」

「そんな事はない!」


 シンキチは振り返って、ヒロの手首を掴みながら強く否定する。


「僕は運良く名家に仕えることになっただけで、実力は君らと変わりない」

「……そういうことにしといてやるよ、ありがとな」


 ヒロは人差し指で自分の鼻の下を擦りながら、席へと戻って行った。


「それはそうと、お二人さん全然箸が進んでないじゃないか」


 ミナミの言葉に他の者も顔を覗き込ませた。

 一体誰の箸が止まっているのか、それはすぐに分かった。

 なにせ、その2人は箸を取ってすらいない。

 

「イナリさん、ウスイさん、具合でも悪いのかい?」

「はて、そうかも知れません。横たわれば良くなりましょう、どこか部屋を貸していただいても?」


 心配そうにするシンキチに対し、

 イナリは身をかがめて横を向く、

 そして左の袖口を口の前まで持っていき、わざとらしくゴホゴホと咳き込んだ。


「もちろんです、案内しましょう」


 そうして、イナリとウスイは2階へと上がった。


「ここです」


 2階に上がって、廊下の突き当たりにある部屋。

 あまり使われてないのか、少々汚く、隙間風も酷い。

 とても客室には思えないところだが。

 

「かたじけない」


 ウスイは礼を欠く真似はしなかった。

 日頃から帝王学を厳しく叩き込まれ、王としての立ち振る舞いに気を使っているためである。

 そして、ウスイに帝王学を指導しているのは、横にいるイナリだ。

 しかし、当の本人はこんな部屋は嫌らしく、今にも懐に手を伸ばし、そろばんを投げ付けてやろうかと思っていた。


 もしかしたら、ウスイはその事に早々に気が付き、先に礼を言ったのかもしれない。

 さすれば、イナリとて王が礼を言った直後に、無礼を働こうとは思わないはずだからだ。


「あとイナリさん、もし途中起きたい場合はそこの砂時計を使ってください。ひっくり返して砂が全部落ちるまで2時間しかないですが、砂が無くなった時に音が鳴る代物です」

「左様か……さっそく試すとしましょう」

「では、これで」


 シンキチはゆっくりと扉を閉めて出て行った。


---


 部屋の中、

 ウスイは瞼を閉じて、耳を澄ましていた。

 そんな彼に、イナリが数秒待ってから声をかける。


「行きましたか?」

「……ああ、今しがた階段を降りていった」


 これで会話を聞かれる心配は無い、その事に2人は安堵しつつ、ウスイは切り出した。


「イナリ、よくあの者らが棋士だと分かったな、将棋盤なんて無かったと思うが」

「簡単な事ですよ陛下。

 まず彼らの所作から平民の出である事は明白、

 にもかかわらず、この大きな別荘を所持していて、食卓に並ぶは一汁三菜の食事。

 このことから、彼らはどこかの公家に仕えていることが分かります」


 淡々と語るイナリの言葉に耳を傾けつつ、ウスイはしかめっ面をしていた。

 というのも、最初の説明にある『所作から平民の出であると分かる』と言われても、ウスイにはこれっぽっちも分からない。

 彼は貴族か平民かを見分ける際は服装を見る。その者の服が豪華であれば貴族、でなければ平民。

 ウスイにとって『所作』から分かることと言えば、相手を屠るのが容易か、難儀かだけだ。

 大体は容易。


 まぁそれはさておき、ウスイは続けて傾聴する。


「そして仕えるとなると、多くは指南役でしょう。

 しかし、指南役と言っても多岐にわたる、演奏家や画家、武芸など。そんな中、手がかりがありまする。

 それはあれです」


 そう言ってイナリは壁を指さした。

 そこには丸く、チクタクと音を鳴らすモノが掛けてあった。

 

「……時計か、なるほど」


 ここまで丁寧にヒントを出してもらえば、ウスイもようやく察しがつく。

 思えば、この屋敷は妙に時計が多かった。

 そもそも時計というのは、貴族の中でも持っている者は少なく、時計の見方を知る者はもっと少ない。

 ウスイとて、イナリに教えてもらうまで時計の存在を知らなかった。


 そんなモノを多く使うのは、棋士しかいないという訳だ。

 針時計や砂時計、水を使ってるモノ、

 あれらは対局時計として使われているのだろう。

 棋戦の中には制限時間が設けられているのもある。


「陛下も納得したようなので、ここから我々の話をしましょう」

「ああ、そうであるな」

「ここ、我らがウルスの北西に位置するアルクティクム領では、陛下の威光が薄れつつあり、不穏分子が湧く始末。

 なので今1度アルクティクムにこの国の王が誰なのか思い知らせてやらねばなりません」

「ああ……ってまさか、彼ら5人が不穏分子だと言うのか?」

「いいえ、それは無いでしょう。

 彼らは吾輩の顔どころか、陛下の顔さえ知らぬようでした。きっとこの地から出たことがない田舎者でしょう」


 じゃあなぜ、またこの話を出したのだろうとウスイは思った。

 現状確認など出征前に何度もしたというのに。

 だがウスイはイナリの言葉を待つ。

 こういう現状確認をイナリが始めた時は、状況が変わった時か、イナリが何か思いついた時だと、経験から思い出したからだ。


「吾輩が疑わしいと思うのは、彼等が仕えているという貴族ですーー」

「……」


 ここの領土を治めている貴族の名など、とうの昔に忘れてしまったが、イナリが『あの者だ』

と言えばそいつの首を刎ねる、それだけの事。

 ただ、イナリの言うこと全て成し遂げてきたウスイでも、今回ばかりはイナリが間違っているかもしれないと思った。

 なぜならーー。


「ーー吾輩、あヤツめが前々から怪しいと思っておりました。

 この領土だけバレナの遊戯である『将棋』が妙に広まっている。きっとバレナに寝返ろうとしているのです!」


 ウスイはまたもしかめっ面をした。

 なぜならイナリも将棋を嗜んでいるのを知っているからだ。

 なんならこの前『竜王戦』という大会に出場したと聞いた。

 どうやらその時は決勝で敗れてしまったらしいが、もしかしたらここの領主がその相手で、その腹いせに自分を使って首を刎ねさせようとしているのではないか。

 思わずそんなことが頭中によぎってしまう。


 それを聞こうか、聞かまいか、ウスイが迷っているそんな時だった。


キャァァァアアア!!


 下の階から悲鳴が聞こえてきた。

 その事に一瞬イナリは身構えるが、ウスイが気にする様子がないのを見て、自分たちが危機に晒されることはないと分かった。


「様子を見てくる」


 ウスイは直ぐに扉を開けて出ていく。

 それを追いかけるように、イナリも立ち上がった。


「お供します」


---


 2人が1階に赴くと、台所に人が集まっていた。


「何事だ」


 そう言いながらウスイは彼らに近づくと、状況が直ぐに見えた。

 ここの屋敷の主、シンキチが首から血を流しながら倒れていたのだ。


「退くがよい」


 そう言って今度は、倒れるシンキチに抱きつき涙を流しているミナミを引き剥がした。

 そして、しゃがみ込んで首元をゆっくりと見た。


「おい! 包帯持ってきたぞ!」


 そこにギャレットが救急箱らしき物を掲げながら駆け寄って来たが、ウスイは退く気配がない。

 その事にイラッとしながら、ヒロがウスイの肩を掴み、動かそうとするが動かせない。


「お前こそ退けって、はやく出血しねぇと」

「無駄だ。

 見事な斬り口、即死だ」

「そんな!」


 その言葉を聞いて、ついにはエナも泣き崩れてしまい、追い縋るように亡くなったシンキチに手を伸ばそうとするが、阻まれた。


「動くな!」


 止めたのは1番後ろにいたイナリだ。


「これ以上現場を荒らさぬように、ソナタらは容疑者ですので」

「俺たちが容疑者だって!?」

「左様!」


 この瞬間、屋敷中のあちこちで隙間風が吹き込んだ。

 凍てつくような、不気味な音を立てて。

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