追話「君臨も、統治も」
第二十三話
お坊さんがイサミを逃がし、ウルス王と対峙する所。
遠ざかっていくイサミと、おなごの姿。
それを見た坊主頭の男、改めイズモのヨリスエは安堵した。
若者2人を戦いに巻き込んでしまう心配が無くなったからだ。
しかし、まだ命の危機に瀕している。
先程、6度剣を交えたから分かる。
ウルスの王はとにかく速い。
彼がイサミ達を追うために走れば、あっという間に追い越すだろう。
そうヨリスエは踏んだ。
「どうやら私のことをまだ覚えていてくれたようだな、嬉しく思うぞ」
ゆえに、
時間を稼ぐ必要があり、
それは剣をかざす事よりも、
まず言葉でした方が良いと、ヨリスエは瞬時に思い至った。
「して、お前さん、それでいいのか」
本来なら、ウルス王はヨリスエの言葉に気を止めることはなく、斬り掛かっただろう。
だが、目の前にいるのはヨリスエだ。
ウルス王が今よりも若かりし頃、共に旅をしたことがある者だ。
別段、恩がある訳でも、親しい仲でもない。
それでも、過去に同じ釜の飯を食べた者が何を言うのか、気になったのかもしれない。
「……何がだ?」
つい、ウルス王は聞き返してしまった。
その反応に少々笑みを浮かべたヨリスエ。
あわよくば、話し合いだけでどうにかならないかと思いつつ、彼は言った。
「なに、お前さん、どうやら国の王になったようだな」
「……」
「しかし、人の道を踏み外し王に、誰がついてこようか」
その言葉にウルス王は眉をぴくりと動かし、
そして、少々目を瞑ったのち、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「余が征くは王道。
人の道でも、けもの道にもあらず。
なればこそ、絶え間ない至福が余を辿ろう」
パチパチパチーー。
ウルス王が言い終わると同時に、
王の後ろの方から1つの拍手が鳴った。
上品な身なりをした華奢な男。
なんとも誇らしげな顔で、高速で手を叩いている。
それを皮切りに、
さらに後方で控えていたウルスの兵士達も、己の手と手を叩く。
中には互いの顔を見合せ、何事か分かって無い様子の者もいたが。
彼らは空気を読み、一生懸命に手を叩く。
さもなくば、1番手前で拍手している華奢な男に首を刎ねられかねない。
普段は、冷静沈着、聡明叡智、そろばんを握らせれば右に出る者はいない、などと知られている。
しかし、左にウルス王が並ぶと、持っていたそろばんを投げ捨て、ただただウルス王を称える存在と化す。
実にウルスで有名なイナリノミコトであった。
「それは暴虐が許される理由にはならん!
いずれ報いを受けるぞ!」
「……貴様は以前も似たようなこと言っていたな、たしか、因果応報だったか?
しかしだ、そんなものは無い」
ウルス王はぴしゃりと言った。
人生で見つけた真理と言わんばかりの態度。
「邪悪を成し、身を滅ぼすことがあっても、
その所以を、諸悪を成したことに帰すべきではない。
その者が生き延びるために尽力しなかったからだ」
ウルス王が言ったことに、ヨリスエは異議ありと言いたげな顔だった。
しかし、これ以上の問答はできないだろうと悟っていた。
何せ、目の前の男が槍を持ち上げたのだから。
「構えろ。
余は全身全霊で征くぞ」
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後方に控えていたウルス兵たちは息を飲んだ。
未だかつて王の槍から逃れた者はいれど、勝った者はいなかった。
しかし、王に立ちはだかる笠を身につけ、錫杖を振るう男。
彼がつい先ほど魅せた、王の槍との数合の立ち会い、まるで互角であった。
『もしかしたら』と思わせる程に。
そしてそれは今も続いている。
なぜ王の槍を捌けているのか。
それはきっと、ヨリスエが不思議な術を使っているからだろう。
大地を自由自在に操っているのか、
土の柱が幾つも地面から飛び出て、王へと向かって行く。
無論、それでやられる王では無い。
いくら手数が多くて、四方八方からの攻撃でも、これしきは苦にもならない。
しかし、決め手に欠けているのも事実。
どうもヨリスエという男は、立ち回りが上手と言わざるを得ない。
王が詰め寄るも、土の柱で攻撃し、その隙に後退する。それを徹底しているのだ。
何度か王に懐まで掻い潜られたが、錫杖でいなして後退することに成功している。
このままもう少し続けられれば良いのだが、そうは問屋が卸さないことを、ヨリスエは肌で感じていた。
かの王の踏み込みがより深くなり、槍捌きが徐々に鋭く、力強く、脅威が増しているのだ。
ヨリスエの大地を操る術をもってしても、抑えられなくなっている。
これは、王が今まで手を抜いていたという訳では無く、ヨリスエの首に槍を突き立てるための動きから、無駄が減り、より洗練されているのだろう、まるで最適解に導かれている。
そうなってからは互角とは言えまい、ヨリスエは防戦一方を強いられている。
命に関わる攻撃は、どうにか受け流しているものの、身体にかすり傷が増えていき、
あと何手で詰みか、考える前に終わりそうだ。
「ハァ……頃合か?」
距離をとって、乱れた息を整えつつ、ヨリスエがポツリと言った。
もちろん自分の死に際を悟った訳では無い、もうこれ以上の時間稼ぎはできないと考えたのだ。
「フンッ!」
そして、ヨリスエは最後の攻撃を放つ、
錫杖を地面に突き刺し、土の塊を操る。
それらを、木の根のようにウネウネと王の元へ伸ばす。
しかし、駆ける王にはかすりもしない。
なんなら、王は迫り来る土の塊を、踏み台のように使い加速する。
あっという間にヨリスエの目前。
視認した時には既に、王は槍を振り抜く動作に入っていた。
もはやここまで、そう思われた瞬間。
王の姿が忽然と消えた。
「うぎゃあ!」
それとほぼ同時か、王の後方にいたイナリが、悲鳴を上げながら尻もちをついていた。
ヨリスエの飛ばした土の根が、イナリに当たる寸前で静止している。
止めたのは他でもない、ウルス王であった。
上から槍を突き刺し、止めている。
一瞬でも遅れていたら、イナリの片目は無くなってたかも知れない。
そのことにゾッとしながらも、イナリは立ち上がった。
そして気が付く、既にヨリスエの姿が無いことに。
あの男は、自分を狙うことで王の手から逃れたのだ。
イナリは憤慨しそうだった。
まさか、自分が王の足を引っ張るとは。
もし狙われなければ、王は自分を守りに来ず、ヨリスエの首を刎ねていた。
その事に顔を赤くし、歯ぎしりまでしたが、奇声をあげることは王がいる手前堪えた。
それでも、冷静を取り戻すにはもうしばし待たねばなるまい。
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一方。
ウルス王との戦いから生き延び、森の中を走るヨリスエは、年甲斐もなく興奮していた。
あそこまで追い詰められるのは久方ぶりになるか、戦闘が終わってから心臓がバクバクし始めている。
まぁそれも仕方あるまい。
最後、ウルス王が臣下を守りに後退しなかったら、確実に死んでいたのだ。
無論、わざと臣下を狙って土の塊を飛ばし、きっとウルス王が守りに行くだろうと踏んでいた。
なんせ、ウルス王はあの臣下だけは戦いに巻き込まないよう、終始立ち回ってるように見えたから。
だがそれでも、ウルス王が槍を振り抜こうとする瞬間は、生きた心地がしなかった。
そう思うヨリスエであった。




