どうしてこうなった ~スパダリの苦悩と後悔~
12作目になります。
テンプレ婚約破棄のその後のお話になります。
誤字報告ありがとうございます。
いつも助かります。
世界に冠たる大国、ヴォール帝国の若き皇帝、フォード・ウル・ヴォールは悩んでいた。
偉大なる皇帝の長子として生を受け、次期皇帝に相応しい結果を残し続けた彼は、数年前、とある王国の公爵令嬢を娶り、即位した。
彼の伴侶たる公爵令嬢とは、幼い時に面識があり、それは彼にとって初恋であった。
幼き日に抱いた恋心を、成就させたい一心で日々努力を重ねて来た彼だったが、ある日、初恋の令嬢はその国の王太子と婚約を結んでしまう。
絶望に打ちひしがれた彼は以後、女性に興味を持たなかったものの、皇太子としては完璧な日常を過ごした。
そんなある日、見識を広める為の一環として、ある王国へと短期留学をする事になった。
その王国は、初恋の令嬢が暮らす国であった。
それについては偶然であったが、幼き日の恋慕の情に見切りを付ける為として、皇太子は受け入れた。
だが、彼はそこで、奇妙な出来事に出くわす。
公爵令嬢は、将来の国母として申し分ない能力と、美貌、気品を兼ね揃えた、完璧な令嬢であった。
彼女の婚約者である王太子も、十分な能力を持った才子であった。
にも拘らず、何故か王国の学園において、その中心となっていた人物は男爵令嬢であった。
下級貴族の令嬢で、更に彼女は母親が平民だったという。
だが、その男爵令嬢は多くの貴族令息を侍らせ、その中には王太子とその側近までが加わっていた。
弱小貴族の小娘に、多くの高位貴族令息が群がっていたのだ、これは異常事態と言える。
更にあろうことか、公爵令嬢を中心とした貴族令嬢と、貴族令息の折り合いが悪く、その原因は男爵令嬢であった。
公爵令嬢と王太子の仲も冷え切っており、その関係は破綻していた。
フォードはその状況に困惑しながらも、これをチャンスと捉えた。
さり気なく公爵令嬢を気遣い、味方となる位置に属し、彼女との仲を深めていった。
その上で王太子ら一派を観察し、上手く婚約の白紙撤回が出来ないか、チャンスを窺っていた。
そのチャンスは思ったよりも早く来た。
男爵令嬢が学園に来て一年、フォードが王国に留学に来てから半年過ぎたその日、王国では建国記念を祝う催しが開催された。
そこで王太子が、公爵令嬢に婚約破棄を宣言したのだった。
何かをやらかす気配があったが、まさかこの式典において、婚約破棄宣言をするとは想定外であった。
しかし、フォードはすぐにこの状況を利用する。
公爵令嬢のフォローに努めたのだ。
婚約破棄は公爵令嬢による、男爵令嬢への虐めがどうのこうのとあったが、フォードは公爵令嬢の潔白を証明する。
更に王太子側が用意した証拠の矛盾点の指摘などを上げ、遂には公爵令嬢の無実を証明し、彼女の名誉を救ったのだった。
反対に騒ぎを起こした王太子側は、式典に参加した国王夫妻によって、廃嫡を言い渡される事となった。
この時、フォードは長年胸に抱えて来た気持ちを、公爵令嬢に伝え、その場で婚約を結ぶ事に成功した。
本来ならあり得ない事であったが、無茶苦茶になった式典を、サプライズによって有耶無耶にしたい意図と、大国である帝国と縁を結ぶメリットを理解した国王が、その場で認めたのだ。
国王とフォードの利害が一致した結果だった。
フォードは最高の気分であった。
長年恋焦がれていた公爵令嬢を、その手に出来たのだから。
約半年に及ぶ友好と、婚約破棄時の立ち回りもあって、公爵令嬢はフォードに思慕の念を抱いていた。
国同士の契約だけでなく、本人同士の気持ちも結ばれた婚約に、フォードは夢心地の気分であった。
だから、今現在こうなってしまっている事に、フォードは頭を抱えていた。
王国での劇的な婚約破棄事件は、帝国と王国のみならず周辺国でも話題になっていた。
その様は吟遊詩人によって語られ、物語や劇としても広がっていった。
これだけ話が広がっていては、今更撤回など出来ようもなく、フォードの父にして皇帝・ミルドは彼等の婚約を認めた。
とは言え、直ぐに結婚という訳にもいかない為、公爵令嬢は皇太子妃としての教育を受ける事になった。
そしてフォードにも、次期皇帝として厳しい教育が行われていた。
フォードにとってそれは別に良かった。
元々優秀で高い能力を持つフォードである、大国の皇帝を継ぐ者としては望む所であった。
だが、公爵令嬢はそうもいかなかった。
確かに彼女は優秀である。
王国の国母に相応しい能力を持った、優れた令嬢である。
帝国の文化にもある程度精通しており、将来の皇妃として相応しい器を、持っていたかもしれない。
だがそれも、幼い時から教育を受けていれば……の話である。
そもそも帝国と王国では、国としての規模が違う。
帝国は王国を遥かに凌駕する国力を持つ国だ。
文化が違い、その地に住む民も違う。
極めて広い領土を持ち、多くの国を侵略、併合してきた帝国はあらゆる意味で王国と違っていた。
まずそれを理解するだけでも、非常に大変な物であった。
そこから更に王国とは違う文化、風習の理解やその他の知識は、幾ら優れた能力を持つ公爵令嬢でも、そう簡単に習得できるものではない。
王国にしろ帝国にしろ、王妃教育は、幼い頃から行われる程、単純に量が多い。
強大な帝国は尚更である。
公爵令嬢、フィルーナは悩んでいた。
あの忌まわしい婚約破棄から一転、帝国の皇太子であるフォードに求婚され、彼の婚約者として帝国の地を踏んだ。
幾らかの不安はあったが、皇太子妃として彼を支えられるだけの力はあると自負していた。
しかしそれは今、大分揺らいできた。
皇太子妃としての教育もさることながら、彼女の教育係として選ばれた三人の令嬢によって心が折られそうになっていた。
帝国の公爵令嬢、プリメーラ。
彼女は皇太子の、婚約者候補序列一位の令嬢であった。
身分は同じ公爵令嬢ではあるが、帝国は王国とは規模が違う為、格上の存在である。
初めて会った時は、その存在感に圧倒された。
身に纏ったオーラとも呼べるものは、母国の王妃と同等かそれ以上だった。
同い年にも拘らず、思わず頭を垂れそうになる
容姿や気品、知性と所作の美しさは、正に将来の皇妃に相応しい別格の存在だった。
正直、フォードが何故彼女と婚約を結ばなかったのか、理解に苦しむほどに。
もう一人は侯爵令嬢、セリーヌ。
公爵よりも下の侯爵家の令嬢だが、彼女もまた才女として知られている。
婚約者候補序列二位ではあったが、プリメーラと比較しても遜色なく、二位に甘んじているのも、単に家格の差によるものに過ぎないからだと理解出来る。
三人目はテスリーナ伯爵令嬢。
伯爵家の出ではあるが、その歴史は古く、過去に皇族から降嫁されるなど、歴史と伝統においては、帝国建国より存在している、最古参の貴族の令嬢である。
伯爵家ながら、その力は王国の公爵家と同等かそれ以上であり、他国において王族に迎えられるほどの権威を誇る。
婚約者候補序列三位であったが、皇妃として十分に納得できる程の実力者である。
そんな三人の女傑に囲まれたフィルーナは、すっかり委縮してしまった。
フォードに選ばれた婚約者として、見事に皇妃としての務めを果たしましょうと背負った気概は、今の彼女には無い。
フィルーナは母国においては並ぶ者無しの、完璧な令嬢だった。
それがこの帝国では四番手だ。
いや、恐らくは彼女以上の能力を持ちながらも、皇太子の婚約者候補に選ばれなかった令嬢も少なくはないのだろう。
帝国貴族令嬢及び、帝国貴婦人達のトップに立つ事の困難さに打ちのめされる。
別に三人の教育係が、フィルーナに対して虐めの様な行為をしている訳でも無い。
教育係の三人も、内心では思う所はあったかもしれない。
だが、それをおくびに出すような真似を、彼女達は絶対にしなかった。
現皇帝の命を受け、真っ当に教育に当たっている。
ただ単に、自身の優れた能力をフィルーナに見せつけているだけだ。
それでフィルーナが自分の力不足を嘆いているだけである。
こうして幾らかの準備期間を経て、何とか皇太子妃として形になったフィルーナは、フォードと結婚した。
初めは問題は無かった。
だが、フォードの父である皇帝・ミルドが病に倒れ、フォードが皇位を継ぐで状況が一変した。
現時点のフィルーナの実力では、皇妃として皇帝となったフォードのサポートが難しいという事だった。
あと数年経験を積めばまだどうにかなったが、急を要した為、問題が解決しないまま先に進む羽目になった。
この状況を打破する為、フォードは側妃を娶る事になった。
だが、嘗ての婚約者候補である、プリメーラ、セリーヌ、テスリーナ達は既に別の貴族と結婚しており、他の能力の高い令嬢を側妃にせざるを得なかった。
新しく側妃として招いたのは、メディア侯爵令嬢と、ペルシアン侯爵令嬢、フォルトゥーナ伯爵令嬢の三人だった。
何れも極めて高い能力を持ち、三者とも女性でありながら、将来的には爵位を継ぐ予定であった。
この辺の話は少々面倒な話になるが、要は優秀な側妃を欲した皇家と、家督を男子に譲りたい当主達の思惑が合致した結果であった。
当初は、側妃を娶る事に難色を示していたフォードだが、フィルーナの勧めもあり、しぶしぶ合意する事になった。
彼女の負担を軽減させるには、それしか方法が無かったからだ。
一度に三人も娶るという事に、疑問が無い訳では無かったが、他の候補であった才女達は既に嫁いでいるので、仕方が無い事と言えた。
如何にフォードが優秀な能力を持っているからと言って、一人の力で回せる程、帝国は甘い物では無い。
ましてや、本来なら皇太子として政務に当たっている時期に、皇帝として祭り上げられたフォードにも余裕は無かった。
側妃達はその優れた能力で、完璧に業務をこなした。
フォードも、その能力を認めざるを得ない程の有能さを示していた。
その事実がフィルーナを打ちのめした。
漸く皇太子妃として形になるも、教育係だった令嬢達に及んでいない事を彼女は自覚していた。
それでも、経験を積めば何とかなると思った所で前皇帝の突然の崩御。
なし崩し的に皇妃へとなり、新皇帝となったフォードの為に尽くすも、力不足が露呈された。
フォードは勿論、彼女を責めなかった。
寧ろ彼女を気遣い、彼女の足りない部分をカバーしていた。
それが余計に彼女を傷付けた。
自分の無能さに打ちひしがれる結果となった。
フォードは頭を抱えていた。
理由は色々とある。
その一つが彼のやらかしであった。
フィルーナを想うあまり、彼はとんでも無い事をやらかしてしまったのだった。
それは、三人の側妃達に対して言ってしまった一言だ。
「私がお前達を愛する事は無い」
彼の愛はフィルーナのみに注がれるものであり、側妃である彼女達は、帝国の為にそのポストに置かれているだけだという宣言だ。
三人の側妃達は、その宣言を粛々として受け入れた。
余りに素直に受け入れた事に、逆にフォードの方が鼻白んだが、自分の望み通りの結果になった事に満足した。
それからの側妃達の仕事ぶりは見事な物だった。
東方に伝わる格言の如き知恵により、新しい政策を打ち出し、細かい所までよく目の届いた仕事によって、皇室は安定した。
フィルーナとの時間が取れる程の余裕も持てるようになり、フォードは側妃達に感謝の念を持ち、その仕事を高く評価した。
しかし彼は気付かなかった。
フィルーナが、側妃達の能力の高さに劣等感を抱えている事を。
側妃達が何を思って、政務を行っていたかを。
皇帝として即位してからそれなりの時が経ち、国も安定してきたところで次に望まれるのは、跡継ぎである。
だが、未だにそれは為されていなかった。
フィルーナの不妊と、側妃達との行為が未だになされていない事が原因である。
フォードとしては、愛する正妃以外に子を儲ける事に抵抗があったが、皇帝として次代の血を継ぐ事は義務である。
故にそれを果たす為、事に及ぼうとしたが素気無く断られた。
フォードは驚いた。
次代の皇帝の血を受け継ぐ事の誉れを、一蹴されたのだ。
理由が分からなかったフォードは、側妃達に問い質した。
フォードの問いに側妃達は淡々と答える。
国の安定の為側妃となり、十分な成果を上げているが、それでも側妃の誰かが、もしくは全員が、子を孕んでは政務に支障が出るからとの事だった。
それは暗に正妃の能力不足を指摘しているが、それについてはフォードもぐうの音が出なかった。
確かにフォードはフィルーナを愛しているが、そういったフィルターを抜きに見れば、側妃達の指摘は正しいのだ。
本来ならば激高したいところであるが、事実ではある。
フィルーナの不足分を十二分に補っている側妃達を、私情で叱責する程フォードも愚かではない。
故に彼女達の言葉には黙るしかなかった。
それでもやはり分からない所がある。
皇帝の子を産むという事は、貴族としての義務ではあるが、それ以上に得られる利益は大きいはずだ。
だが、側妃達はそれをまるで望んでいない。
それを聞くと側妃達は呆れながら笑った。
「御冗談を。私達に賜る愛など無いと、そうおっしゃったのは陛下でございますよ?」
側妃達の言葉にフォードは雷に打たれた様な衝撃を受けた。
確かに過去に自分は、彼女達にそう言った。
あの頃はフィルーナだけしか目に入らず、側妃を娶る事は唯の妥協に過ぎなかった。
それ故にその愛を貫く為、側妃達には自分の愛を期待するなと釘を刺したのだ。
「では、政務が残っておりますので、失礼させていただきます」
そう言って側妃達は皇帝の部屋から出て行った。
固まったままのフォードを残して。
「……何と言う事だ」
フォードは頭を抱えた。
フォードは確かに一途ではあったが、それでも男である。
それも並の男ではない。
英雄色を好むと言う格言の例に漏れず、そういった欲望は並外れて強い。
これまでは、長年追い求めたフィルーナ一筋であったが、それなりに年月が経ち、燃え上がった情念が落ち着き始めた所で、長年抑えていた欲望が鎌首をもたげていた。
嘗ての婚約者候補は言うに及ばず、側妃達は家柄と能力、美貌、スタイルのどれを見ても帝国の至宝と言って良い、極上の美姫である。
フィルーナも美しいが、客観的に見れば側妃達は同等かそれ以上である。
これまでの働きで、側妃達に信頼の念を抱いたフォードは、漸く彼女達をありのままに見ることが出来た。
それまでは視野が狭く、側妃達を使える手駒程度にしか見ていなかったが、視野が広まれば、彼女達の魅力は十分に理解できる。
故に、跡継ぎの件でフォードは、そこはかとなく期待していたのだ。
側妃達をその手に抱く事に。
正妃を愛してはいるが、世継ぎを残すことは義務なのだから、仕方が無い。
そんな都合の良い言い訳もあるので、フォードは内心ではウキウキだった。
それがこの様である。
粋がった過去の己の言動の愚かさに眩暈がしてくる。
これは単に、側妃達から関係を拒否された事に起因しているのではない。
自身の言い分が余りに非礼であった事に気付いたからだ。
嘗てフィルーナに、婚約破棄を突き付けた元王太子を笑えない。
フォードの行った事は、彼と殆ど大差がないのだから。
フォードの部屋から出て行った側妃達は、顔には出していないが、内心はとても愉快であった。
若くして皇帝となった、フォード・ウル・ヴォール陛下。
皇太子時代より、優れた才覚を持ち、何れは帝国を更なる発展に導くだろうと言われた麒麟児。
それが間の抜けた面を晒し、固まっていたのだから。
メディア、ペルシアン、フォルトゥーナ……彼女達は何れも側妃としてではなく、正妃として迎えられてもおかしくない程の能力を持った令嬢だった。
ただ、彼女達は自分達よりも、更に相応しい令嬢がいる事を知っていた。
プリメーラ、セリーヌ、テスリーナである。
メディア達は彼女達を尊敬していた。
皇太子フォードは、当時は孤高の存在として、憧れと畏怖の対象とされていた。
そんな彼を支えるに相応しい美しさと、強さを兼ね揃えた至高の美姫達。
婚約者として最有力の候補であったプリメーラ達は、誰が正妃になってもおかしくなく、仮に誰か一人が正妃に選ばれても、残りの二人は自動的に側妃となり、帝国を盛り上げる予定だった。
メディア達は皇太子の婚約者候補を辞退し、女当主として家を継ぐ事を目指していた。
これはプリメーラ達こそ皇妃に相応しいという思いと、自身の能力で以て家を継ぎ、帝国と家を益々栄えさせるという夢によるものだった。
そんな彼女達にとって、信じられない事が起こった。
見分を広めるという名目で王国へと留学した皇太子が、なんとその国の令嬢を、己の婚約者として連れて来たのだから。
王国なぞ、世界に冠たる帝国に及ぶべくもない。
そんな小国の令嬢が、プリメーラ達を差し置いて正妃の座に座るなど、馬鹿げた話である。
当然ながら、帝国内で反対の声が上がるはずだった。
しかし、既の所で、皇太子が婚約を結ぶまでに至った経緯が、吟遊詩人や旅の劇団などによって急速に広まった。
帝国及び周辺国へ認知させるために、皇太子が仕掛けたのだろう。
あっという間に美談として、世間に認知された結果、前皇帝は婚約を認めざるを得なかった。
ここで認めなければ帝国の評判に傷を付ける事になるからだ。
要らない所で皇太子は、有能さと行動力を発揮した。
そして傲慢さも。
よりによって、プリメーラ達を、王国の令嬢の教育係として遣わしたのだ。
当時の皇帝ミルドの勅命とあるが、それを進言したのはフォードであった。
流石にこの事については余りにも彼の令嬢達、ひいてはその家に対して礼を失するとの批判の声が出た。
だが、この事については、プリメーラ達の能力の高さを評価したからこそだと言う事と、皇太子妃としての教育に余り時間を掛けるのは得策ではないと言う判断から強行された。
プリメーラ達がその命令を受け入れた為、あまり大きな問題へと発展しなかったが、この一件が元で帝国貴族内における、皇家に対する信用に亀裂が生まれた。
プリメーラ達が何故、皇太子の無茶を受け入れたのか?
単純に彼が見初めた令嬢に対して、興味があったという事もあるが、それ以上の理由もある。
彼女達は、将来の帝国の皇妃として相応しい家柄と能力を持っていた。
正妃、または側妃として皇帝を支え、帝国発展の為に日々努力をして来た。
そんな中、将来の夫となるフォードとも交流を欠かさなかったのだが……。
フォードの彼女達に対する反応は、無に近かった。
プリメーラ達に関心を持たず、精々その能力を帝国の為に生かせれば良いと、その程度の物しかなかった。
そんなフォードに対して帝国貴族令嬢として、例えそこに愛がなくとも国を支える為と、粛々とそれを受け入れた。
勿論、円滑な関係を維持するべく、フォードに寄り添えるよう努力はしていた。
そんな彼女達の努力を全く無視して、フォードは王国から婚約者を連れて来た。
更にその婚約者の教育係としてプリメーラ達を起用した。
馬鹿にするのも程がある。
プリメーラ達は、帝国の為に自身の感情を抑え、国に尽くす事に人生を捧げて来た。
それがこの仕打ちである。
最早、フォードに対しての敬愛など消え去った。
だから全力で教育係を全うした。
教育係を引き受ける条件として、側妃としてフォードに嫁ぐ事を拒否する為に。
彼女達は、帝国貴族令嬢としての誇りを傷付けた男を許さない。
王国の公爵令嬢、フィルーナの能力は決して悪くはない。
ただ、帝国最高峰の淑女である、プリメーラ達と比較するとどうしても劣る。
唯それだけの話だった。
その能力差に打ちひしがれるフィルーナであるが、プリメーラ達としてもそこで折れては困るので、叱咤激励しつつ教育した。
最低限の力を付けて貰わないと、彼女を補佐する為の側妃として、召し上げられるかもしれない。
プリメーラ達も必死であった。
教育期間中に、自身の伴侶に相応しい男を自らの目で選んだ。
流石に彼女達の両親も、誇りを傷付けられた娘達に対して配慮した様である。
日々の努力を無に帰したフォードに対して、プリメーラ達は恨みに近い感情を抱いたが、自分自身の目で伴侶を選べた事については感謝していた。
故にそれすらも無に帰されない様、皇太子妃教育に力を入れた。
日々の努力が実り、無事皇太子は結婚し、それに合わせてプリメーラ達も結婚、それぞれ皇太子夫妻から距離を取った。
適齢期としてもギリギリだった為、直ぐに子を生した。
それから少し時が経てば案の定、公務に支障が出始めた。
彼女達は妊娠を理由に、皇室からの要請を断ったのだった。
その結果、メディア、ペルシアン、フォルトゥーナにお鉢が回って来たのである。
彼女達は将来の女当主として研鑽を積みつつ、自身に相応しい伴侶を探していた。
そんなある日、皇室から側妃の打診が届いた。
そしてその知らせは、彼女達に届く前に両親と兄、又は弟によって内々に処理された。
能力によってではなく、男子を当主とする事を是とする古い価値観を持った彼等と、優秀な側妃を欲した皇室の利害が一致した結果だった。
彼女達は、己が知らぬ内に、皇帝の側妃にされてしまったのだ。
帝国皇帝の側妃よりも、帝国貴族の当主となる事を夢見ていた彼女達の希望は、アッサリと砕かれた。
それでも帝国の為に己の心を律し、側妃として皇帝夫妻を支える……そう決意したのだが……。
「私がお前達を愛する事は無い」
皇帝フォードの言葉が、彼女達の決意を、誇りを、ズタズタに引き裂いた。
そもそも今の面倒な事態は、当初決められていた婚約者候補を差し置いて、他国の令嬢を婚約者に据えた事が端を発している。
自分達はその穴埋めの為に、将来の展望を潰されたのだ。
にも拘らず、この言い草である。
メディア達は嘗てのプリメーラ達同様、フォードという男を見限ったのだった。
側妃など、元々望んでいた訳ではない。
政略結婚に愛情を求めるのも可笑しな話だが、このような扱いをされるのならいっその事、開き直る事にした。
愛情も求めないから子を生すという事も、断固拒否だ。
子を作るのは愛しの正妃様と宜しくやっていれば良い。
その為の時間も作ってやろう。
帝国の歯車として、見事に政治を回してみせようと彼女達は決意した。
それから、側妃三人は帝国の重鎮達と手を取り合い、政治の中枢として権勢を誇っていく。
側妃達には、プリメーラ達も積極的に手を貸した。
プリメーラ達にしても、側妃達の件については、間違いなく自分達が影響を与えていた事を、自覚していたからだ。
こうして、皇帝夫妻を他所に、帝国貴族の重鎮達が揃って側妃達と手を組んだ事によって、皇帝の権力が削ぎ落されていった。
以前のような皇帝の圧倒的権力による独裁は無くなり、政治においては議会や官僚達が手綱を握る事になった。
次代の皇帝、フォード達の子が皇帝となる頃には、もはや皇帝は帝国を象徴する権威はあれど、権力を失っていったのだった。
皮肉にも、皇帝が政治の中枢から離れた事によって、風通しが良くなり帝国は益々発展していく事になる。
如何に優れた能力を持とうとも、個人でやる事には限界があり、それが巨大な国家となれば、どうやっても手が足りないのだ。
それを官僚達が分担して仕事に取り掛かる事で、大きく改善された。
他国からの視点では、王国から帝国に令嬢が嫁いだことによって、帝国は益々繁栄する結果となった。
「どうしてこうなった……」
形ばかりは豪華な執務室で、フォードは項垂れた。
一極集中された権力によって、全てが可能だった全能の存在、帝国皇帝という立場。
それが今では書類を読んで確認の印を押すだけの、簡単なお仕事をするだけとなっていた。
側妃や官僚達の頑張りのお陰で、その書類の量も大分圧縮され、フォードの能力なら全く物足りないレベルだ。
お陰で正妃との時間は取れているが……。
彼等の子は側妃達、教育係によってキチンと管理されている。
貴族であるならば、それは当たり前の事なのだが、自由に会う事も出来ない位にガチガチに管理されていた。
フォード達夫妻も、比較的自由な時間はあるが、自由な行動は出来ない様に制限されていたりする。
だが、それに異を唱える事は出来ない。
それだけの力がもう、皇帝には無いのだ。
当然と言えば当然であった。
いくら皇帝とは言え、後ろ盾になる権力となるハズだった、帝国内の公爵家や侯爵家とは縁を結ばず、他国のそれも小国との縁しか結んでいないのだ。
側妃達の家柄についても過去の経緯の為、縁を結ぶどころか断絶しているのに等しい有様だ。
彼女達は皇家に嫁ぎながらも、実家との関係を絶った。
お陰で当てが外れた実家の連中は、右往左往しているらしい。
……この様な状態では、皇家に権力などあるはずもなく、皇帝はその頭を諸侯の官僚達に押さえられていた。
その上で帝国は発展しており、経済が潤っているため文句の一つも言えない。
最早、皇室は飾りであった。
惨めであった。
優れた能力を持ち、恋焦がれた伴侶を得たフォードは正に無敵であった。
それが今ではこの様だ。
帝国内での催しで、主催としての挨拶をした時、何時もなら『帝国万歳。皇帝陛下万歳!』と畏敬の念を以て迎えられていたのだが、今では『帝国万歳!』の一言で終わっている。
どうしてこうなってしまったのか……。
一体彼の何が悪かったのか。
本当は理解している。
だが、彼はそれから目を背けていた。
ありがとうございました。
評価を頂けると嬉しいです。
また、感想や誤字脱字報告もして頂けると嬉しいです。