榎本武Ⅲ
突然現れた謎の少女。碧眼と顔の堀りの深さでヨーロッパ系の外国人だとわかる。レーザーでタミエルを焼き尽くし、ついでに武の膝も持って行った
「ぐっ…誰だあんた」
「…」
少女は満身創痍の武をしばらく見つめるとまるで新しいおもちゃを見付けたような愉悦の表情を見せる
「ふーんあんたがあたしの直属なのね。なかなかどうして可愛らしい顔をしているじゃない」
紅いメッシュの入った黒髪ロングに凶悪なイバラのようなものがデザインされた漆黒のドレス。獣のような目つきとその口角の上がりようで少女でありながら危険な雰囲気を漂わせている
「あんたが天の声が言っていた“天使”とやらなのか」
「こんな極東には虫みたいな顔してる連中しかいないと思ってたけど、掘り出し物だわ。いや、そもそも執行者なんてみんなこうなのかしら?」
「外国から来たのか?どこだ?なぜ日本語がしゃべれる?」
質問に答えてくれない。武の傷だらけの体と顔を値踏みするように見るだけだ
「あの…質問に答えてくれ」
「...さっきからうるさいわね、しかも敬語じゃない。それが上司、いえ御主人さまへの態度かしら?」
「は?」
「あら知らなかった?執行者は私たち天使の下僕よ」
天使。やはりこのふざけた魔法少女は天の声が言っていた天使なのか
「どういう意味だ?下僕って」
「意味も何もそのまま、執行者は精神、肉体ともにすべて神の従者である私たち天使に捧げることになってる。つまりあんたは主人たるあたしに尽くして敬う必要があるの」
「意味が解らない。神の従者ってなんだ?」
「ふふふ、聖ゲオルギウス、聖ウルスラの御身を引き継いで熾天使ミカエルの穂先となったこのあたしオリヴィア・マルレーン・バウムガルトの下僕となったのよ。光栄に思いなさい」
何を誇っているのかわからないが、武はこの女がイカレてるといったことは理解した。なんとか罵倒してさっさとその場を離れたいが血を流しすぎたか体が動かない
「うぅ…おれは奴隷になんか…」
「あらそろそろ限界かしら、まぁこんな傷だらけでまともな会話なんてできないわね。仕方ない。今回だけ治してあげる」
少女が紅いネイルで彩られた指先を鳴らすと、瞬く間に武の傷がいえていった。折れていた骨も時が戻るかのように修復されていく、そのボキボキした妙な感覚に少し悲鳴を上げるも不思議と痛みはなかった
(マジかよ…)
天使といってもおかしくない。神の奇跡のような業だ、前回の任務が終わってから天使については何度か考察していたが武はあのレーザーといいまさかここまで大それたことができるとは思っていなかった
「治ったようね。じゃあ説明するわ」
「待て待て、おれはお前みたいなイカレ女の話なんか聞かないぞ、帰る。だから神とやらにこれだけ伝えてくれ、早く執行者の任務から降ろせってな。だいたい…あがぁ!」
物申している最中武の脛が突然蹴り上げられた。治ったばかりだというのに鳴ってはいけない音が聞こえる
「うっさいわね。あたしが説明するといったら説明するの、黙ってなさい!」
(くそイテェ…このメスガキ真正のサドだ)
「じゃぁ始めるわ、まずどうして堕天使たるものがこの現世に現れたのかそこから話しましょう」
オリヴィアは痛みにうずくまる武の背中に足をのっけて近場のベンチに座るとペラペラと流ちょうな日本語で話し始める。背に伝わる感触が気になるが武は話自体はちゃんと聞いた
「つまり超大昔に神と堕天使との天界戦争ってのがあって、そこで捉えた堕天使が最近、といっても何十年前かにパンデモニウムっていう牢獄から脱走したから天使と現地の執行者とで一匹ずつとらえていると?」
「そういうこと。わかった?」
「わからねーよ、なんでおれが巻き込まれなきゃならないんだ。天に選ばれたってだけで死地に突っ込まれて無償で化け物と戦わせられるのはどう考えてもおかしいだろう」
「無償じゃないわ。ちゃんと権能はもらえているでしょう」
「権能?」
「執行者がもともと持っている一つのまぁ特殊能力みたいなものよ。あなたのはかなり特別みたいだけど」
武の頭にハテナマークが浮かぶ。特殊能力なんていくらでもあるどれだ?天使っぽい羽が生えて空が飛べるやつかそれとも虚空から鎖がでたやつか
「私も見たけど無から有を想像する神の天地創造もどきの権能ね。かなり貴重だし珍しいとは思うわよ?執行者は空を飛ぶ能力まであるし、いたせりつくせりじゃない」
「待て、もともと持ってた能力ってことは報酬になってないじゃないか。羽も任務が終わったら生えなくなるし」
「それは執行者が普段その力で暴れたら困るから制約をかけているのよ。当たり前じゃない」
「じゃぁ権能の方も使えないのか?」
これで権能も使えないとなったら本当にただ戦場でただ働きさせられて武器だけくれているだけの状態じゃないかと武は憤る
「いや権能の方は使えると思うわよ?言ったでしょう。もともと持っている力だって」
「そうか?」
武はオリヴィアの脚を振り払うと、ちょうど飲みたかった炭酸飲料を生み出そうとしたが、虚空からは何も出なかった。いろいろと生成するものを変えてみてもだめで、先ほどはでた鎖も創造できない
(強い願いじゃないと創造できないのか)
なんとなく察した。ポンポン生み出せるチートまがいの力なら普段物欲が出た時に勝手に出でている
「ふふ、役に立たなーい」
オリヴィアは変わらずの嘲笑をみせる。執行者ってだけでこんな生意気な中学生くらいのガキに従わなきゃいけないのかと考えると非常に頭が痛くなった
「だいたい執行者ってのはなんなんだよ。そもそもおれは無宗教だぞ洗礼も受けてないのになぜ選ばれる。天界とやらはそんなに人手不足なのか?おれはお前の下僕なんかになりたくない」
「言ったでしょう“もともと持っている”って。権能もしかりあんたは執行者として生まれてきたの。そこに拒否権はないし拒否しても死ぬだけ、つまりあんたは母親の胎内にいるときから私の奴隷としてこき使われるために産まれてきたの」
クスクス、みじめね~と少女は嗤う。生まれた時から…武は今までの人生におけるトラウマがフラッシュバックした
【なんであいつだけ金髪で眼の色が違うんだ?】
【あそこの奥さん、外国人と浮気したって噂よ】
【武くんってなんでハーフ?でもないのに白人みたいな顔してるの?】
【その髪色はなんだ!ふざけているのか】【いえこれは自毛で…】【お前の両親がふたりとも日本人なのはわかっているぞ!職員室に来い、その馬鹿にした金髪を染め直してやる】
「あ、あぁ…」
「ふふようやく理解したようね。執行者は生まれ落ちた時点で決まるもの、生まれた時点で神と天使の前に跪いて永遠の忠誠を誓う必要がある。当然ね、生前からの業を持っているもの」
武はそれ以上の言葉は聞きたくなかった。天界との戦争、敗れて、“死んだ”一部の堕天使たちはどうなったか今までの人生で、ことの顛末を理解した
「リィンカーネーションというプログラムでね。かつての大戦で敗れた堕天使の魂を通常の人間の輪廻の輪にとりくみ、何度も何度も神の許しが出るまでかつての同胞と対決させる」
「つまり執行者は、罪に濡れた堕天使の生まれ変わりよ」