異世界にもまんま『サンドウィッチ』があったので由来や語源を訊ねたら予想以上に丁寧な説明をしてもらえた
「なあ、ひとつ訊きたいんだが、この『サンドウィッチ』の由来はなんなんだ?」
わたしの唐突な言葉に、斜向かいでビールを飲んでいるミルスは、くすっと笑った。
わたしは徳島元春、しがないサラリーマンだ。……サラリーマンだった。
愛媛出身なのに名字が徳島、というのは営業の掴みネタだった。それなりの営業成績で、会社に貢献もしていたと思う。
だがわたしは現在、その必殺の掴みが通じる人間が少ない場所に居る。
わたしは二年前に、異世界に来てしまったのだ。
わたしが今現在なんとか生きている異世界は、その名前をケンバトロザという。ケンバが世界、で、ドロザェという神さまがつくったのので、ケンバトロザと云うらしい。
わたしはそのなかでもロッガという、古い時代のヨーロッパのような雰囲気の町並みと、牧歌的な畑が延々と続いている海沿いの国に居た。
こちらの世界にはモンスターというものが存在する。凄く凶暴な動物達だ。人間を襲い、集落も襲撃される。モンスターと戦えるのは生まれた時に特別な「祝福」というものを神から与えられ、なおかつ訓練されたひと達で、一般人はまともに戦えない。祝福はすべての人間に与えられるが、その内容が違う。
魔法という信じがたいものがあり、衛生面ではもとの世界と遜色ない。清潔な衣服と、清潔なトイレ、必要とあらば毎日の風呂、というような。
ただし、あまりにも規模の大きな街や、立派な建物は、モンスターの標的になる。ということで、大規模な工場やなにかは、つくれる技術はあるが誰も損失をおそれてつくらない。
わたしのように別の世界からやってくる人間は、めずらしくはない。石を投げればあたる程度には居る。
こちらの世界へはなにかの拍子に来てしまうし、こちらのひと達がやはりなにかの拍子に別の世界へ行ってしまうこともあるらしい。行って戻ってくる、こちらの世界へ来てまた居なくなる、ということも。
異世界人だというのは、言葉が通じないのですぐにわかる。異世界人が見付かると、親切なこちらのひと達が教会へつれていってくれる。教会へ這入ると自動で言葉の祝福が与えられ、すぐに言葉が通じるようになる。
ただし、数百もの異なる世界から来ているので、同じ世界出身者かどうかはわからない。もしかしたら、同じ世界出身者とは一生会えないかもしれない。
わたし自身は、二十一世紀の地球から来た、というひととも、幾らか知り合いにはなっていた。全部で三人だ。地球出身者は異世界人でも多いほうらしい。なかには自分と同じ世界出身者とはまったく会えないというひと、会えたものの年代がまったく違ったというひとも居るから、わたしは幸運なのだろう。
ただ、わたし達地球出身者は特に、めずらしかったり特殊だったりする祝福を与えられていることが多い。なので街や国の要職に就かされてしまったり、商人として忙しくしていたりで、集まるようなことは少なかった。なかには、遠くはなれた国だが、国王になっているひとも居るそうだ。
わたしは農業に有利な祝福と、土壌改良の魔法を与えられていたので、それを生かして農家で働いていた。かなりの給金をもらっていて、そろそろ田舎に土地を買い、農家になろうかとも考えている。
二年経って、ミルスという同年代で気の置けない仲の友人も得た。ミルスはわたしと同じ農場で働いている男で、生まれてこのかたこの町にずっと暮らしている。真面目だが、堅苦しくはない。異世界人の友人が多く、いろいろな異世界のことにもくわしいので、話しやすい。こうやって、週末に一緒に酒場へ来るのもおなじみになった。
「サンドウィッチの由来?」
「ああ。由来とか、語源とか……ああ、すまない」
わたしははっとして、手にしていた木製のマグを置いた。
「こちらの世界では、『サンドウィッチ』という発音じゃないかもな。そうじゃなくて、なんというか」
「いや、サンドウィッチはサンドウィッチだよ」
わたしが顔をしかめたからか、彼は更にくすっと笑った。
わたしはずっと疑問だったのだ。
まだ字の読み書きは覚束ないのだが(言葉の祝福は発話と聴き取りができるようになるもので、読み書きまではフォローしてくれない)、最近町の名物でもある図書館に通い始め、少しずつだが簡単な文字なら読めるようになってきた。そして、不思議なことに気付いた。
サンドウィッチは、音節と文字数に齟齬がない。
例えば、箪笥。わたしは箪笥と云っているし箪笥と聴こえているが、文字数は一文字だ。どうやら、こちらの世界では箪笥を一音節であらわすらしい。
ちなみにこちらの文字は、一文字につき一音節である。それはミルスに手伝ってもらって確認した。ほかにもわたしに聴こえている音と文字数に齟齬があるものは多い。というか、ほとんどがそうだ。
しかし、サンドウィッチは、サ・ン・ド・ウィ・ッ・チ、なのだ。
たまたま文字数が同じだけ……という可能性も考えたのだが、今のミルスの言葉が本当なら、発音も同じであるという。
「サンドウィッチ、なのか?」
「ああ。ミントのサ、街道のン、机のド、大海原のウィ、みかんのまんなかのツ、オルガンのチ、で、サンドウィッチだ」
ミルスはおそらく、こちらの世界流に発音すれば本来はそれらが頭文字になるものをあげてくれたのだろう。わたしがゆっくり頷くと、ミルスは笑った。
「わからんだろうが、とにかく発音はかわらない」
「……じゃあ、由来は?」
地球では、サンドウィッチはサンドウィッチ伯爵なる人物が発明したとされていた。こちらの世界にどうして、同じ名前で同じ形状のものが存在するのだ。おかしいではないか。こちらの世界にもサンドウィッチ伯爵が居たとでも云うのだろうか? そんなふざけた話はない。
ミルスはビール(ビールはこちらの世界では九音節だ)をあおり、マグを置く。
「いいか。ごく簡単に云えば、掘る、パン、きゅうり、バターだ」
「きゅうり? 掘る?」
「ああ。くわしい説明をするか?」
「頼む」
気になっていたことなので即決だった。
ミルスは頷いて、わたし達のテーブルにあるサンドウィッチの大皿から、焼いた鶏肉をはさんだサンドウィッチを掴みあげる。
先程、給仕が運んできた、湯気のたったものだ。鶏肉は塩とハーブ類をもみこんで半日置いたもので、しっとりと焼き上げられ、やわらかくてジューシーだ。パンは隣のパン屋が数時間ごとに焼いて運んでくる、バター薫るぱりっとした表面のもの。
鶏肉のサンドウィッチはこの酒場の名物料理である。わたし達も、こうやって呑みに来ると、ほぼ毎回これを注文する。
「まず、モトハル、お前に説明すべきことがある。もともとサンドウィッチは、こうやって切ったパンになにかをはさんだ形じゃなかった」
「ふうん?」
「もともとは、まるく焼いたパンを半分に切って、内側のやわらかいところを指で適当に割き、バターで和えた角切りのきゅうりをいれていたんだ」
「バターで和えたきゅうり?」
パンを完全に切り離さないのは、ピタなどもあるからわからないでもないが、バターで和えたきゅうりというのが想像できない。
ミルスは続ける。
「それにはもうひとつ説明が必要だな。サンドウィッチの起源はお隣の国、イーアイにある。タブレウっていう南部の村が発祥だ。最初につくったのが誰かは知らないが、古くからその村で食べられていた。そこはきゅうりやすいか、冬瓜が特産品で、すぐ隣の村は古くから大規模な畜産で有名だ。ふたつの村の特産物をあわせたってことだな。バターは塩がきいたものだから、きゅうりの水分で味がぼやけることもない」
「そんなにはっきりわかっているのか、起源やなにかが?」
「文献に登場するんだよ。今から二千二百五十二年前に、歴史家で著名な著述家である男が、その辺りに昔の英雄のことを調べに行った。その時に書いた日誌が残ってる」
ミルスはわたしが理解しているかたしかめるみたいに間を置いた。わたしは頷く。成程、ヘロドトスやプリニウスのようなひとが居て、記録が残っているのか。こちらでは教会に遺品を納める習慣があるそうだから、そう云った経緯で日誌が残っているのかもしれない。
「そこに、『サンドヴィエルチィ』というくいものの記述があるんだ。タブレウの名産品らしい、凄くうまいから奴隷につくりかたを学ばせた、これで故郷へ戻っても食べられるぞ、ってな。念の為に云っておくが、奴隷は七百年前に公的に禁じられたぞ」
「サンドウィエルティー」
「いや、『サンドヴィエルチィ』だ。これはサン・ド・ヴィエル・チィと分解する。これはお前にもちゃんと聴こえてると思うが」
「多分聴こえてる。サン・ド・ヴィエル・チィ。どうだ?」
「それで正しい」
「意味は?」
「掘る、掘り返す、掘って穴を開ける。これが最初。パンをそういうふうにするという意味だろう。今でもその街のサンドウィッチはパンを切らず、手で裂く。まあ、今では半分に割いてしまうが、昔は手で切れ目をいれただけだった。……バター、これが二番目。バターには同音異義語で健康とか美人という意味もあるが、昔はバターを食べると健康になると思われてたからバターと健康が同音異義語で、美人のほうは、バターいりのせっけんをつくってる村に美人が多くて、そこからバターと美人が結びついたってことになってる。異説としては、昔この国の王家に凄く美人が多くて、その王女達を見ると男はみんな日向のバターみたいに蕩けるからそういううすのろどもを嘲って云っていたのが、いつのまにか美人そのものを指すようになったってのもあるな」
ミルスが蕩々と説明してくれるので、わたしは呆気にとられた。
ミルスはそこまで口数が多い男ではなく、どちらかというとわたしのような異世界人の、こちらの世界での不便なところや面喰らった場面の愚痴を黙って聴いてくれる、聴き上手な人間なのだ。
オリーブ色の顔に微笑みをうかべて、愚痴に対してうんうんと頷いてくれ、ビールやワインやなにかしら旨いものをすすめてくれると、それだけで気が楽になる。そういう雰囲気を持った男なのである。哲学的というか、包容力がにじみでているというか。
彼をばかだとは一切思っていなかったが、しかしここまで博識とも考えていなかった。
「みっつめは、きゅうり、すいか、だな。意外かもしれないが、綴りで云えばきゅうりとすいかは同じだ」
「同じなのか? きゅうりとすいかが」
「当時はな。今では発音も区別して書くようになったから、ぱっと見ただけなら間違うかもしれないが、よく見ればきゅうりとすいかの区別はつく。しかし残念なことに、俺達がつかっている文字が一般的になったのは千五百年程前の話だ。日誌には古い時代の文字がつかわれていて、すいかなのかきゅうりなのかははっきりしない。けど、バターで和えたきゅうりとすいかなら、きゅうりのほうがパンに合いそうだろう? イーアイでは五百二年前から正式なサンドウィッチはきゅうりが具材って法律で定められているし、おそらくきゅうりだろうとされてる。公平を期して云えば、すいかの可能性も勿論充分あるし、甘いサンドウィッチってのもうまいけどな」
たかがサンドウィッチに、法律まで出てきて驚いた。その国では重要な郷土料理なのだとすれば、法律を定めて保護しようとするのは当然なのかもしれないが……。
「最後はパン。パンは今ではパンという。って云っても、お前にはわからないな。とにかく、昔と今ではパンの発音は違う。昔の呼びかたは、焼きたてのパンがたてる音が語源とされてる。今の呼びかたは、もとはズフレールの呼びかただ。あっちから言葉がはいってきた」
「ズフレールって、海の向こうの国か?」
「俺達が育てたじゃがいもを買いとってくれてる国だ」
そうだ、それも不思議なのだ。この世界ではじゃがいもがかなり普及している。昔のヨーロッパのような場所なのに、どうしてじゃがいもがあるのだろう。それにも強烈な違和感があるのだ。農家で働いているから、じゃがいもそのものであることは間違いない。どうしてヨーロッパにじゃがいもがある?
ミルスがあいた手をわたしの目の前で振った。わたしははっと我に返る。
「すまん」
「いや、話が逸れたのがよくなかった。とにかく、サンドヴィエルチィはそういう意味の名前だ。で、もう少し説明を聴いてもらわないとならない。サンドヴィエルチィがどうしてサンドウィッチになったのか? とお前は訊きたいだろうからな」
まったくそのとおりなので、わたしは黙って続きを待った。ミルスはうっすら苦笑している。
「いいか。この国とイーアイの文字、言葉はかわらない。もとは同じ国だったからだ。異世界の人間がもらえる言葉の祝福は、もらった土地による。お前は俺達と同じ言葉を喋っている」
「ああ、教会でそう聴いた」
「よし。俺達の言葉は、幾つかのものがつながった場合、変化することがある。決まりがあるんだ。名前でない限り、濁音は連続せず、ふたつ目が清音に変化する。ケンバトロザは古い形だとケンバドロザェだ」
「ということは、サンドヴィエルチィだから……サンドウィエルチィ?」
「そうだ。そして、イーアイ南部の訛りで、ルやロが促音にかわることがある。タブレウは南部にあると云ったよな」
「サンドウィエッチィ」
「そうなるな。そしてこれはまた俺達の言語全体の話だが、促音の前のイ、エ、オを省略することがあるんだ」
「……サンドウィッチィ、になるな」
「そのとおり。お前が疑問に思っているかもしれないから云っておくが、俺達の言語は喋りで変化が起こったら書く場合にもそれを適応する。例えば、サンドヴィエルチィと書くが読む時にはサンドウィッチと発音する、というようなことはしない。文字はそのまま読む。だから、書き言葉が間違われたり誰かが勝手に変化させたら、それが波及して一般化してしまうなんてことも起こる」
ふむ。あらたしいがあたらしいにかわったようなことだな。大学でフランス語を学んだのだが、文字と発音に非常に乖離があるように感じて苦手だった。そういうことはないのだろう。
「次が最後だ。千五百年くらい前、この段階でもう表記はサンドウィッチィになっている。つまり一般的にそう呼ばれていたということだ。そしてその当時の国の宮廷の慣例として、ラ、ム、プ、ミ、ク、ィ、ェ、シなど、数字と見間違いやすい文字が最後に来る場合、省略するというものがあった。俺達の言語ははものの数量をそのものの後ろに書く。例えばサンドウィッチィ七を用意せよと書いたのを、サンドウィッチ六十七用意せよと読み間違えるようなことが起こりかねない。数字と間違いやすい文字が最後に来るものはすべてに間違う可能性があった。間違いが続けば財政に響くよな。だから省く。今でも学者なんかが論文を書く場合はこれをする。ろくでもない勘違いが発生しかねないから」
―と-を読み間違える、ようなことだろうか? 成程、理屈としてわからなくはない。
「それで、いろんなものが最後の文字をとられた。宮廷がそういうふうに表記していたから、御用商人達もそれに倣った。自然と民衆もそれを真似するようになり、段々とサンドウィッチと書かれ、呼ばれるようになっていったんだ。サンドウィッチに限った話じゃないがな。ケンバドロザェも今はケンバトロザになった。これからも変化するかもしれないが」
「そうか……そういう起源だったのか……」
「ああ。これでお前の好奇心は充たされたか? 勤勉な地球人」
ミルスのふざけた云いかたに、わたしは苦笑して頷いた。彼はわたしを、よく、勤勉な地球人とからかう。こちらの世界のひとにすれば、異世界からやってくる人間達のなかで一番勤勉で真面目で、そして融通が利かないのが地球人なのだ。
「地球では何故サンドウィッチというかも説明できるぞ」
「え?」
「お前達はサンドウィッチ伯爵という賭事好きの人間を引き合いに出すが、それは間違いだ。こちらの世界の人間が地球へ行ってサンドウィッチという名前でこれをつくった。それがひろまって、サンドウィッチという名前になった」
唐突に云われた予想外のことに、わたしはしばし口をぱくつかせるだけだった。しかし、我に返って反論する。
「そんな……そんなばかなことは信じられない!」
「この国の記録に残っている。約三百年前のことだ」
「記録があると云われても」
「じゃあ訊くが、サンドウィッチ伯爵がサンドウィッチをつくったという確固たる証拠はあるのか?」
言葉に詰まる。そんなものはない。昔、歴史小説を読んでサンドウィッチが出てきた時に違和感を覚え、調べたことがある。サンドウィッチ伯爵が名前の由来であるという説が濃厚ではあるが、確定ではないという書籍やホームページしか見付けられなかった。
ミルスはすらすらと喋る。
「記録は頭にはいってる。正確に云えば、サンドウィッチという名前が地球に伝わったのは、こっちの世界で三百十七年前のことだ。タイルという宮廷庭師が、庭木の剪定中に地球へ行ってしまった。彼は言語の才能があり、地球の言葉をすぐに理解した。庭師として働きたかったが、庭の形式があまりにも違うので彼はどこでも相手にされなかった。仕方がないので様々な仕事に就き、金持ちに気にいられて料理人になった。その時に、うすく切ったパンにうすぎりのきゅうりをからしバターで和えたものをはさみ、サンドウィッチという名前で提供した。彼は三十七年間料理人として働いたが、ある日庭を散歩しているとこの世界の宮廷に戻っていた。こちらへ戻る前には、パンにからしバターを塗ってうすぎりのきゅうりをはさんだものが、その金持ちの城の周辺ではサンドウィッチと呼ばれていたという」
「それが公的な記録なのか?」
「ああ。教会にも写本が残ってる。タイルが残した地球の文字や地球の文学、地球の昔話などは、地球から来たお前の同胞が地球のもので間違いないと裏付けている。タイルが嘘を吐く理由はない。サンドウィッチという名前はなくても、タイルが地球へ行った時にすでにパンになにかをはさんで食べるという習慣はあった。サンドウィッチという名前をひろめたからといってなんだ? 一体全体なんの自慢になる。タイルは地球という魔法のない不便なところで、四十年近く踏ん張った。それを賞賛するひとなら居るが、サンドウィッチという名前を地球に普及させたことを知っているのは、歴史家か物好きな連中くらいだ」
納得するしかないらしい。わたしは呻く。サンドウィッチの由来は、異世界にあった……?
ミルスはにやにやして、とっくにさめたサンドウィッチを口へ運んだ。
「俺からも質問をしていいか? どうして異世界人、なかでもお前達地球人は、サンドウィッチの語源とじゃがいもの起源を訊きたがる? おかげで俺は図書館通いして、そのふたつにくわしくなったんだ。今じゃ一冊本を書けるくらいだよ。お前が聴きたいなら、じゃがいもの起源を説明してもいいが、どうだ……」