十年前と夏
「眠い」
六月も終わり、いよいよ夏だ。
だが、光にはそんなことは関係ない。
光はいつでも眠い。
「まぁ、もう少しで夏休みだからな」
夏休みになれば、一日中本が読める。
そうなればウェブサイトに出ているのだけではなく、書籍の本を買って読み漁ることができる。
「それまでの辛抱だ」
まだ聞こえないセミの声を待ち遠しく思いながらも、今は伸びをして眠気を覚ます。
伸びをし終わった時、ふと思い出したかのように部屋の隅っこに置いてある写真立てを見る。
「そういえば、きみと最初に会ったのも夏だったよね?」
あの日もたしか夏だった。
〜十年前〜
光はひとりで公園に来ていた。
今日はなんだか外に出たい気分だった。
光は昔から動きたいように動いた。
五歳の割には妙にしっかりしているせいでもあったのだろう。
自分で何でもできると思っていたのだろう。
その日はたまたま親のいない祝日、『建園記念日』で両親はいなかった。
両親には家の中で待っていて、と言われたがセミの声が光の心を動かした。
(そとにでたいな)
ついそう思って、家の鍵が置いてあるタンスから一つ鍵を抜き取り、鍵を締め、鍵はショルダーバッグに入れ、公園に向かった。
ひとりで向かう公園は、いつも家族と一緒に来ている公園とは違ったふうに見えた。
向かう途中にわたる横断歩道、白線、たまに通る車、どれも新鮮だった。
何事でも起こる、一人で初めて行うときのワクワクとゾクゾク。
それを光は初めて味わった。
「あかるいな」
太陽が眩しい。
公園に着いたときのとてつもない達成感は、もう一生味わえないだろう。
「なにをしようかな?」
なんとなく外に出たかっただけで、何かがしたかったわけではない。
「う〜ん?」
とりあえずすべり台を滑る。
ジャングルジムに登る。
こんなことは両親と来たときもやっていた。
「ぼくがほかにやりたいこと……」
幼い頭で考えてみたが、なにもなかった。
ブランコをこぎながらぼ〜っとする。
今日はきれいな青空だ。
しばらく座ってこいでいたが、飽きてジャンプで降りた。
ちなみに光の通っている保育園で、五歳でブランコを飛び降れる子は他にはいない。
ひそかな光の自慢の一つだ。
大方公園の遊具でも遊んだし、他にやることもない。
ベンチに座って再度ぼ〜っとしていた。
「―――え、―み」
いつの間にか寝ていたらしい。
誰かの声が聞こてくる。
ゆっくり目を開ける。
「ねえねえ、きみ」
そこには同い年くらいに見える少女がいた。
その子は光に話しかけていた。
「ひとり?」
「うん」
光は頷く。
事実ひとりだったから。
少女は駆け出す。
砂場に向かって。
「もしひとりならさ」
こちらに振り向く。
太陽のような笑みといっしょに。
「こっちにきて?」
光も意識していないうちに足が動き出していた。
「いっしょにあそぼ?」
それから、光とその子は日が暮れるまで遊んだ。
光は女の子の振り回されながらも、どこかこちらが元気をもらっているかのような気分だった。
それはきっと、何をしても彼女が笑顔を向けてくるからだろう。
「わぁ〜、すごい。きれいなおだんごさんだ〜」
「すご〜い!! おおきなおやまさんだね〜」
「いまのブランコのおりるやつ、かっこいいな〜」
「また、あそぼ?」
いまの光は、どこかに新たな自分を見つけたみたいだった。
(べつに、新田だけにってわけじゃないけど)
家に帰ってから、光はタンスに鍵をしまったあと、どこかほうけたような表情をして両親に帰りを待った。
両親が帰ってきてから、妙に今日のことについて聞かれたのもそのせいだったのかもしれない。
その日から光は保育園から変える時に、決まって公園に向かうようになった。
今思えば、両親もその日を境に光がなに関わったことに気づいていたのだろう。
見て見ぬふりをしてくれていただけなのかもしれない。
ほとんど毎日その少女と会った。
ふたりで日が暮れるまで遊んだ。
どうやらその子は最近ここらへんに引っ越してきたらしい。
もう少ししたら光と同じ保育園に入るらしい。
(たのしみだなぁ)
数日後、その子が入ってきたときに光の表情が輝いたのは言うまでもない。
「よくよく考えれば、きみはよくおれを誘えたね」
見ず知らずの子に声をかける。
五歳の少女がよくできたものだ。
いや、
「ひょっとしたら、五歳だったからこそできたのかもね」
目の前の写真に笑みを向ける。
あぁ、今年も夏が来た。
皆さんおまたせしました、過去編です。どうせこれがみたかったんだるぉ? というか、作者自身が書きたかったです。