雨と一本の傘
「ふわぁ〜」
放課後、静かな教室に一人、眠りから覚めた光は窓の外を見た。
「雨か」
雨が降っている。
まさに六月。
「傘、持って来てないんだけどなぁ」
とりあえず向かう先は……。
下駄箱に向かう。
裏技で傘もゲットしたことだし。
「早いとこ帰るか〜」
さっさと家に帰って本を読もう。
あくびをしながら靴を取って外に出ようとする。
帰ろうとしたのに。
「何をしてるんだ?」
「見てわかりませんか?」
そこにいたのはついこの間、話をしたばかりの美少女。
黒髪を後ろで一つ縛りにしているザ、清楚系ヒロイン。
「何でこんなところにお前がいるんだ?」
「今日は放課後に用事がありまして」
琉花もまだ帰っていなかったらしい。
それにしても、
「傘は?」
「持っていません」
当たり前だ。
人に興味がないひかるでもわかる。
「親御さんの迎えは来れないのか?」
「いつも電車通学なので」
無理らしい。
「まったく、何で傘を持ってないんだ」
「逆に今日、傘を持っている新田さんに驚きです」
確かに今日の降水確率は十五パーセントぐらいだった。
「よく傘を用意できましたね」
「これ、おれの傘じゃないぞ」
勘違いしているが、この傘は光のものではない。
「事務室で忘れ物の傘を借りたんだ」
「なるほど」
学校での傘の忘れ物は多い。
光の学校では、忘れらた傘は事務室に預けられる。
光は事務室に行って傘を借りてきたのだった。
「でも、」
「あぁ、今の時間はもう事務室閉まってるな」
この時間は本当に下校時刻ギリギリだ。
次々と教室は閉まっている。
事務室も、さっき光が傘をあとに閉まってしまった。
「さて、どうするんだ?」
「どうしましょう?」
琉花はひとり、どうやって帰ろうか思考をひねっている。
そのとなりで、光も頭を悩ませていた。
つまるところ、光が傘を渡せばいいのだ。
光がこの傘を渡すのが一番だ。
というか、傘を受け取って欲しい。
雨に濡れる美少女はきれいだが、彼女は自分の書いている作品のヒロイン役なのだ。
まだ制作は始まっていないが用心しておくに越したことはない。
「なあ」
「はい?」
キョトンとした顔をする琉花。
あざといその顔の不覚にもドキッとしてしまう。
そんな内心を必死に隠して、光は言った。
「この傘、使ってくれないか?」
数秒固まる二人。
先に話しだしたのは琉花だった。
「そんな、悪いですよ」
「い〜や、お前は事の重大さがわかっていない」
そういうと、光は傘を差し出しながら言った。
「お前はおれの小説のヒロイン役声優なんだ。こんなところで風邪ひかれでもしたら困る」
「ですが、傘は一本しかないし、これはそもそも新田くんが借りてきたものです」
「そんなことを投げ出してでも、お前の病気の方が困るの」
自分の不快感よりも作品優先。
これが光が脳内で導き出した結論だった。
「だから、この傘を使ってくれ。傘は一本しかないんだから」
わかってくれたのだろうか。
琉花は傘を受け取って少し下を向いて黙っている。
それから三十秒ぐらい、無言の時間が過ぎていった。
(よし、帰ろう)
きっと理解してくれたのだろう。
琉花が受け取ってたものだと解釈して、光が家に向かおうとしたその時。
「待ってください。一本あるじゃないですか」
「はぁ? だから、一本しかないだろ?」
今度は光がキョトンとなった。
そんな光に向かって琉花は言った。
「二人で使えばいいじゃないですか」
「……はぁ?」
意味が理解できずにキョドる光に琉花は再度言った。
「だから、二人でこの傘を使えばいいじゃないですか」
「はぁ!?」
今度は光が驚く番だった。
「お前なぁ!? 自分が何言ってんのかわかってんのか!?」
「私が提案したのはふたりとも雨に濡れない方法です。」
光の叫びに琉花はうつむいて答える。
その顔は耳まで赤くなっていて真面目に提案しているんだな〜と現実逃避をする。
「なぁ、おれとそういうことをすることに抵抗はないのか?」
「……もちろんありますけど」
「だろ?」
「でも!?」
なかなか考えを曲げてくれない。
そうこう言っているあいだに、もうそろそろ学校を出ないと流石に怒られる時刻になってきた。
「おれと変な噂が立つかもしれないぞ」
「大丈夫です。私達が一番最後なので誰にも見られません」
「おい、それは無理やりだろ」
「新田さんは……」
なおも話がまとまらないふたり。
そんな中、琉花がとんでもないものを出してきた。
「新田さんは、私と一緒の傘に入るのは嫌なんですか?」
思わず見惚れてしまう。
若干、頬を赤らめながら下目遣いで言ってきた。
そんなことをされたらもう何も言い返せない。
光には言い返すコミュ力がない。
どうやら、光が折れるしかないらしい。
「はぁ、最近やけにコミュ力が大切だと気付かされるな」
「はい? なにか言いましたか?」
「いや、なにも」
そう言うと、なかば傘を引ったくるように傘を奪い開いた。
「ほら、帰るぞ。入れよ」
その言葉に、琉花は少しほうけたような顔をした後、大きくうなずいて恐る恐る入ってきた。
自分で大胆なことを言っておきながらいざ、相手から誘われると戸惑う。
その様子もまるで、
(きみみたいだ)
まだ続きます。