伍-黄鬼
■伍-黄鬼
なぜだ? 桃さんが仮病を使ったとき、「一週間待て」と言った。きびだんごを作る時間のときも、そして今も、だ。なぜ一週間に拘るのだ。それ以上長いと、都合が悪いのか?
これは、僕の賭けだ。
「だったら、一か月……待ちますよ」桃さんは何と答える。僕は返事を待った。
「いや……流石に、一か月は待たせすぎだろ」
やっぱりだ。一週間に何か意味があるのだ。僕は、自分の仮説を桃さんに投げた。
「強力な武器が手に入る、予定だった」
「はぁ?」
「だけど、武器の納品が遅れた。その遅れが一週間」どんな武器だ。「銃、大砲……弾道ミサイル。そして武器は、購入ではなくレンタル。つまり、一か月だとレンタル費が嵩むから、一週間に拘った。いったい、どんな強力な武器が届くんですか!」
「お前、さっきから何言ってんだよ!」桃さんはすっとぼけた。
「強力な武器を使うことは誰も咎めません。弱者にとって、武器や戦略を駆使して戦うことは重要ですから。ですが、約束を破ることとは話が別です!」
「弱者って、誰のことだあ!」桃さんは凄んだけど、弱い男が吠えてもちっとも怖くない。
「あんただよ! しかも、武器がないからって、仮病まで使う卑怯者に『弱者』と言って何が悪い!」
僕はそう言いながら、自分が涙を流していることに気付いた。情けない。僕が憧れた桃さんは、こんな人じゃない。
「桃ちゃんは弱くない!」目に涙を浮かべて叫ぶ梅子の言葉に、桃さんは俯いた。
「梅子さんはなんで、こんな卑怯者の肩を」刹那、「熱っ!……くっ!」背後から何者かに襲われた。
背中を斬られたのだ。玄関の扉が開いたことにすら気付かなかった。いったい誰が。ゆっくり振り返ると、そこに居たのは残心の構えをする男、桃さんだ。
――まさか!
僕が視線を戻すと、囲炉裏の傍に居るのは梅子だけだった。
桃さんは、瞬く間に僕の背後に回り、刀で背中を斬ったのだ。
――速い。いや、速すぎる。
油断したいてわけじゃない。あそこまで言えば、我慢できずに攻撃してくることも想定していた。
自分の背中に手を回し、傷口に手を触れると、そこには血がついて……いなかった。当然と言えば当然か。鬼の皮膚は、人間のそれの数倍硬い。僕は安堵した。いくら速く動けても、刀が鈍らでは意味がない。が、桃さんが構える刀を見て驚いた。僕の方に向いていたのは刀の峰、つまり、峰打ち――
流血するはずがないのだ。
――桃さんは、強い。
力では赤鬼さんが勝るとしても、この速さと太刀筋の前では、無力――
だったら……「なんで戦わないんですか!」
そこで、今まで成り行きを静かに見守っていた爺さんが、口を開いた。「桃太郎には、覚悟がないんだ」
桃さんは静かに刀を鞘に戻した。その表情は髪に隠れて、背の高い僕からは見えなかったが、真一文字に閉じる唇だけは見えた。
「――覚悟?」なんの覚悟だ。
爺さんは煙管を咥え、こちらに目を向けることなく言った。「命を奪う覚悟だよ」
命を奪う、覚悟……