肆-桃太郎
■肆-桃太郎
「なんだよ! この『日本一』ってのは!」もちろん、これは俺の難癖だ。
梅子は頬を膨らませて、不貞腐れている。梅子の演技も板についたもんだ。
俺が手にしている幟には「日本一」と書いてあり、文字の上部には桃の絵が描かれてある。梅子が作った幟だ。
「格好いい幟じゃないですか」黄鬼が言った。
「あのなあ、俺は日本中の剣豪と勝負したわけじゃねえんだぞ? 何をもって日本一なんだよ! 日本一だっていう根拠がねえだろ」
「だって、桃ちゃんは日本一じゃん!」今にも泣きそうな梅子の演技力は想像以上だ。
「だからその根拠がねえって言ってんだろ!」
すると、梅子は大股で歩き、物置から墨と筆を持って来た。そして、墨の付いた筆を構え、幟の桃の絵の部分に向かわせた。
「お、おい! 何するつもりだ!」
「『日本一』の上に『西』って、書くの!」
「弱くしてどうすんだ!」
「だって、桃ちゃんは日本一じゃないんでしょ!」梅子よ、その溢れ出る涙と鼻水も、演技だよな?
「いいか、考えてもみろ。自分で『俺は日本一だ』って言ってるヤツを信用できるか? 『あいつは日本一の幟を着けてるから日本一だ』なんて、誰も思わねえだろ。周りの人間が『桃太郎はやっぱり日本一だよね』って言うから、信用するんじゃねえか」俺は優しく諭した。
「じゃあ、なんて書けばいいの」
「そりゃあ」俺は、少し悩んでから言った。「『みなさんに日本一のお墨付きをいただいています』とか?」
黄鬼は汚れた動物を見るような、哀れみの目を俺に向けた。が、これでいい。
「でも、そんなの書く場所ないよ」梅子よ、その通りだ。
「じゃあ、幟を作り直さないといけねえな」ここで発動だ。「黄鬼、一週間ばかり……」
黄鬼は、床をドンッ!と踏んだ。地面は振動し、家はミシミシと音を立てた。黄鬼が怒っているのは明らかだ。
「黄鬼、お前の気持ちは分かる。だが、幟を作り直さねえと話になんねえだろ」
「じゃあ、もう幟なんか無くてもいいじゃないですか!」
「幟がなかったら、ペットの多い男が散歩をしてるだけだと思われんだろうが!」
「だからって、一週間も」黄鬼はそこで言葉を止め、思案顔になった。
もしや、気付かれたか――