壱-黄鬼
■壱-黄鬼
「桃太郎はまだか! 何時間待たせる気だ!」
天をも切り裂くほどの赤鬼さんの怒号は、鬼ヶ島全土を揺らした。
老若雌雄、五十体を超える鬼たちは、桃さんに対して怒る者、赤鬼さんの咆哮に怯える者、様々だが、僕は完全に後者であった。
「黄鬼、今すぐ桃太郎を連れてこい!」いつも冷静な青鬼さんですら、感情を剥き出しにして言った。
僕は走った――
海を小舟で渡ってから、かれこれ二時間は休まず走り続けている。日差しが容赦なく照り付ける。僕が必死の形相であることは、鏡を見なくても明らかだ。
そもそも、こうなった責任は桃さんにある。
「二十日後の巳の刻、鬼ヶ島で首を洗って待ってろ! 全員ぶっ殺してやる!」農作物を荒らしたり、家畜を奪ったり……暴れる鬼たちに怒り狂った桃さんは、刀を僕たちに向け、そう宣言したらしい。
その「二十日後」である今日、いつまで待っても現れない桃さんに対して、赤鬼さんたちが怒るのも無理はない。
桃さんの家に向かう途中、青鬼さんに出された別の指令を遂行するため遅くはなったが、なんとか未の刻には、桃さんの家の前に到着した。途中、鬼ヶ島に向かう桃さんに出くわすことも期待していたのだが、そうはならず、結局ここまで来てしまった。
ここに来るのは何年振りだろう。
辺りは、鳥の鳴き声と風の音以外、聞こえるものはない。静かだ。外から見る限り、家の中に誰かがいるような気配もない。もしかすると、どこかで桃さんと行き違いになったのか。そう思いながら、僕は入口の扉を開けた。
静かな部屋。その中央、囲炉裏の傍に何かがいる。背中を向けて倒れている男……
「桃さん!!」
【動画版はこちら】
第一話
https://youtu.be/500Lyw0t2qs