耳の後ろはほわほわ
初めての作品なので至らない点が多々あるかと存じますが、銀河系よりも広い心でお読みいただけるとありがたいです。
「……っっくっしゃん!」
ーーズキン!
(あいたっ!!うわぁ、頭痛ぇ……)
思わず右手を頭に当てようと動かす。
(あれ?なんだか上手く動かない)
視界もモヤがかかったようにボヤけててよく見えない。かろうじて分かるのはぼんやりと色だけ。床に倒れてる……?
頭痛はともかく、体の痛みは……特に無さそうだ。視界を何とかしようと今度は左手で目をこする。ぐしぐし。
(んん?俺の顔ってこんなだった?)
目をぱちぱち、両手グーパー。
(やっぱり動きづらい。体に違和感。うっすら見える手が黒い。まぶたに当たる感触がちょっと もふっとしてた。あ、手袋か。……俺黒い手袋持ってたっけ?)
しばらく瞬きしてたら徐々に視界が晴れてきた。自分の手をじっくり見る。
…………!!!
(なんで!?なんで俺の手が動物の足!?)
呆然
(いやいや、ちょっと待て、ちょっと落ち着こう。コレは夢じゃないか?普通にありえないから。たぶん夢だ。そう!夢!確か明晰夢ってやつ?)
とりあえず頭痛がこないよう、そろ〜っと頭を動かして自分の体を確認。夢にしては妙にリアルな感覚だけど気にしないことにする。
(やっぱり足も動物の足か。絶対夢だわ。だって俺人間辞めた記憶無いし!)
夢見て自分が動物になったのは初めてだ。
目が慣れてきたらキラキラした山があるのに気づいた。
(何だあれ?)
ゆっくりと“伏せ”の体勢まで持っていく。
頭痛はあの一瞬だけだったけど念のため立ち上がらずに匍匐前進で近づく。ず〜りず〜り。
(あ、金貨だ。この光景なんか見たことあるな。……あれだ。ジョニーが当たり役だった海賊映画のワンシーンと似てる)
部屋の中央あたりに金貨の山。その隣に色がついた大きな宝石や、じゃらじゃらした大ぶりのアクセサリーが金貨の山の3分の1くらいの高さの山になってる。その向こうには剣が一本、壁に立てかけてある。
(おお!自分の姿はともかく置いてある物がファンタジー!映画のセットってこんな感じかな)
周りをよく見てみればけっこう広くて洞窟っぽい。映画みたいに岩肌がゴツゴツしてないな。光源はよく分からないけど金属に反射してるのか意外に明るい。他に人や動物の気配はない。訳分からん状況だと逆に1人なのが安心する。体調も落ち着いたようだし立ち上がってみる。よいしょ。
(よし、大丈夫そうだ)
まずは移動してみなきゃ始まらない。歩いてみよう……歩………………。
(四つ足の時の歩き方って!?)
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
練習の甲斐あってなんとか歩けるようになった。
さてさて、幼少の頃に本読んで空想世界の冒険に憧れた身としては剣を間近で見たい。出来ることなら握……れないんだった。ちっ。
近づいてじっくり観察してみると刃毀れしまくり。全体が傷だらけで俺の姿は映らない。
ふと近くに置いてある大きな壺に目が行く。ずんぐりしたシルエット。つるっとしてるしこれなら鏡の代わりになるかな、と近づいて覗き込む。
うにょ〜んと歪な映り。黒い犬っぽい姿が見える。
(シェパードとか狼みたい。犬の中で一番好きなタイプだ。にやり)
自分の姿に満足して引き続き探索。
雑多に置かれた樽だの壺だのを避けながら唯一の出入り口に行く。そっと外を覗いて様子を見る。今いる場所の地形を上から見ると勾玉みたいな形なのかな。部屋の外は光がなくて真っ暗。こっちも人や動物の姿なし。
(真っ暗だ……)
なぜだろう?暗いのがめちゃくちゃ怖い……。なんだか泣きたくなるくらい怖い。大人だから泣かないけどな!
ちなみにもっとぶっちゃけるとモンスターは好きでもオバケは大嫌いだ。
(落ち着け、俺。頑張れ、俺)
とりあえず、最初に居た場所まで戻って“伏せ”をする。
これからどうしよう。
暗闇とオバケはマジで無理。冒険小説なんかを読む時はありがたかったはずの豊かな想像力がこんな時まで仕事する。何の音も聞こえない。耳が痛くなるほどの静寂。お陰で怖さ倍増。
なんか疲れてボーっとしてきた……。犬が寝る時みたいに前足を揃えて顔を載せる。
(ここは安全なはず……。そう思わないとやってられない。でもなんで目ぇ覚めないんだよ。もういいよ……)
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
犬のストレス解消の行動の一つらしい。気づいたら前足を舐めていた。しっとり。
(マズっ!いや、本物の犬だって美味しいから舐めてるわけじゃないだろうけど!うわ、口の中に抜けた毛が入った)
吐き出そうにも人間の時のようにいかないし、結局にっちゃにっちゃ口動かして無理矢理飲み込む以外出来なかった。
(なるほど、だから猫はあえて草食べて毛玉吐き出すのか。って今の俺は犬だか狼だ)
途方に暮れて目を閉じる。
(喉渇いたな……)
ここに水はない。俺はここから出られない。出られないなら誰か呼ぶ?
誰かに危害を加えられたところで夢は夢だしな。大声出してみるか。
「誰かー!誰かいませんかーーーー!?」『かーーーー』『かーーー』『ーー』
……………………。
良かった。遠吠えじゃなくて。
…………!!!
(あっ、あっ、なんか怖いのがくる!)
デッカくて怖い気配が近づいてくるのがなぜか体感で分かる。
(どどどど、どうしよう…!?隠れる!?向こうからキッチリ見えないように隠れてやり過ごす!?でもそれだとこっちからも見えない!何が来るのか確かめないと余計怖い!)
金貨と宝石の山の間の陰に隠れながら、すぐに逃げられるよう体勢を低くする。ちょっと耳が見えるだろうから頭にぺったりさせておく。意地でも動かさないぞ!
ゆっくりと、でも確実に近寄ってくる気配。
本能で圧倒的な力を持つであろう未知の存在に恐怖する。
(暗闇なんか目じゃないほど怖いぃいいいい!尻尾が後ろ足の間に勝手に収納されてるぅぅう!)
息は上がり、体が震える。
(あああ、これでもし怖ションしちゃったら尻尾が悲惨なことに……!)
自慢じゃないけど人にはモテずとも動物にはモテた。久しぶりに会った犬に嬉ションされたことも一度や二度じゃない。まさか自分が感情によるお漏らし(まだ未遂)の憂き目に遭うとは思わなかった。
デッカいモンスターってどんなのがいたっけ!?
トロール、リヴァイアサン、バハムート、ウロボロス、サイクロプス……。
どう考えても仲良くなるより一方的に蹂躙されるイメージしか湧かない。
(やばい!でもここで音立てたらエライ事になる!ああ!もう、すぐソコまで来た!!)
目をこれ以上開けないぞってくらい見開いて、出入り口の上の方を瞬きも忘れて凝視する。
ーーちょろっ…サッ
(……!?!? 下のほうで何か動いた……?)
ーーーちょろっ……
(………………………は?)
2、3歳くらいの子供がコソッとこっちを覗いてる。隠れてる俺をまだ見つけられてないようで、あっちこっちに視線が動いてる。……いやいや、まさかまさか。だってあんなに怖い気配を出してるのがこんな小さい子の訳がない。だとすると確実にあの子のすぐ後ろに“ヤツ”は居る……!!
「だれか いましゅか……?」
(ちくしょう!敵(?)の仲間だと分かってても可愛いな!)
ーーチャリ…
(はぁあああ!!俺のバカーーーー!!!動揺してちょっと足動かしたら金貨に当たってしまったーーーーー!!!!!)
音を立てたせいで子供に正確な場所がバレた。間違いなくこっちを見ている。
(ですよねーーー!(泣))
「あの……犬しゃん、そっちいって(行って)も いいでしゅか……?」
しばらく返答出来ずに困っていると、子供はしくしくと静かに泣き始めた。
(ああああ、なんでこんな幼気な子供泣かしてんだ俺は!?もう良いや!後ろで控えてる怖いのも来るだろうけど、どうせ夢だ!ええい、どうにでもなれ!)
「分かった!良いよ!こっちおいで!」
ーーービクッ!
(しまった!怖がらせた!)
「大きな声出してごめん。こっち来て良いよ」
子供は時折りしゃくりあげながら、おずおずと近寄ってくる。
頭の片隅で子供に注意を払いながらモンスターの出現に備える。
(…………モンスターが出てこない。俺を襲うつもりなら子供に注意が行ってる時にこそ隙を突くもんじゃないのか?なら襲う気はない?それに怖い雰囲気というか存在感はこの子が放ってる気がする……)
背中と言わず全身の毛がぞわぞわと逆立つ。
(やっぱりこの子から怖いのが出てる!…………?? 子供も俺を怖がってる?)
黒い髪に紫の目。こんなに小さくても泣き顔なのに目鼻立ちが整ってる。普通泣き顔ってどんなに美人でも崩れるのにな。う、羨ましくなんかないぞ……!
「犬しゃん ごめなしゃい。ボク、こわいよね……」
金貨と宝石の山の間の窪んでる向こう側から子供が俺に問いかけてくる。なんでこんな小さな子がそんなに気ぃ遣ってるんだよ……。確かに怖いけどさ……。
ここは大人の懐深いところを発揮するべき時だ。
「いや……そんな事…………なぃょ……」
(言葉に詰まって語尾が小さくなって説得力皆無!)
「おや、神狼がいる。しかもメラニズムとは珍しい」
「!!!」
右後方、すぐ近くから声がして慌てて左側に飛び退って対峙する。
(警戒してたのに近寄ってきてたのが分からなかった……!)
「誰だ!?」
「そこにいる子の父親だよ。ルーク、こっちにおいで」
子供はパァっと明るい表情になって俺のいる小さな宝石の山のほうからじゃなく、金貨の山のほうを遠回りして父親に走り寄る。
「息子がすまないね。この子はワケあって魔力を抑えられないんだ。ゆえに周りに仲良くしてくれる存在は私とこの子の母親以外いなくてね」
男の子だったのか。ルークくんを抱っこしながら父親は話し始めた。敵意は……無さそうに見える。この父親、見たところ20代後半くらいで男の俺から見ても大人の色気ダダ漏れのドエライ美形。さすが親子というべきか。父親は目の色が紅いくらいで、ルークくんが成長したらこうなるんだろうな。少し着崩した白いシャツにボタンが付いたベスト、ベストは背中側と胸の方では切り替えで色が違う。背中は濃いグレーで胸のほうは落ち着いた赤い色。下は黒いチノパンっぽい。長身で脚長。う、羨ましくなんかないz(以下略)
「そ、それは寂しいな」
「そう。そして母親は魔力に充てられて体が耐えられなくなって……」
「まさか、亡くなった!?」
「いや、今人間界にある教会でお祓いの真っ最中だ」
「紛らわしい言い方!!」
「ははは。それは失礼した」
「ん?今人間界のって言った?」
「そうだね」
「ってことは、もしかしてここは人間界じゃないと?」
「ご明察」
「じゃあ おたくさんも人間じゃない……?」
「そうなるね」
「えええ……なんかもう夢なのについていけない」
「おやおや、夢じゃないよ。現実だよ。げ・ん・じ・つ」
「俺は人間だ!人間辞めてないし認めない!こんなのが現実だなんてぇええ!」
「ああ、だからか」
「何が……?」
「君は神狼らしさがあんまり無いんだよね。メラニズムの見た目も手伝って」
「シンロウって神狼か!やだ、なにそれカッコいい。じゃなくて!なんで俺こんな状況なのかさっぱり分かんないんですけど……」
「まぁ、そうだよね。これは私の推測に過ぎないけど、たぶんそんなに外れてはいないと思う。実は少し前、この世界で前触れなく大規模な“揺らぎ”が発生したんだ。その揺らぎは本当に一瞬だった。そして神狼クン。君の世界で君の体にも何か起こったんじゃないかな?神狼クンの体の持ち主だった元の魂は今気配すら感じ取れない。ここは君の世界で言うところの異世界ってやつで、交わるはずのない平行世界の次元と、お互いの体に何か異変が起こったそのたった一瞬だけのタイミングがぴったり一致して、結果入れ替わったんじゃないかと思うんだ。なんの力が働いたのか、なんで神狼がここにいたのかの理由は分からないけどね」
「じゃ、じゃあ俺はもう元の世界に帰れないかもしれないってこと……?」
「その可能性は極めて高いね」
「ウソだ……。誰かウソだって言ってくれ……」
「現実逃避してるとこ悪いんだけど、せっかくだから私たちにちょっと協力してもらえないかな」
「メラニズムって!?」
「…………アルビノの真逆で全身真っ黒な個体を指すんだ。かなり希少な存在だよ」
「……おたくさんは何者?」
「いわゆる【悪魔】と呼ばれている。で、協力の期待をしても?」
「俺は犯罪や誰かを傷つけるための協力はしませんよ」
「そんな事は頼まないさ。悪魔といっても便宜上そう言われてるだけなんだ。天使じゃない、人間でもないからね」
「俺は何をすれば?」
「ありがとう。ルークと少し遊んでやってくれないかな。できれば友達になってやってくれると助かる。その代わりと言ってはなんだけど、今後君の住む場所を提供しよう」
「…………了解です」
「ここは物が多すぎる。まずは私の執務室へ行こう」
ルークくんの父親が右手の指先からほわん、と球体の灯りを出した。
これは魔法か!初めて見た!
灯りはふよふよと宙に浮いて暗かった廊下部分を明るく照らしながら先導する。
明るいのに眩しくない。魔法すげぇ。
いくつかの分岐点を経由して執務室に入る。
扉無いの?業務上の内緒事とかどうするの?
父親はソファに座ると抱っこしてたルークくんを膝に乗せた。
俺は対面するように反対側のソファでお座り。
「ここは人間界と魔界の間でね。位置はどちらかといえば魔界寄りかな。お互いにいつでもやりとりできるよう、敵対心はないというアピールのためもあって執務室に扉は付けてないんだ」
「人間と仲が悪い?」
「悪魔と呼ばれてても害を及ぼす気は毛頭無いんだけどね。しかし我々は魔法が使える。どうも“ヒト”というのは自分達と違う存在には寛容でいられないらしい。もっとも全てのヒトがそうではないだろうし、それは我々にも言えることだね。それでも表向き“仲良く共存”という体を取らざるを得ない限り、最低限の平和的なやり取りのポーズは必要なんだ」
「ふぅん……」
「ところで君は何が好きかな」
「え?何が好き?……動物と本?」
「……聞き方が悪かった。お腹が空いてるだろう?食べ物は何が好きかな?」
「ああ。一番好きなのはばあちゃんの豚汁で基本的にはなんでも食べます」
「君のお祖母様の豚汁とやらはさすがに用意できないが、さしあたって我々がここで普段食べている物を出そう。後でちゃんとしたものを用意するから」
「あ、狼は分からないけど犬には味の濃いもの、特にネギ類やチョコレート、葡萄、ナッツ類も止めてほしいです」
「……君なかなか順応が早いね。素晴らしいよ。普通の動物ならそうだろうけど、今の君は神狼だ。体に合わないものを無効化する力がある」
「ええ!神狼ってそうなの!?すげえ!」
「神狼が持つ特性として、たとえ大きなケガを負ったとしても、回復が早いからすぐに動けるようになるはずだ。それでも無理はしないほうが良いけどね」
「そうか、なるほど。ありがとうございます」
アスタロトさんが指先をパチンと一度鳴らした。出されたものは見慣れない、知らない種類の果物がたくさん。それと水。
「こんなものですまないね。我々は少々忙しくて温かいものや手の込んだものを口にする時間すら実は惜しいんだ」
「いえ、用意してもらえるだけありがたいので、お気になさらず」
ソファから降り、用意された食べ物のほうへ向かう。果物は一口大に切って皿に盛られ、隣には少し深い皿に水もたっぷり。首を下げないで良いように床に直置きじゃなく、丁度いい高さの台に載せられて、至れり尽くせり。
(なんか俺が持ってた悪魔のイメージと全然違うな……)
なにはともあれ、ありがたくいただきます。はぐはぐもぐもぐ。うんめ。
「アスタロト様、こちらにいらっしゃいましたか。ハッ!ルーク様……!」
「私が抱っこしている間は威圧感は無いだろう?ベルゼバブ、君もいい加減慣れたらどうだい?」
「威圧感が無いのは結構ですが、ルーク様の気配までもが消されてるのですよ……。なんと! 神狼がなぜここに!?」
「いや、俺も分からないんですよね」
(アスタロトさんに抱っこされてると威圧感が無くなるのか。俺自身に起こったことが衝撃的過ぎて怖いのが分からなくなってるのかと思ってた。……それはそうと、なんか名前聞いてると、2人ともものっすごい有名な悪魔なんだが……。でその悪魔が恐れるほどの威圧感を放つルークくんって……)
「ああ、いまさらだけど私はアスタロト。真名は一族以外は側近にも知らせないからきちんと名乗れなくてすまないね。この子は人間とのハーフでルーク・ブルーフォレスト。ブルーフォレストは母親の家名だ。こっちは側近の……」
「ベルゼバブと申します。以後お見知りおきを」
「ご丁寧にどうも。俺……私は…………あれ?名前忘れた……」
「アスタロト様、これはどういう事です?」
「どうやら彼は元の神狼の魂と入れ替わってしまったらしい。彼はこことは別の世界で暮らしてた人間だそうだ」
「なるほど……」
ベルゼバブさんはそう言って何か思考し始めた。
この人(人じゃないけど)も美形だ。アスタロトさんとは違うタイプの。銀色の髪にグレーの目。20代半ばくらい。アスタロトさんと同じような白いシャツに濃いグレーのチノパンっぽいパンツ。ベストの代わりに迷彩柄みたいにいろんな淡い色が使われた生地(シフォン生地ってやつ?)を、動くのに邪魔にならない程度に腰に結んでる。蝿の王なのに蝿との共通点が見つけられない。逆に穏やかな色気と爽やかさを纏ってる。色気と爽やかさって同居できるもんなんだな……。しかしこの世界は長身脚長の美形しか存在しないのか!? う、羨ましくなんかn(以下略)
「では私も仕事が立て込んでいるからそろそろ仕事に戻ろう。と、その前に君たちが遊んで良い場所に行かなくてはいけないね」
そう言ってアスタロトさんはまた指を鳴らした。
気づけばさっきの執務室と景色が違う。
「???」
「ここは執務室の隣にある多目的な空間。パーティー会場にしたり、大人数の人間たちとの会合に使ったり。私が狭いのが好きじゃないから広さだけはある」
「何もないここで何をしろと?」
そう言ってアスタロトさんを見上げると、彼はまた右手からさっきの灯りよりも明るさを抑えた野球ボール大の球を一つ出して、ぽーんぽーんと上に投げてはキャッチする。
俺の視線はそのボールに釘付け。ウズウズ……。
その様子を見たアスタロトさんは徐にボールを遠くに投げた。
(ああ!人間の俺は追いかけるつもりは無いのに、体が勝手に追いかけてしまうぅうう!)
床が少しデコボコしてるせいで予想もしない跳ね方をする。
「君の世界にあるものより跳ねるようにしてみたから、しばらくは楽しめるんじゃないかな?壊れたり消えたりしないから安心して遊んでほしい。では私は戻るよ」
左手に抱えてたルークくんを下ろすとアスタロトさんは指を鳴らして消えた。
ルークくんの威圧感再び。
ようやく捕まえたボールがポロっと口からこぼれた。
ーーーてん、てん、てん……コロコロコロ……
「「………………」」
「俺しゃん……ごめなしゃい……」
(!!! しっかりしろ!俺!ルークくんはこんなに良い子だ!威圧感はこの子のせいじゃない!)
「いや、ルークくんは謝らないで良いんだよ。俺が慣れるから大丈夫!」
ノロノロと落ちてるボールを口で拾ってルークくんのそばまで持っていく。
(俺は神狼。体に合わないものを無効化できる神狼)
ルークくんの小さな手にボールを渡す。
ルークくんはびっくりした顔をしたあと、アスタロトさんに見せたのと同じように嬉しそうな笑顔になった。
「投げて。遊ぼう」
ルークくんは遠慮がちに、ぽんと投げる。
まぁ2、3歳じゃ遠慮しなくたってそんなに遠くに投げられないよな。まして野球ボールくらいの大きさだし。
コロコロ転がったボールを拾ってルークくんから少し走って離れる。
ルークくんは戸惑った顔をしている。
俺は咥えたボールをブンっと首を振ってルークくんにぶつからないように投げ返した。
跳ねる軌道がめちゃくちゃで、ルークくんはきゃっきゃと笑いながら跳ねて転がってようやく止まったボールを捕まえる。
そうしてしばらくボールの投げ合いっこを続けてたら、ルークくんがちょっと派手に転んだ。
「ふぇ……」
ありゃ、今のは痛いな……。そばに駆け寄ってルークくんが立ち上がるのを待つ。
「大丈夫!ちょっと頑張ってみよう?はい、立って!」
ひっくひっくと泣きそうになりながら、ノロノロと立ち上がる。
「おー、ルークくんは強いな!よく頑張ったね!」
そう言ってほっぺたをベロンと舐めた。しょっぺ。
ルークくんは驚いて固まっている。何が起きたかいまいち理解できないようで、ちょっとボーッとしてる。
「どした?嫌だった?」
ルークくんはぶんぶんと横に首を振って俺の首元にぎゅっと抱きついてきた。
「うえぇぇええん!」
(あー、そうだよなぁ。こんなふうに仲良くしてくれる存在は両親以外いなかったんだもんなぁ。そりゃ寂しいし、悲しかったよなぁ……)
俺はお座りしてしばらくルークくんのハンカチ役を務めつつ、落ち着くのを待った。
(抱っこしてやりたい。人型だったら良かったのにな……)
完全に泣き止んではいないけどルークくんがおずおずと手を離したと思ったら、ペタンと座り込んだ。
一瞬焦ったけど、どうやら運動して泣いて疲れて電池切れらしい。
倒れこみそうなほうに素早く伏せて地面にぶつからないようにする。
狼の体は不便だ。寝ていい場所まで移動させてあげることも出来ない。せめて冷たくないようにもふもふの毛でなるべく包んでやろう。爪で傷付けないよう苦労してなんとかルークくんを抱き込んでお腹に乗せる。
(ふぁ〜あ、俺もなんか眠くなってきた)
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
(ん?頭を撫でられている……?)
ハッと我に返って目を開けるとルークくんが小さな手で俺の額の少し上あたりを優しく撫でていた。俺も疲れていたようだ。
俺が起きたんでルークくんはお腹から降りてくれた。
くぁっとアクビしてから起き上がって伸びをする。
「ルークくんは痛いとこないか?大丈夫か?」
「うん、ボクだいじょうぶ」
「じゃあ悪いんだけど、右の耳の後ろのあたりをちょっと掻いてくれないか?モゾモゾして痒いんだ」
「えーと、みぎ……?」
俺はお座りしてから右前足をぴこぴこ動かしてどっち側か教える。
「わぁ、ほわほわ♪」
そうだろうそうだろう(ドヤ顔)。耳の後ろの毛は特に柔らかいんだ。ルークくんはカシカシ掻きながら手触りが気に入ったようで、嬉しそうに言った。
(ルークくんはまだ知らないだろうな。動物がお腹を上にしたり、後ろ姿を見せるのは信頼してる証なんだよ)
「あー、……背中も痒いから掻いてくれるかい?」
「うん!」
俺はこれから楽しく過ごせそうな予感がした。
ーー完ーー
補足① アスタロトさんが執務室に行くときに指をパチンとしなかったのは、俺くんを案内しながらどんな場所にいたのか見てもらおうという意図がありました。
補足② 実は俺くんが無効化できるのは物理的に毒や害になるもので、威圧感には無効化能力は効きません。が、思い込みの力で克服しました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「たのもう!!」
「おや、俺くんいらっしゃい。うちまで来るとは珍しい。どしたん?」
「作者、柴ぽめに物申しにきた!っつーか文句言いに来る以外にないでしょ!俺の扱い酷いよね!?」
「そうかな〜?」
「異世界転移してるのにお約束のチートが無いとは何事だー!待遇の改善を要求する!」
「ぇぇ〜……」(めんどくさい)
「しかも俺の名前が無いままじゃないか!今すぐ付けるのも込みだ!」
「ほぅ。良いのかね?私のセンスで名前付けて良いんだな?後悔しないね?」
「ハッ!そういえばルークくんの家名もブルーフォレストだった……。直訳すると青い森。青森……!」
「いや、だって都道府県名って英語にするとカッコいいじゃんかさー」
「あんた青森県に行ったこともなければ、縁もゆかりも無いのにそのチョイスってどうよ?」
「青が一番好きなんだから良いんだい!俺くんに文句言われる筋合いは無いと思うぞ!」
「じゃあもし続編とか新作出すことがあったら、また都道府県名使うのか……?」
「そりゃもちろん。日本で生まれて育って、ん〜10年。海外旅行すら行ったことないもん」
「海外旅行どころか、今なんてプロの引きこもりと言っても過言じゃないしな」
「余計なことは言わんでよろしい(ちょい怒)」
「っつーか俺は客だぞ。茶ぐらい出しても罰は当たらないと思うが」
「茶の用意はやぶさかではないが、押しかけてきたなら手土産くらい持ってくるもんでしょーが」
「人間の言葉がしゃべれるとはいえ、他にチートの無い神狼に誰が何を売ってくれるって!?(怒)」
「大変申し訳ございませんでした」(土下座)
「俺はそのほかにも言いたいことは山程あるんだ!ルークくんが生まれてからだって……!」
くどくどくどくど……
くどくどくどくど……
くーどくどくどくど……
「分かった!分かりました!もし続編が思いついたら善処させていただきますぅぅうう!」(泣きながら)
「分かればよろしい、分かれば」(ルークくん!やったぞ!これでキミも少しは楽しい生活になるはずだ!)
というわけで続く……かも……?