第8話 脱いでもいいですか?
あけましておめでとうございます。3ヶ月ぶりです。今年もよろしくお願いします。
早いもので入学してから1ヶ月が経って明日からゴールデンウィークだ。女装にも慣れてきたけど、常にバレやしないかとヒヤヒヤして気が休まる暇がない。休みの日も油断は出来なかったのだが、しかし明日からは気を緩めても良いのだ。
「飛鳥、明日の準備は出来てるかしら?」
「もちろんです!」
「なんだかもの凄く嬉しそうね……」
そりゃそうですとも。この休暇、僕たちは麗華様のご実家に帰省することになっている。そう、つまり僕はスカートを履かなくて良いのだ。
「麗華様! 明日は早いですから早く寝ましょう!」
「そうね。寝ましょうか」
この時、麗華様は意外に素直……じゃなかった! 何してんのこの人!? 僕のベッド入ってきたんですけど!?
「何してるんですか麗華様!?」
「何って、どこからどう見ても添い寝じゃない。ちょっと添い寝、もとい同衾するくらいで大袈裟よ」
言葉のチョイスゥ! 添い寝のままでいいじゃん。なんで含みがある言い方に直したのさ。
というかすっごく良い匂いがするんですけど。シャンプーもトリートメントもボディソープも同じやつ使ってるのに何で? フェロモンか? フェロモンなのか?
うぅ……なんか意識したらドキドキしてきた。美人は3日で飽きるだとか慣れるだとか言うけど完全に嘘だ。
「麗華様は自分が美少女である自覚を持つべきです」
「あら、持っているからこうしているのだけど?」
……ドキドキさせたいってことですか。余計タチ悪いです。つまり僕はまんまと思惑通りになってしまっているわけね。しょうがないじゃん、僕だって思春期真っ盛りの男子だもん。
「ふふ、それじゃあおやすみ」
えっ、本当にこのまま寝るんですか!? はぁ……しょうがない。あとで麗華様のベッドに移動しよう。
「あ、そうだ。もし私が起きた時に隣にいなかったら……分かってるわね」
あぁ……頼みの綱が……! 今日眠れるかなぁ……。
結論から言うと普通に眠れた。身体を反対に向ければ良い事に気がついただけなんだけどね。そういえば左を向いて寝たはずなんだけど起きたら右を向いていた。寝返りかな?
ぼんやりとそんなことを考えていたら横で寝ていた麗華様と目があった。
「お、おはよう……」
「麗華様。すみません、起こしちゃいましたか?」
「起きてたから別に良いわよ……」
どうしたのだろうか。麗華様がどこかしおらしい。具合が悪いのだろうか? もしそうだったら大変だ。
「もしかして体調が悪いんですか? 熱は……」
麗華様のおでこに手を当てようとした時に気付いた。僕の右腕が麗華様の頭の下にある。これはいわゆる腕枕というやつではないか? そして左の手は麗華様の脇辺りを抱きかかえていた。なるほど、どうりでなんか近いわけだ……。うん、冷静に考えるとこの状況はいかんですよ。
「飛鳥、近い……」
「も、申し訳ありません!」
出来れば寝ぼけたままでいたかった! 自分でも心臓がバクバクなのが分かる。きっと麗華様にも伝わってしまっているだろう。
そしてあろうことか麗華様は身体をもぞもぞと動かすと僕の胸の中に頭をねじ込んできた。
「やっぱり近いのも嫌いじゃないわ」
ちなみにこの日から麗華様が僕のベッドに入ってくることが増えた。
帰省するにあたって迎えの車が手配されていたのだが、のんびり二度寝をしていたらその時間を大幅に過ぎてしまっていたため僕の携帯に鬼のように着信が入っていた。
「麗華様……」
「仕方ないわ。一緒に怒られましょう」
こういう時の麗華様はとても前向きだ。過去を嘆いても仕方がないというスタンスが頼もしい。一生ついて行きます。
僕たちは支度をしてから寮を出て敷地の外に向かった。校門前には帰省する生徒のお迎えと思われる高級車が列を作っていた。
特別待遇などはなく麗華様の送迎車もその中に含まれていた。
「ユリカ、待たせたわね」
「いえ」
東雲家に仕えているメイドが車の横で立っていたためすぐに分かる。ユリカさんは僕たちを冷たい目で一瞥すると後部座席のドアを開けた。
「ごめんなさい」
「謝罪の必要はございません、業務ですので。それと、常々申しておりますが飛鳥様はもう少し上に立つ者としての自覚を持ってください。麗華様ほど図太くなれとは申しませんが、そんな簡単に頭を下げられるようでは示しがつきません」
いや図太いて……麗華様のことを面と向かってディスれるのはうちのメイドではユリカさんくらいなものだろう。流石は黒髪ショートクール系ダウナー女子。大学卒業から5年勤めているだけあって僕たちにも容赦がない。
「お忘れ物などはございませんか」
「ええ、大丈夫よ。出してちょうだい」
「かしこまりました」
そういうとユリカさんは運転席に座る。メイド服を着て運転席に座っているのはいつ見てもシュールだ。だから信号待ちなんかの時に隣の車線の人が「え? メイド!?」みたいな感じで二度見する。まぁ僕も同じ立場だったら多分そうなる。
「今度からは空路を使いましょ。使ってないやつがあったわよね?」
度重なる信号待ちに麗華様がそんなことを言い出す。
空路て、ヘリコプターでも使う気ですか。自家用ヘリって免許が必要なんですよ?
「ヘリコプターの操縦免許ならば既に取得しております」
なんで!? というかいつの間にそんな資格取ってたの!?
「メイドの嗜みです」
「流石ね」
「恐縮です」
麗華様も当たり前のように流すんだ。え、これ僕が変ですか?
2時間弱ほど車に揺られて東京23区の郊外を出ると、麗華様のご実家はすぐ見えてくる。その敷地面積は数百平米という大豪邸だ。
「お帰りなさいませ。麗華様、飛鳥様」
車から降りると使用人がずらりと並んで僕たちを出迎える。いったい僕は何様のつもりなのだろうか……。
「ぼっちゃん! その格好も似合ってますぜ」
使用人の1人、比嘉さんが僕を見てそんなことを言ってきた。それを聞いたメイド達は一斉に比嘉さんを睨みつける。比嘉さんはいい加減学習したほうがいいと思うんだ。
「みんな、やり過ぎないようにね」
「え? ぼっちゃん! ちょっと見捨てないでくだせぇ!」
自業自得だよ。
その後、筋骨隆々の男はメイド軍団の手によって石抱の刑に処されていた。
お屋敷に入ってすぐ僕たちは父(僕にとっては義父だが)である一徹様に帰省のご挨拶を行う。
「失礼します。一徹様、麗華様と飛鳥様がご帰宅です」
「おお、帰ったか。ユリカ、ご苦労だったな」
一徹様は仕事中だったのか書斎で林檎のパソコンと向き合っていた。その姿には特に威厳や品格というものは感じられず、やや中年太りしているところも相まってステレオタイプなお父さん像そのものだ。この姿を見て誰も東雲グループの社長だとは思わないだろう。
そんな一徹様は僕の姿を見ると露骨に憐むような表情を見せた。
「飛鳥にも苦労をかけるな」
憐憫されるのも惨めなので今度からは労いの言葉だけでお願いします。
「その言い方だと私が無理矢理やらせてるみたいじゃない。ねぇ飛鳥」
あぁ、もうこの天上天下唯我独尊。一徹様もこの性格は誰に似たんだと頭を抱えている。
「飛鳥、本当に大丈夫なのか?」
「それは僕の精神衛生上の話でしょうか。それとも女装がバレるかどうかという意味でしょうか」
「…………多分後者に関しては問題ないだろうが両方と言っておく」
その逡巡は僕のことを慮ろうとした結果なんですね。なら最後までその心遣いを通して欲しかった!
「不本意ながら、非常に不本意ながら平穏に暮らしています。梅お嬢様のところの恵さんには気づかれてしまいましたけど、なんか協力してくれてます……」
「あー、白鳥さんのとこの。彼女も麗華よろしく悪ノリが好きだからなぁ……」
たかだか一使用人でしかない恵さんが認知されているのは、麗華様と恵さんの2人で梅お嬢様を揶揄っている姿がパーティなどで頻繁に確認されているからだ。
一徹様は僕たちが上手くやっていると分かると安堵の溜息をつく。一つ呼吸を整えると仕事の顔になった。
「まぁ大きな問題が無いならいい。話は変わるが、明日の会議は飛鳥に頼んでもいいんだったか?」
「はい。僕が担当している部門のことですからね」
そう、僕は帰省のついでに一徹様から大きな仕事を頼まれているのであった。