第6話 色んな意味で危険がいっぱいなんですが
結局、僕たちは生徒会室とは逆方向にひたすら歩いていた。近くにいた清掃員さんに道を尋ねたら「真逆よあんた達」と笑われてしまった。
すっごい方向音痴の2人みたいになってしまったけど、そのかわりと言ってはなんだが懇切丁寧にルートを教えてもらえた。
来た道をずっと引き返して僕たちのクラスを通り過ぎてぐるっと校舎を半周回る。更に生徒会室は2階にあるということで階段を登る。
たびたびロングスカートで良かったと思う。これなら下から見られる心配をしなくていいからすごく助かる。だけどどうにもヒラヒラしてるのが慣れないんだよね。
僕がスカートを気にしていたからか、光さんが「ここは男性がいないのでスカートを覗かれる心配がないですね」と言ってきた。無意識な言葉のナイフが僕の中の思春期男子を傷付けていることを光さんは知らない。
とりあえず何も言えないので女性同士の恋愛もありますよ、と一般論を言っておいた。光さんは「別に私は違いますよ!」と反論してきたが僕はLGBTに思うところはないので仮に光さんが性的マイノリティだとしても多様性として受け入れる。でもLGBTQQIAAPPO2Sに関してはやりすぎだと思う。言ったもん勝ちかな?
光さんに多少そっちの気があることが分かったところで2階に到着する。到着するとすぐ正面に生徒会室と書かれたプラスチックのプレートが掲げられている両開きのドアがあった。木で造られた重厚なドアが生徒会という組織の格式高さを感じさせる。ここに入れと?
うーん。よし、帰るか。え? だめ? 隣を見ると光さんがお願いしますと手を合わせていた。お願いされたら仕方ないね。
諦めてドアを3回ノックをすると、中からどうぞと綺麗な声が返ってきた。ちなみにノックの回数が2回だと失礼にあたるなんてルールは厳密にはない。東雲グループの講習会でこれは就活似非マナーだとマナー講師が言っていた。
「失礼します。一年の早乙女飛鳥です」
「村田光です」
しかし何が地雷になるか分からないので念のため似非マナーで武装しておく。光さんは僕が歩いたところを安全地帯と通ってる、ちょっとズルい。
「ようこそ生徒会室へ。早乙女さん、村田さん」
懇親会で挨拶をしていた生徒会長の滝波栞さんだ。他の役員さんは知らない人だった。
「栞、この子たちがそうなん?」
関西、いや京都の訛りかな。黒髪ショートの先輩は手に持った扇子を広げ、僕らを品定めするような鋭い視線を向けてくる。隣で光さんがたじろいでいるのが見えたので、僕は半歩ほど前に出て光さんへの視線を少し遮った。
「ふぅん……」
僕の行動に対しての含み笑い。お気に召したみたいだ。しっかし美人だから表情の一つ一つが絵になるなぁ。ただ、そんな先輩との無言の攻防戦は長くは続かなかった。栞さんが先輩を叱ったからだ。
「あ、こ〜らっ! なっちゃん! 威圧しちゃだめでしょ」
「いややわ〜栞に怒られてもうたわ」
栞さんの怒り方可愛いな。そんな子供っぽい怒り方をするのは意外だった。
一方、なっちゃんと呼ばれた先輩は怒られたというのにだらしなく顔がニヤけている。多分これ怒られるのが目的なやつだ。この人良い性格してるなぁ。
「自己紹介がまだやったね。副会長の藤原夏奈言います。なんやえらい可愛い後輩が出来て嬉しいわ〜」
夏奈さんの雰囲気というかオーラがそうさせるのか、光さんは蛇に睨まれたカエルみたいになっていた。
ところで僕たちは何故ここに呼ばれたのだろうか。ただ世間話がしたいというわけでもあるまい。
「ほらほら、座って座って。あとは会計に2年生の子が1人いるんだけど、今日は来られないって連絡があったからまた今度紹介するね」
口ぶりからするに生徒会は現在3人しかメンバーがいないらしい。同好会かな?
多分僕たちがここに呼ばれたのもそのことが関係するのだろう。
「栞、それよりこの子らにここに来てもろうた理由を説明しとらんやろ」
夏奈さんが僕の言いたいことを代弁してくれる。栞さんは指摘されたことを考えていたのか少し固まってからハッとしていた。
「……あ! そうだった!」
「ほんまに栞はかわええなぁ……食べてしまいたいわ……」
「たべっ!?」
美人がだらしない顔をしている。この人残念美人さんだ。光さんが何を想像したのか顔を赤くしているがそういうお年頃なのだろう。栞さんも顔を赤くしている辺り満更でもないのかも知れない。僕も年頃の男子としてはこの2人の関係が気になるところではある。
「ごほん! それで2人をここに呼んだ理由なんだけどね、まず2人には生徒会に入って欲しいんです」
栞さんは露骨に咳払いをして話題を元に戻した。しかし生徒会かぁ……。僕は一応麗華様に雇われているという体で潜入している。一旦は麗華様に伺うのが筋というものだろう。
「2人とも役職は書記ね。といっても、大した仕事はないから参加できる時だけでいいの」
「もちろんメリットもあるで〜。私立国公立問わず国内の大学は当然として、ハーバードやオックスフォードといった海外の名門大学にも特別推薦枠を使えるんや。凄いやろ〜」
さすが大物政治家の娘が通うだけある。そのあたりのコネクションは強そうだ。にしても幅を利かせ過ぎでは?
「勉強はしなくちゃいけないけどね……。あくまで推薦利用のための内申点が大幅に加算されるってだけだから。この学院では内申点が高い人から順番に推薦枠を使う権利があるの」
「よう分からんって顔しとるな。他の高校とかやとな、成績ギリギリの子に推薦枠を使わせて成績に余裕のある子には一般受験させるってケースがあんねん。少しでも学校全体の合格率をあげるためなんやけど、努力をしてる子が不合格のリスクを負うって変な話やろ? うちはそういうのは無いねん」
なるほど。学校によってはそういうこともあり得るのか。内申点だけで優先してくれるのなら公平だ。
「やりたくないなら拒否してもいいからね。毎年学年1位の子から生徒会役員になる権利が与えられるんだけど、拒否した場合は席次が次の人に権利が移るだけだから」
「まぁでも今年は2人が飛び抜けて優秀やったからなぁ。やから君ら2人の場合に限って特例で2枠ってことになったんや」
光さんにとっては悪い話ではないと思う。栞さんも夏奈さんも特待生制度に思うところもないみたいだし、この先の学院生活で強い味方になってくれるだろう。
僕個人としても光さんを手伝ってあげたいという気持ちはあるが、こればかりは僕の一存では決められない。
「すみません。1日持ち帰らせて貰ってもいいですか? お嬢様に確認を取る必要があるので」
「ええでええで。なら連絡先だけ交換しとこか」
特に拒否する理由もないため栞さんとも連絡先を交換する。ちなみに通話アプリのサムネイルはもともと女装していない自分と麗華様の2ショットだったのだが、ここに入学する際にありきたりな風景の写真に変更させられた。
なんなら僕のカメラロールから男の僕は全て抹消された。でもデータ自体は残ってる、そうクラウドならね。
「なっちゃん、私的利用しちゃダメだからね」
「せーへんよ。それにうちは合意は取るで」
「うん偉い」
それは偉いのか? 栞さんが偉いって言ってるから偉いのか。
「2人とも気を付けてね。この時期は特にそうなんだけど、妹分が欲しい2年生が新入生を無理矢理お茶会に招待するって事案が多発するの。私たちも注意はしてるんだけど……」
合意を取ってて偉かった。独特の文化すぎてピンと来ないし、それに僕は麗華様の庇護下にあるから関係ない話なんだよね。
逆に言うと光さんは後ろ盾が無いから狙われる可能性が高いってことか。
「ま、なんか巻き込まれたらうちらの名前出せばええで」
あらやだかっこいい。初めてこの人のことをお姉様と呼んでも良いと思えたよ。