第28.5話 side栞
(うん、上手く歌えたかな。)
この曲はすっかりとふわりちゃんの代名詞みたいになってしまってるけど、ふわりちゃんでは子供らしさが前に出過ぎていて曲の良さを表現できていなかったとつくづく思う。ちょっと歌が上手い子供なんて探せば割と見つかるし、最初は面白がられてもすぐに飽きられてしまうはずだ。だから少なくともあの時点での歌手デビューはやめて正解だったと思う。
ううん、これは後付けかな。夢を諦めたことを正当化してるだけだよね。
母に連れられて芸能事務所や撮影に同行することは珍しくなく、滝波文代の娘という肩書きのおかげもあって芸能事務所に所属している子役よりも顔と名前を覚えられ優遇されていた。しかし当時10歳の私にはその異質さが理解できていなかった。というよりも、みんな私のように優しくしてもらえているものだと思っていたのだ。
だからふわりちゃん役の打診が真っ先にやってくることも疑問に思わなかったし、芸能界は楽しいところなんだと信じて疑っていなかった。
けど、私が歩いてきた道は芸能界の光が当たっている部分でしかなかった。
そのことに気がついたのは12歳、ふわりちゃんとして2年が経過した時だった。ある日、局での撮影の間に自分の楽屋に戻ろうとしたところ、別の楽屋からこんな声が聞こえてきた。
「ふわりちゃんってさぁ、調子乗ってるよねぇ〜」
その子は同年代のキッズアイドルのメンバーだった。他のメンバーの子もそれに同調する。
「分かる〜。ほら見て、写真集だってさ」
「サイン会に握手会、うわ、親子連れ限定だって」
その時の話題は当時出したばかりの写真集だった。その発売記念には彼女たちの言うようにサイン会や握手会も開催する予定で、その対象は抽選で選ばれた子供に限定されていた。私にとってはあまりにも当たり前で、それのどこが調子に乗っているのかが分からなかった。
だからこそ、芸能界のリアルを知って絶句した。
「ウチらの撮影は次から水着なのにね……」
「どうせアイドルになったら水着撮影なんて当たり前だし、私は売れるためならそのくらいやるけどね。やめたいならやめれば?」
「はぁ!? あんた喧嘩売ってるわけ!?」
「別に、ただ写真集が出る前に辞めた方が傷は浅いってだけ。そっちこそ分かってる? 一生残るよ?」
「……」
そこに私の知っている芸能界という煌びやかな世界はない。しかも、撮影会はプライベートで行うのではなく、一般公開されていて入場料を払えば誰でも入れるという。聞けば、そこに来るのは大人の男性ばかりだとか。
「はっ! こっちだってロリコンのおっさん相手に笑顔で手を振る覚悟はあるっての!」
私はこれ以上話を聞くのが怖くなって逃げるように自分の楽屋へと戻った。陰口を叩かれていたことよりも、同年代の少女たちが売れるために何でもすると覚悟を決めていることの方が怖かった。学校で第二次性徴なんて言葉を習ったばかりだったのもあり、性を売るということがなんとなく理解できてしまったのがより恐怖心を掻き立てられた。
「私って嫌われてるのかな……」
時にはお手紙を頂くこともあるが、私宛の郵便物は一度事務所で検閲されてから私の元へと届く。当然そこには好意的で健全な文章しかなく、だからこそ私は自分が世間から本当はどう思われているのかが気になった。そうして、私は初めて事務所やマネージャーから禁止されていたエゴサをしてしまった。
SNSには私のファンもいればアンチもいると、そのくらいのことは理解していたし、覚悟をした上での検索だった。
『ふわりちゃん好き』
『ふわりちゃん可愛い』
「良かった……」
肯定的な意見が多くてホッとする。けれどスクロールをしていくとだいたい10個に1つは否定的な意見が流れてきた。
『大袈裟なリアクションがウザい』
『歌は上手だけどダンスは下手だよね? あれ? そう思うの俺だけ?」
「……」
なるほど、こういう意見を本番前に見たらパフォーマンスが落ちてしまうかもしれない。悪意100%の悪口だが、私はこのくらいは覚悟していたのでまだ冷静でいられた。
しかし、匿名性の強いSNSでは発信者は悪意を200%300%に増大して発信することを私は理解できていなかった。
こんなものかと拍子抜けしたのも束の間、私についてのお気持ちを表明した長文が目に付いた。
『ふわりちゃんのことがなんとなく嫌いな理由が分かった。大人はこういう子供が好きなんでしょって、テレビ局からの指示なのかは分からないけど、そういう子供を演じてるのがなんとなく伝わってくるのがキツい。あと、ただの教育番組の子役が業界で持ち上げられてるのもなんか親の権力が透けてて嫌悪感強いんだわ』
「なに、これ……」
たしかに私はテレビ局の人から少し大袈裟にリアクションをするように指示を受けることもあった。でもそれは番組を見てる小さい子供にも分かりやすくするのが目的であってキャラ付けや大人ウケのためではない。
私からすればとても見当違いなことを言っているのにも関わらず、何故かこれが批判されるどころか『言語化ありがとうございます』などと持て囃されて数千もの賛同の声がついていた。
こんな投稿を見てしまうとファンよりもアンチの方が多いように思えてしまう。いや、そんなことはないはずだ、きっと純粋に応援してくれるファンも同じくらいいるはずだと画面をスクロールしていく。
『写真集露出少ないンゴねぇ……』
『握手会親子同伴で詰んだ。6年後のAV堕ちに期待』
『もう赤ちゃん作れるんだよな……』
『素直に射精でした』
純粋なファン、純粋なファンってなに? この人たちはファンなの?
画面をスクロールする指が震える。心臓もドクドクと音が聞こえるくらいに大きく脈打っている。
『ふわりちゃん見つけた』
「ひっ……!」
その投稿には学校の校門前で車から降りる瞬間をとらえた私の画像が添付されていた。たまたまそこにいたとかではなく、物陰からの隠し撮りという明らかに狙った犯行に思わず持っていたスマホを落としてしまう。見てはいけないものを見てしまったような気がしてそれを拾う気にもならなかった。
「な、なんで……!? 公表してないのに……!」
強いショックに視界がぐにゃりと歪む。自分の生活圏が脅かされているというあまりの恐怖に、意図せず乾いた笑いと涙が溢れてきた。
あ、これ無理だ。
このまま芸能活動を続ける限り、この恐怖が一生ついてくる。そう考えるだけでもう頑張れる気がしなかった。
あぁ、そうか。私には覚悟が足りなかったんだ。




