第3話 入学早々何やってるんですかー!
朝6時、まだお休みになられている麗華様を起こさないようアラームを使わず自然に起きる。
なるべく音を立てないように寝室を出ると、軽く学校に行く支度を済ませておく。
僕が1番時間を掛けるのは入学するにあたってミディアム程度まで伸ばした髪だ。
ウィッグやエクステは下手したら取れるとネットやお屋敷の先輩のメイドさんから教わり、それなら地毛の方が安心だと思ったのだが、これがなかなかお手入れが面倒くさい。
ロングヘアの人はもっとお手入れが大変だと思うと尊敬の念すら覚える。
「よし」
編み込みとかは大変だからしない。麗華様曰く地味だそうだが、僕は清楚系だと思っている。
それから朝食を作る。ケータリングも出来るそうだが、麗華様が僕の手料理を所望した。少し気分がいい。凝ったものは作れないけれど、頑張ろうという意欲は湧く。
「たまご♪ たまご♪ たまご♪」
冷蔵庫からたまごを二つ取って某ハンバーガーチェーンのポテトが揚がる音のリズムで拍子取る。
麗華様のようなお嬢様でもファストフードは行ったことがある。小さい頃は身体に悪いからと禁止されていたのだが、「人は禁止されるとやりたくなるのよ」と小さい時の麗華様は含蓄めいたことを言っていた。カリギュラですか。
僕が上機嫌に歌っていると、寝室から出てきた麗華様と目があった。
「朝から可愛いものを見てしまったわ」
聞かれてた、恥ずかしくて死んじゃいそう。
「昨日の夜に朝は起こしてって言ってたじゃないですか!」
「仕方がないじゃない起きちゃったんだもの」
なんでぇ!? 普段こんな時間に起きませんよねぇ!? というか起きても寝直してますよねぇ!?
「それにしても昔の人は凄いわね。早起きは三文の徳とはよく言ったものだわ。まぁ私なら三文じゃなくて三万は出すけど」
出さなくていいんで出来れば忘れていただく方向でお願いします。
朝ごはんのメニューは白いご飯にお味噌汁、目玉焼きとベーコン、サラダ、海苔、納豆とごくごく一般家庭でもありふれたものだ。
うーん、もっと料理を練習しないとなぁ。
心の中でケータリングの方が良いと思われてたら三日は寝込む自信がある。
「飛鳥、私目玉焼きは両面焼きがいいわ」
「分かりました」
麗華様は絶賛料理中の僕の隣に立ってくる。危ないんで座っててください。IHで火は使ってなくても油は跳ねますから。
「ベーコンも美味しそう……あちっ……飛鳥、油が攻撃的だわ……」
「……もうすぐ出来ますから座って待っててください」
麗華様はしょぼんとした表情を浮かべるとチラチラとこちらを伺いながらキッチンから離れていく。かと思いきや戻ってきてひょこっと顔だけ覗かせた。
「ベーコンはカリカリにして欲しいわ」
要望を伝えに来ただけだった。まぁそのくらいしますけど。ベーコンを要望通りカリカリになるまで焼いて目玉焼きと同じ皿に盛り付ける。
「うーん……我ながら地味な朝食だ」
本当にこんな質素な物でお嬢様は満足するのだろうか。いや食材自体はちょっと高級なもの──具体的には卵は1個100円する──を使っているけど、これ高級食材のポテンシャルを活かしきれてないよね?
いや、特に手を加えずただ焼いただけってむしろポテンシャルだけで勝負してるとも言えるのか?
「お待たせしました」
配膳をして麗華様のお言葉を待つ。地味と言われる覚悟はしておこう。
「美味しそうね。そんな顔をしているから失敗したのかと思ったわ」
失敗してたらお出しできませんて。麗華様は特に気にしていないようにしているが、本心かどうかは分からない。
僕は意を決して聞いてみた。
「あの、こんな朝食でいいんですか?」
「何か問題があるの? もしかして目玉焼きとベーコンは洋食だからご飯とお味噌汁の組み合わせはふさわしく無いって思ったのかしら?」
予想の斜め上の切り口だった。今度からパンとスープも候補に入れておこう……って本質はそこじゃない。
「地味じゃないですか? もっと豪華な食事が良いとかないですか?」
「全然ないわね。たしかに豪華とは言えないかもしれないけど、こうして自分だけのために頭を悩ませてくれる人がいることの方が、ただお金を払えば食べられるご飯より豪勢だと思うわ」
愛はお金じゃ買えないのよ、と麗華様が深いことを言う。お金持ちの御令嬢が言うと説得力が凄い。でもなんか愛とか言われるとそれはそれで恥ずかしいんですけど。
「明日もよろしくね」
時折、麗華様は人をやる気にさせる天才なんじゃないかと思うことがある。
まぁ、何が言いたいかって言うと明日も頑張ろうってこと。
今日から登校日ということで僕も麗華様と同じ制服に身を包む。どうしてもスカートのひらひらには慣れないけど、ロングスカートなのがまだ救いだった。
「制服姿も良く似合ってるわね」
「あんまり嬉しくないです」
僕が男らしくならないのは骨格の問題なのだろうか。
この年になってまだ第二次性徴が完全じゃないんだよね。
そういえば女顔なのも含めてクラインフェルター症候群を疑われて検査を受けたっけな。
通学路、といっても寮から校舎までは徒歩5分程度の距離しかないのだがその間も僕は歩き方や動作には細心の注意を払う。これは何時間も、いや何十時間も練習をした。
自分で動画を撮影してそれをチェック、修正して再度実行というPDCAサイクル。
歩き方なんて無意識に癖ついているものを修正するのは大変だったけど、その成果もあって意識していればある程度様になるようにはなった。
それをやりつつも自分が従者であることを忘れてはいけない。麗華様の隣を歩きつつ(最初は一歩後ろを歩いていたが話しにくいから隣に来なさいと言われた)、扉があれば先に開ける気遣いは忘れない。
「窮屈ね……」
「すみません、何か不手際がありましたか?」
こんな早々にミスをしてしまうとは僕は従者として失格だ……。それにどこが悪かったのか分からないのはもっとダメだ。
「飛鳥、あなたここではもっと自由になさい。メイドは家の中だけでいいわ」
「ええっ!? そんな!?」
「別に近くにいたらダメということではないわ。クラスメイトとして接しなさいってことよ」
む、難しい注文だ……! 自由にしていいと言われても僕はこれまで自由というものを経験したことがない。縛られていたというわけではないが、自ら麗華様の側にいることを選んでいたからだ。
どうしよう。どうしたらいいか分からないや……。
「そんな重く考えなくていいのよ? 徐々に慣れればいいんだから」
「はい……」
うぅぅ……なんだか前途多難な学院生活になりそうな予感がする。
聖マリア女学院の入学式は簡素に行われる。一般的に親御さんが楽しみにしているであろうこの式典もこの学院では儀式的行事と化す。
なので生徒の立場からすれば昨日の懇親会がある意味で入学式というわけだ。
ホールの左を新入生である1年生、中央に2年生、右を3年生が座っている。
ちなみに、学年ごとによってネクタイの色が違う。赤なら1年、緑なら2年、青なら3年と下の学年からRGBカラーとなっている。
僕たちは1年生だから赤のネクタイだ。
なので「ちょっとそこの1年生、タイが曲がっていてよ」というイベントが生じることがある。漫画で見るやつだ。
そして小柄な上級生を同期と間違える心配もない。
入学式が終わると各学年は自分の教室へと向かう。1学年1クラスしかないため顔触れは3年間変わらない。なのでクラスメイト全員と仲良くするのが円満な学院生活をおくる秘訣なのだが、麗華様はあまり積極的に人の輪に加わりに行くタイプではない。
更に、逆に麗華様にコンタクトを取りたい人も東雲グループの威光を恐れて二の足を踏んでしまう。
麗華様に話しかけていいのは家格が同格のものだけ、という暗黙の了解のようなものが早くも形成されつつあった。
「おはようございます。東雲さん、飛鳥さん」
「おはようございます。村田さん」
教室へと向かっている道中で僕たちに話しかける勇者がいた。庶民代表、特待生の村田さんだ。
ただ、誰あれ、と村田さんのことを遠巻きに見ている生徒の目が怖い。
「光、ごきげんよう。私のことも名前で呼べばいいのよ?」
「え、じゃあ麗華様……?」
「なんで様付けなのよ……」
この二人はその視線に気付いていないのかと思ったけど、二人とも気付いた上でやってる節がある。麗華様はともかく村田さんも気が弱いように見えてなかなかどうしてつよつよメンタルだ。
いや、特待生としてこんな特異な空間に入学してきた時点でメンタルが弱いわけないか。
女の子って怖い……。
「飛鳥さんも、村田ではなく光と呼んでくださいね」
「え、あ、ぁあうん」
村田さん、いや光さんを睨むように見ていた女の子は麗華様にも奇異なものを見るような視線を向ける。本当に敵を作りやすい人だ。
僕は頭の中でクラス名簿を引っ張り出してそこに顔写真を思い出す。ははーん、あれは西沢萌さん。西沢建設の一人娘だな。
ただ、彼女は感情が表に出てる分可愛いものだ。おそらく麗華様のことを面白く思っていない連中は他にも少なからずいるのだろう。
そういう人たちは少数派だ。残りは麗華様に取り入りたいというそういう者たちだった。
光さんの接触を皮切りに、そういう者が動いてくる。
「麗華様、わたくしのことを覚えていますでしょうか。以前パーティーでご挨拶申し上げました川上不動産の川上です。東雲グループ様にはいつも父がお世話になっております」
「はじめまして麗華様、滝野コーポレーションです」
うひぃ! 誰!? 会社アピールが凄い。
それに対して麗華様は「ええ」とか「そう」とか気のない返事しか返さない。
「悪いけどビジネスをしにきてるわけじゃないの。あなた達の家のことなんてどうでもいいわ」
言い方ァ! まーたそうやってわざわざ敵を作るような言い方をする!
「光、飛鳥。行くわよ」
「えぇ!? ちょっと待ってください麗華様! では失礼します」
「す、すみません」
僕は光さんと逃げるように教室の中に入る。うーん、この先上手くやっていけるのだろうか。不安でしょうがない。




