マヨイノモリ3-1
朝からニコニコしているシャナの顔が、いつも通りではなかった。
この街についてからどことなく、雰囲気が暗い事はイザナにも分かっていた。
(さて、どうするか…)
イザナはサガミアから譲ってもらった物を眺め、元気がないシャナにいつ渡すかベッドに腰掛け考えていた。
「…ほんと、らしくねぇかもな」
昨夜、サガミアから散々そう言われたが、確かにそうかもしれないと自嘲気味に口角を上げた。
シャナが部屋に入ってくると何も無かったように、手に持っていた物を自分のカバンへと戻した。
「イザナ、ボクは一人で行くよ。今までありがとう」
部屋に戻ってきたシャナはいきなりそう言い出し、荷物をまとめだした。
「は?何を言い出すかと思ったら。
だいたいお前は方向音痴じゃないか。コンパスもロクに使えていないし、使っていても不具合おきるだろ」
シャナの言葉に驚いたイザナはベッドから立ち上がり、眉間に皺を寄せシャナを見た。
だがシャナは怒りもせず、イザナに背を向けたまま手を止めずに淡々と喋り出す。
「だから一人で行くよ。ボクがいると足手まといだろ?
それに、昨日のお姉さんと仕事するなら、ボクはいても意味無いから」
顔を合わせず喋るシャナに、イザナは長いため息とともに呆れた顔をした。
「あのな…確かにアイツと仕事するといったが、それはお前の…って、これは関係ない」
「なんだよ。意味わかんない。今までありがとうございました」
途中で濁したイザナの言葉にシャナは振り返りはしたが、顔を見せること無く逃げるように部屋を出ていった。
呆然とシャナが出ていった扉をイザナは見つめていたが、そのまま力無くベッドに座りグシャグシャと髪の毛をかき、項垂れた。
「めんどくさい…だから誰ともバディは組みたくなかったんだ」
ポツリとつぶやきながらも、なぜか今まで旅をしてきた中でのシャナの笑顔が浮かんでいた。
少し、息苦しいような胸を締め付けられる感覚が襲ってくる。
「なんだよ。この感情は。」
シャナに出会った時に思い出した、占い師の言葉が頭をよぎった。
昔、とある国家の魔族討伐班に所属していた時に、頼んでもいないのに勝手に占い師がイザナに予言した。
赤きモノが終わりをもたらす、と。
─赤きモノ─
当然魔族を表していると思っていた。
討伐隊はいつも死と隣り合わせだ。討伐隊に向けてその予言は陳腐なものだ。
簡単に死ねない自分の体は、魔族によって命が終わる、きっとそんな結果なのだろうと。
そうなっても別に構わないと思っていた。
だが、危険な事案を受けたとしても死ぬ事はなかった。
死にそうになっても、無意識に相手の生命力を奪い生きていた。
その度に自分は人間でも魔族でも無いのだと思い知らされた。
魔族の生命力を意思に関係なく奪うことは、魔族をも超越した残酷な存在であることを自覚せずにはいられなかった。
赤い髪を持つシャナ。
赤きモノがシャナを現しているなら、彼女は一体、自分に何を終わらすのか。
占いを信じるわけではないが、最果ての地まで一緒に行く。
一度受けた事を途中破棄するのは性にあわない。
イザナは立ち上がって長く溜め息をはいた。それは先程の名も知らない感情をも一緒に吐き出すような長い息だった。