マヨイノモリ5-3
この魔族を、このまま野放しにしていては危険だと思うイザナだった。しかし、魔力を無力化されたまま、思うように身体を動かすことも出来ずにいた。このまま魔族が言う、完全体になる事を阻止できず、されるがままなのかと思った。
だが、魔族の動きが止まり、無表情のままイザナを見つめ首を傾げた。
「おかしい…あの時のあの人と同じ力を感じるのに、どうして半分なの?半分あの人で、あの人じゃない。どうして…?」
「何を言っているのか理解出来ん。お前が言うあの人など知らん。何があれば、お前はそいつを追いかけているんだ?もう、いない存在なんだろう?」
「いいえ…居るわ…微かに感じる。あなたの力を取りこめばわかる気がする。それにあなた、記憶がワザと消されている…」
イザナの上に跨っていた魔族の身体からは、イザナを縛るツタとは違った、ぬらりと粘膜をまとった物が彼の身体にまとわりついた。そして、服の隙間から入り込み、他人が触れる事を許さない部分へと怪しく動き進んでいく。
「もっとちょうだい…そうすれば何かがわかる。そして、私を仕上げて…」
そう言い、再びつけた口から、ぬるっとしたものがイザナの口の中に入ってくる。入り込んだなにかは、口内をまさぐりその奥へと、イザナの身体を侵していく。嫌悪感と、身体からなにかが引きずり出される不快感が合わさる。抵抗を試みるが、身体は変わらず思うように動いてはくれなかった。
「あぁ…きた…来たわ…コレが、あの人の力!」
起き上がった魔族の体が赤く光り、元の姿に戻った。だが、そこから色んな姿に変わっていき、魔族は己の手を見つめていた。
「力が……溢れるのに…苦しい。どうして?」
ミシミシと、身体が悲鳴をあげているかの様に音を立て、魔族の体は定まらず変わり続けていった。そして、長い髪の片方だけ赤く、顔も髪と同じように半分だけが模様で覆われた、不思議な魔人族らしき者へと変わり終えた。
いつの間にかイザナを縛っていたツタなどは消え、体は自由になっていた。しかし力は入らず、かろうじて動く頭を動かし、姿の変わった魔族を見上げた。
─これが完全な姿なのか?─
男とも女とも言い難い顔をしていたが、姿が変わってからも魔族は動かず、何も喋らず、目を閉じていた。不思議に思い、動かない魔族を見上げていたが、何の前触れもなくゆっくりと、瞼が開かれた。その視線は冷たく、鋭かった。
目が合った瞬間、イザナの身体は強ばった気がした。魔人族は、そんな彼を嘲笑うような不敵な笑みを浮かべたが、何も言わずイザナの体に手を置いた。
その瞬間、引きずり出されたなにかが、イザナの体に戻る感覚がした。全てがイザナの身体に戻ったと同時に魔人族は、元の魔族の姿へと変わっていった。
魔族は身体の震えを止めるのかのように、両腕で自身の体を包み、ポツリと呟いた。
「…どうして?憎んで…いたのは──」
魔族の体が急に崩れだし、最後は何を言っているのか分からなかった。そして、魔族がいた場所には、不思議な色をした魔核石が残っていた。
イザナはそれを取ろうと手を伸ばしたが、まだ身体は重く、そのまま意識が遠ざかっていった。
***
どこからか、声がした。自分の名前を呼ぶ声が。
─誰だ─
目を開けているのか、閉じているのか分からないくらいの暗闇の世界だった。なぜこんなところに居るんだと思った瞬間、視界が急に明るくなり声がはっきりと聴こえた。
声がする方へと目を向けたが、眩しくて誰が自分を呼んでいるのか分からなかった。かろうじて、眩しい中に人影らしきものが見えた。姿は分からなかったが、どうやら呼んでいるのは二人だった。
自分を呼ぶ声はどこか懐かしく、そして悲しい感覚が湧き上がる。
『 』
「聞こえない…何を言って…?」
何故か言葉が理解出来ず、自分を呼ぶのは誰なのか、そして、この感情は何なのかを確かめるべく、近くへと歩きだそうとしたが急に足元が崩れ、暗闇の中へと落ちていった。




