マヨイノモリ4
イザナが現れると、山賊たちはあっけなく倒された。その速さは、まるで風のようだった。
剣を納めたイザナはシャナを見た。いつもの愛想のない表情だった。シャナは慌てて袖で顔を拭き、気まずそうにイザナを見た。
だが、一方的に言うだけ言って逃げるように別れたのにもかかわらず、こうしてピンチに駆けつけ助けてくれた。一人でも大丈夫だと言ったのに、結局助けられた自分が恥ずかしくなり、うつむいた。
「大丈夫か?怪我はないか?」
イザナが尋ねると、シャナは戸惑いながら答えた。
「ありがとう…でも、どうして?」
イザナは深くため息をついた。それは…と、喋り出そうとした途端、見えなくなるほどの霧が二人を包んだ。
「イザナ?!」
慌てたシャナはイザナが居るだろうと思う方向へと、真っ白な視界の中を歩き出そうとした。
しかし、その時だった。シャナの腕をがっちりと掴み、引っ張る力があった。シャナは勢い余って、そのまま引き寄せられた者の体にしがみつくことになった。
見上げると、イザナのいつもの不機嫌そうな顔があった。シャナは安堵のため息をついたが、慌ててイザナから離れようとした。
だが、イザナは離れようとするシャナを抱き締め、離さなかった。
「えぇ?え!ど、どうしたの?イザナ??」
思ってもいないイザナの行動に、シャナは驚きと戸惑いで真っ白になったようで声が上擦っていた。
「どうやら敵のテリトリーに入ったようだ。」
「え?どういうこと?ここに魔族がいる?」
シャナがイザナに驚いた表情で問いかける。彼女は、しがみついたまま周りを見渡すが、相変わらず霧が濃く、何も見えなかった。
「換金所で聞いただろ?行方不明になる森があると。たぶん、ここがその場所なんだろう。」
「そんな…こんな近くにあったなんて…どこに本体があるかわかる?」
少し不安な色を浮かべイザナを見上げたが、イザナは視線だけ落とし首を横に動かした。
「何故かこの霧に囲まれた途端、魔力が反応しなくなった。今持っている武器は使い物にならない。」
彼の言葉に、シャナは息を飲んだ。魔石が反応しないなど、魔力を使い切った以外この世界では有り得ないことだった。魔石が反応しなければ、魔族討伐など通常無理なこととなる。
シャナは、これからどうするのか問いかけようとしたが、イザナはシャナの手を握り、歩き出した。
「とりあえず移動するぞ。」
戸惑いながらも、シャナは彼の手を握りしめたまま、彼に続いて歩いた。彼女は握られた手を見つめながら、心臓が激しく鳴り響くのを止めることができなかった。イザナの思っていなかった行動に、シャナはただ動揺しているだけかもしれないと考えた。魔石が使えないとしても、イザナがそばにいればきっと大丈夫だと自分に言い聞かせた。
「ここでしばらく様子を見よう。」
しばらく岩山に沿って歩くと、人が入れそうな穴が空いてる場所があった。
その中に入り、シャナが座った隣にイザナも座った。その距離がいつもより近く感じたシャナは、気まずくなり喋り始めた。
「さっきは本当にありがとう…イザナがもし来なかったら、ボクは最果ての地を見ることも、またイザナと一緒にいることも出来なかった」
シャナは岩穴から霧に遮られた真っ白な外を見つめた。
「やっぱりイザナって何もかもすごいよね…ボクは村が消滅したあと育ててくれた義父に、自分の身を護れる術をつけろってしごかれたけど、結局上手くいかない。持って生まれた才能もないとダメなんだなって…」
シャナを見ていたイザナは軽く息を吐き、真っ白な外に視線を向けた。
「お前の場合、方向音痴さえなければ…通常よりはできていると思うぞ。もう少ししたらハンターに正式登録する。あとは魔石の使い方次第だ。」
イザナの言葉に、シャナは驚きを隠せなかった。
「まさかイザナに褒められるなんて。」
と、照れくさそうに笑った。
今いる場所が魔族のテリトリーと思わない穏やかな雰囲気になっていたが、先程から体は冷えてきた。体温が上がることがなく、肌寒さが身に染みる。
少しでも温まろうと、自分の腕を擦り合わせるが、効果はない。そんな時、いきなりイザナが肩を抱き寄せてきた。
「寒いなら、オレにくっつけ。」
シャナは驚きを隠せなかったが、先ほどより身体が温かくなったのを感じた。しかし、こんなに急に近づかれると、胸がドキドキと高鳴ってしまう。
ソッと顔を上げ、イザナを見上げる。端正な顔立ちに、少しキツめの目つきを縁取る薄い水色の長いまつげ。その視線がシャナと交わると、イザナはフッと優しく微笑んだ。
「どうした?」
あまり見ない、優しい表情。思わずそのまま見つめていた。その視線同士の距離が縮んでいく。近くなるイザナの瞳を見つめ、シャナは自分の目を閉じようとしたが、ざわつく感覚が収まらなかった。
(これはなんだろう…)
答えのない、昨日からのモヤモヤと、今のざわつきが、似たようでにつかない感覚にシャナは混乱していた。
***
イザナは、美しくも繊細な赤い糸を辿りながら、目的地へと急いでいた。糸が無くともシャナの位置は把握出来る距離まで来ていた。しかし、突如として「プツッ」と切れる音が響き渡り、彼は足を止めた。
苦々しい表情を浮かべ、彼はグッと拳を握りしめ、何か不穏な雰囲気を感じ取っていたが、シャナがいると思う場所まで急いだ。
そして、彼が到着した場所には、シャナが倒れていた。イザナは急いでその場に駆け寄った。
シャナを抱き起こし彼女の名前を呼ぶが、反応はなかった。見た目には外傷は見当たらないが意識がない。辺りには争ったあともなかった。
「何が起きたんだ?」
シャナを抱き上げ、近くの木へと移動し、ソッと横たわらせた。
見落としているものが無いかと思い、もう一度シャナが倒れた場所へ足を運ぼうとした時、突如霧が立ちこめ、視界を遮っていた。
─ヤット アエタ─
不思議な声が霧の中から聞こえてきた。それは、彼にとっても聞いたことのない、不可思議な響きを持っていた。
「誰だ?」
問いかけると同時に肌がヒリつき、今まで味わったことの無い感覚がイザナを襲った。咄嗟に剣を構え魔石を発動させようとしたが、反応もなく力を感じなかった。
霧が先程の声の主による仕業だと気づいた瞬間、何かがイザナの身体に巻きついた。それは木の枝のようにも、植物のツルのようにも見えた。それが手足に絡みつき、自由を奪われた。
魔族とは言い難いモノを先程から感じていたが、コレがその正体なのかも知れないとイザナは悟った。
魔石も手足の自由も奪われたイザナは、魔力を使おうと力を込めた。髪が水色から禍々しい赤い色へと変化していく。
しかし、力は行き渡ることなく徐々に力が抜け、髪は元の色に戻っていった。
「どういうことだ…?」
力を失い体力も奪われていく感覚が襲いかかり、腕から剣が滑り落ち、イザナはその場に膝をついた。
魔力が使えないことは、瀕死の状態以外では今まで経験したことがなかった。彼が出会ったどんな凶悪な魔族でさえ、魔石や魔力を封じることなど有り得なかった。だが、このような能力を発する者がいるとは思いもよらず、イザナは混乱していた。
シャナを辿る糸が切れたのもこの魔族の仕業だったのかもしれない。だが、倒れていたシャナには何も巻きついていなかった。
一気に体力を奪われたのだろうか?
ふと、換金所で聞いた行方不明の話を思い出した。
迷い込んで出られないと言われる森。しかし、今遭遇している魔族の仕業だとしたら?魔石を使えなくして、動けなくさせる。行方不明者が帰ってこないのなら、この謎の存在が関与している可能性は高い。
本体を叩けば切り抜ける事が出来るのだが、肝心の本体が姿を現さなければこの状況を打破できない。せめて手足でも自由になれればと、手足を動かすが力が抜けて動かすのもままならないでいた。




