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9話 レッサーオーガとの死闘

 俺の前には身長だけでも頭一つぶん以上にでかい魔物がいた。その高さに比例して全身も大きく、手足も太い。五本の指にはするどい爪が生えている。


 対峙するだけで感じるプレッシャー。


 レッサーオーガ。


 討伐依頼の内容の通り、敵の数は三体。奴らは洞窟の中に住み着いており、俺たちは奥の方にあった広い空間でレッサーオーガ達を発見した。


 オーガよりは弱いとはいえ、レッサーオーガは中級の冒険者にとっても油断の出来ない相手だ。


 そして魔剣士というクラスは、剣も魔法もぎりぎり中級の端にかかっているかどうかという程度の実力しかない。


 となると苦戦するのは必至というもの。


 前衛に立つ三人である俺、ルビィ、モルグナンも先ほどから一進一退の戦いを繰り広げていた。後衛のトーメ、ヤムロイ(おっさん)による支援魔法を受けている状態で、である。


 俺は相手の一瞬の隙を見つけて間合いへと踏み込み、戦士スキルのダブルスラッシュを放つ。


 トーメによる強化を受けた俺の剣がレッサーオーガの腹を左右に往復し、切り裂いた。


 低級の魔物ならこれであっさり死んでいる。それに加えて先ほどから何回か剣による斬撃をくらわせていた。そろそろ蓄積したダメージがその命を奪い去ってもよいはずだ。


 しかし……。


「くうっ!」


 俺は慌てて後ろに飛びすさった。


 レッサーオーガの太い腕がうなる。俺がたった今までいた空間を鋭い爪が薙いでいった。


 俺が放ったダブルスラッシュは二条の傷跡をレッサーオーガに残していたものの、致命傷には程遠い。タフさがホブゴブリンとは桁違いだ。


 下がった俺を追いかけて、レッサーオーガも飛んだ。太い腕で繰り出された掌底が勢いよく地面に叩きつけられ、土くれにひびが入る。俺はうまく地面に転がってそれをさけていた。


 レッサーオーガが顔を上げて鋭い視線を向ける。聞こえたのは仲間が息を飲む音。レッサーオーガの意識を後衛のトーメたちに向けさせるわけにはいかない。


 俺はすぐに立ち上がり、レッサーオーガの注意を引くよう剣を突き出す。しかし魔物はそれを払いのける。体勢を崩した俺にふたたび爪が襲い掛かり、鈍い音とともに鮮血が宙を舞った。


「ハルトさん!」


 トーメの悲鳴があがる。さすがに無事だと応えてやる余裕はなかった。致命傷とまではいかないがけっこう傷が深い。鎧も深くえぐられている。


 追撃してこようとした敵の顔に炎の矢が突き刺さった。のけぞるレッサーオーガ。どうやらおっさんが黒魔法のファイアアローを使ってくれたようだ。遅れて俺の体を優しい光が包み、さっき受けた傷が癒えていく。こちらはトーメの白魔法、キュアウーンズか。さすがに完治とまではいかないがありがたい。


 俺は炎の矢を受けてうめいているレッサーオーガへと果敢に切りかかった。トーメとおっさんにはルビィやモルグナンのサポートもしてもらわないといけない。このチャンスを活かして攻勢に転じなければ。


 大きく踏み込み、力強く剣を振り下ろす。戦士スキルのパワースラッシュだ。強烈な一撃がレッサーオーガの肩口に食い込み、敵は苦痛の叫びをあげる。しかし、まだ倒れない。


 怒りとともにこちらに噛みつこうと、牙がびっしりと生える口を広げて覆いかぶさってきた敵を、盾でなんとか防ぐ。まだ食い込んだままの剣をめちゃくちゃに動かすとあたりに血が飛び散った。敵の悲鳴も大きくなる。


「がっ!?」


 突然の痛みと衝撃が俺の腹部を襲い、俺は胴体をおりまげて悶絶した。相手がその膝を俺の腹に叩きこんだらしい。追撃するように振るわれた腕の一撃が俺を軽く吹き飛ばした。固い地面の上を受け身も取れずに転がる俺。手を離してしまった剣も音を立てて地に落ちた。


 俺は痛みをこらえて半身を起こす。さすがにレッサーオーガも先ほどの俺の一撃が効いていたのか、すぐに追撃には移れないようだ。そこに再び炎の矢が走った。それも二本。


 トーメとおっさんのファイアアローをその身に受け、ついによろめくレッサーオーガ。


 俺はなんとか力をふり絞り、立ち上がると落ちている剣を拾い上げ、その巨体に向かって突進した。突き出した剣の切っ先が、ついにレッサーオーガの心臓を狙い通りに貫く。


 全身を震わせ、しばし俺へと殺意を込めた視線を向けていたものの、その瞳もやがて力を失い、ようやく巨体の鬼は地へと伏した。

 俺はほっと一息をつく。しかしまだ戦いは終わっていない。早くルビィとモルグナンを助太刀しなければ。


 二人の方に視線を向けると、俺と同じように薄氷を踏むような戦いを繰り広げていた。トーメとおっさんの支援が断続的に行なわれているが、それでもなかなかチャンスを見いだせないようだ。


 しかし俺がフリーになったことで余裕ができた。まずはルビィと戦っているレッサーオーガから仕留めよう。俺はまだ残っている己の傷を4レベル白魔法ヒーリングで完治させる。


 その時、レッサーオーガの腕がルビィをとらえ、遠くへと吹き飛ばした。爪で刻まれたらしい体から血がしぶいている。土煙をあげながら地面に横たわるルビィ。


「ルビィ!!」


 俺は急ぎ、レッサーオーガとルビィとの間に割って入った。ちょうど、トーメたちのけん制の魔法もレッサーオーガに降り注ぐ。


 後ろでは体を動かす気配と、ヒーリングを詠唱するルビィの声が聞こえる。どうやら、命に別状はないようだ。俺はルビィが戦列に復帰するまでの間、目の前のレッサーオーガをひきつけようと距離を詰める。


 敵は俺にターゲットを切り替えて攻撃をしてきたが、俺は大人しく回避に専念した。ルビィが戻ってくれば二対一で戦える。無理する必要はない。やがて傷を癒したルビィも俺の隣に並んだ。これでトーメとおっさんもモルグナンへの支援に注力できるだろうし、モルグナンも戦いが楽になるだろう。


 さすがに二対一となったレッサーオーガとの戦いは優位に進められ、俺とルビィはなんとか目の前の敵を倒すことに成功する。といっても余裕と言えるほどではなかったが。お互いの体も傷だらけだ。しかし深手というほどのものはない。


 治療する時間も惜しく、まだ奮闘を続けているモルグナンをサポートするために俺とルビィは素早く動いた。


 ややあって三体目のレッサーオーガも地に倒れ伏す。


 ようやく、恐ろしい食人鬼との戦いが終わったのだ。


 俺たちは安堵の表情を浮かべてそれぞれ回復魔法を使い、まだ残っていた傷を癒したのだった……。



      ◇


「今回は……さすがにやばかったな……」


 レッサーオーガをなんとか撃破した後、俺たちは街に戻っていつもの酒場の円卓についていた。すでに報告と報酬の受け取りもすませている。


 五人揃っているが、あまり晴れやかな表情をしているとは言い難い。無邪気に喜ぶには、あの戦いは重すぎた。レッサーオーガですらああだったのだ。当初のオーガ討伐依頼を受けなくて良かったと皆が思っていることだろう。


 正直言って自分自身はもう少し楽にレッサーオーガを倒せると思っていた。しかし考えていた以上に苦戦し、一対一で戦っている最中はルビィとモルグナンをカバーする余裕もなかった。最近ずっと低難度の依頼ばかりを受けていたからか、腕が鈍っていたのかもしれない。


 元気のない面々の中でも、ルビィが特に沈んだ顔をしていた。やはり、今回のことはこたえたのだろうか。もしルビィの意志を尊重してオーガ討伐の依頼を受けていたら、誰かが命を落としていたのかもしれないのだから。


 そんな雰囲気を吹き飛ばそうと、俺はなるべく明るい声をだす。


「まあ、とりあえず無事で良かったな」

「そうですね……後ろで支援をしていただけでも、すごく怖かったです……」


 トーメがおぞけをふるい、俺とルビィとモルグナンを見た。


 トーメの今の戦士スキルは3レベル。俺たちはそれよりも上の4レベルだがそれでも苦戦を強いられた。その光景を後ろで見ていたというのはきっとかなりの恐怖を伴ったことだろう。


「フハハハハハ! レッサーオーガなどわれの敵ではない……正直言って死ぬかと思った……支援魔法にはとても感謝しているぞトーメ、ヤムロイ」


 モルグナンがいつもの尊大かつ芝居かかった口調で喋り始め、最後は人並みの口調にもどってしおらしくトーメとヤムロイ(おっさん)に礼を言った。


「うんうん。ワシの支援のおかげだよね。いやあもっと感謝してくれて構わないよ?」


 ヤムロイ(おっさん)が俺に向けて視線を投げてくる。


 調子にのっているヤムロイ(おっさん)には正直少しイラッとしたが、たしかに魔法の支援がなかったら危なかったのは事実だ。今回は気にせず好きに言わせておこう。


「うん……本当にありがとうね。トーメ、ヤムロイ。もちろんハルトとモルグナンもね」


 ルビィはかすかな笑みを浮かべて俺たちを見まわした。


 やがて料理が届いた。ひとまず全員、目の前の食事にとりかかる。


 しばらくは自分の胃袋を満たすための咀嚼音と、食器が動くカチャカチャといった音が円卓の上を支配する。今は食事時で周りも他の冒険者でいっぱいだ。


「やっぱりここが限界なのかな……」


 そんな酒場の喧騒の中で、かすかに聞こえたそのつぶやきはルビィのものだった。

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