8話 ルビィが手にした依頼書
あれから二ヶ月ほど経過した。
あの時、今後の成長について俺と話し合いをしたトーメは少し迷っていたものの、戦士スキルのレベルを3にした。今後は他のスキルのことは一旦置いておいて、次も戦士スキルを伸ばす予定とのことだ。
ヤムロイは宴会の時に言っていた通り、黒魔法スキルを2にしやがった。その経験値はせめて戦士スキルか白魔法スキルのために貯めておいて欲しかったのだが、もはやとやかくは言うまい。
モルグナンはこの期間の間で一気に白魔法スキルを0から2にした。もう戦士スキルも黒魔法スキルもMAXだからな。今後は白魔法スキルをあげていくしかない。
白魔法スキルは1レベルの時点で簡単な回復魔法が使え、2レベルになると支援魔法の幅も広がる。まあモルグナンにはよほどのことがない限り、黒魔法を使うことに専念してもらったほうがいいだろうけど。
俺については何も変化がない。すでに全てのスキルレベルが最大だからな。やはり魔剣士は成長の天井が低すぎる……。
そしてルビィはついに、戦士スキルが4になった。白魔法スキルに続いて戦士スキルのレベルまでが最大値になったのだ。
そのルビィが一枚の依頼書を手にして俺たちに見せたのが、今回の出来事の始まりだった。
◇
「オーガ討伐!?」
俺は大きな声を出してルビィの顔をまじまじと見た。
一緒にテーブルについている仲間たちも驚き、ルビィと俺との間で視線を行ったり来たりさせている。
「うん……オーガ討伐。やってみたいの」
俺たちは最初のゴブリンロード討伐の依頼以降、ずっとそれと同程度か、やや簡単な依頼ばかりを受けていた。
なにしろ、ゴブリンロードよりも強い相手となると、専門的なクラスについている連中でないと太刀打ちできないような相手が多くなる。パーティーを危険にさらさないようにしたいという考えもあってそうしていたのだ。
「オーガというのはどのようなモンスターなんですか?」
オーガのことを知らないらしいトーメが俺に向かってたずねてきた。ヤムロイとモルグナンは一応知っているようだが、念のため全員に聞かせるつもりで説明する。
「オーガってのは、簡単に言うとでかくて人を食べる化け物だ。はっきり言うがかなり強い。ゴブリンロードやホブゴブリンなんて目じゃない。むしろゴブリンたちがオーガに食われることだってある」
俺の簡単な説明にトーメが青ざめる。凄惨な光景を想像してしまったのだろう。
「ただ、一応勝てないことはない。俺もうまくやれば一対一で倒すことはできる。……接敵前に黒魔法でダメージを与えておき、しかもさんざん自分に支援魔法をかけた後、という前提はつくが。しかしそれでもある程度の傷は覚悟しなきゃならん」
「そ、そんなに強いんですか……」
トーメはまさに絶句という感じで、言葉少なに述べるのみだった。
「ククク……オーガは我の力を振るうに十分な相手……ルビィよ、敵の数はいかほどか?」
「三体よ」
「三体か……」
モルグナンの質問に対するルビィの答えを聞いた俺は難しい顔になる。そんな俺にルビィはやや早口で言葉を続けた。
「私ももう戦士スキルが4レベルになったんだよ。私を前衛に立ててかまわないから、受けよう?」
「……ルビィ、お前なんか焦ってないか?」
「そ、そんなことないけど……」
俺の訝し気な視線にルビィは目をそらす。
「ワシはあまりつらいことはやりたくないんだが……行くなら支援にまわっていい?」
さすがに今回はあんたに前衛に立てとは言わないから安心してくれおっさんよ。
「三体となると少なくとも前衛一人で一体を抑えなきゃならん。それがかろうじて出来そうなのは戦士スキルが4レベルである俺とモルグナンとルビィだ。おっさんとトーメには後ろで支援してもらうことになるが……」
問題は白魔法スキルのレベルが高い俺とルビィがどちらも目の前の敵に専念することだ。オーガは武器なんか持ってないが、素手でも人間くらい一撃で仕留めることができる怪力の持ち主。
俺たちは腐っても冒険者だし、一撃で致命傷にはならないとは思うが、いざという時に回復が間に合わなくなるかもしれないという恐れがある。
「せめて二体ならな……」
相手が二体なら、前衛三人で数の優位に立てるし、俺とルビィどちらかが回復魔法を行使する余裕もそれなりにあるだろう。
そんな風に悩んでいる俺を、ルビィはまるで何かにすがるような瞳でじっと見ている。
「オヤジの意見も聞いてみるか」
ルビィの頼みを無下にするのも気まずく、一応オヤジの意見も参考にすることにした。オヤジにも反対されたら、さすがにルビィもあきらめてくれるだろう。
◇
「オーガ討伐か……」
予想通りというか、ギルドマスターと酒場の長を兼ねるオヤジは俺たちの話を聞いて渋い顔をした。
「駄目なの? オヤジさん!」
「駄目とはいわんが……安心して任せられると言うと嘘になっちまうな」
オヤジが困ったように禿頭をかく。カウンターの前にいる俺たち二人と、俺たちの後ろへ肩越しに視線を向け、ややあって口を開いた。
「これが二体なら任せても良かったんだがな。三体となるとちょっとな」
オヤジも俺と同じ考えのようだ。三体相手となると、どう頑張っても俺たちが不利になるのは否めない……。
隣のルビィをうかがうと、なぜか今にも泣き出しそうな顔をしている。
オヤジもそれに気付いたのか慌ててカウンターの下に手を伸ばす。
「こっちじゃ駄目か? さっき入ってきた依頼なんだが」
オヤジは取り出した一枚の紙を俺たちに見せた。
そこにもオーガという言葉が書かれていたが、少し違った。討伐の対象となっていたのはレッサーオーガだった。
レッサーという名前の通り、オーガより少し体格が小さくて力も劣る魔物だ。とはいえさすがにゴブリンロードなんかとは比べものにならないほどの実力がある。
「数は同じく三体だ。これならお前たちにも安心して任せられる。もちろん楽勝とはいかんだろうが」
オヤジの言葉に俺はうなずいた。
レッサーオーガが三体。楽に勝てるとは思わないが、最終的にはこちらが勝利できるという自信がある。
つまり適切な相手と言うわけだ。俺たちにとってもギルドにとっても。
「レッサーオーガ……」
明らかに気落ちした様子のルビィだったが、少しの沈黙の後に顔をあげた。
「うん、わかった。じゃあその依頼を受けます」
「そうか! よろしく頼むぞルビィ!」
オヤジは顔をほころばせ、いそいそと依頼に関する手続きを始めた。
やりとりを見ていた俺は内心ほっとしていた。もちろんルビィがオーガ討伐をあきらめてくれたことにだ。
ルビィには悪いがさすがにオーガ三体はきびしい。それにルビィもまだオーガと戦士として向かい合ったことはないだろうからな。もし依頼を受けていたら無事にすんだとは思えない。
俺は後ろを振り向く。
様子をうかがっていたモルグナンたちもどうやら胸をなでおろしているようだ。特に楽したがりのヤムロイは明らかに喜んでいる。まあ、今回は俺もおっさんと同じ気持ちだが。
ただ、レッサーオーガはトーメにとっては初めての相手だろうし、強敵であることは変わらない。俺はトーメを連れて席に戻ると、レッサーオーガについての説明をはじめた。