5話 貫く雷光
先ほどよりも多い敵の群れが俺と隣のモルグナンに襲い掛かってくる。これでも俺とモルグナンの攻撃魔法であらかじめ迫る敵の数を減らしてはいたのだが、やはり数の暴力は厄介だ。
目の前で向かい合うホブゴブリンの数も先ほどを上回る四体だ。おっさんを後ろに下げて正解だったかもしれない。
おっさんには白魔法でシールドをはじめとした簡単な支援魔法を担当してもらっている。あと万が一、後ろに抜けられた時の護衛だな。さすがにゴブリンくらいならおっさんに任せても大丈夫だろう。たぶん。
ルビィにはより高レベルの白魔法による支援を、それに加えて今はディテクトによる敵探知もやってもらっていた。ゴブリンロードはそれなりに頭がいい。配下を使って正面以外から襲撃をさせるかもしれないし。
やがて砦の二階にある朽ちかけた窓からゴブリンが顔を出した。乗り出したその身には弓が握られている。しかしそれは予測ずみだ。
「フリーズアロー!」
後方からトーメの声が聞こえる。俺の視界のすみで二階に向かって氷の矢が飛んでいくのが見えた。トーメはしっかりと役目を果たしてくれているようだ。
他にも同じような敵を発見できたのか、トーメの魔法発動の声が断続的に響く。横やりを入れられる心配はなさそうだ。
やがて俺とモルグナンの前にいるホブゴブリンの数が四体から二体になった。取り巻きのゴブリンたちをさばきつつ、ほぼ同時に目の前のホブゴブリンを倒したのだ。さすがに俺と同じで戦士スキルが4レベルなだけはある。おっさんと違い、安心して肩を並べられる。
俺たち二人の剣はすぐにそれぞれ最後のホブゴブリンを追いつめた。そしてとどめを刺そうとしたその時。
突然、目の前がまばゆい光に包まれて俺の体に衝撃と痛みが走った。いや、俺だけじゃなくて隣のモルグナンも無事ではないようだ。そして俺たちの目の前にいる二体のホブゴブリンも。
ホブゴブリンの大柄な体が崩れ落ちると、その奥にいた敵の姿が見えた。こちらに手をかざしているのはゴブリンロード。どうやら自分の配下もろとも攻撃魔法を使ったようだ。この効果はライトニングブラストか。
ルビィとおっさんの使ってくれた支援魔法のおかげか、幸い致命傷というほどのダメージはない。
「ハルト! モルグナン! ごめん、気付かなかった!」
後ろからルビィの悲痛な叫びが聞こえる。おそらくディテクトで敵の動きを探知していたのに看破できなかったことを言っているのだろう。
だがしかたない。ディテクトで感知できるのは敵の位置だけだ。今何をしようとしているかまで分かるのは、はるか上位の魔法なのだから。
ややあって俺とモルグナンの体を光が包んだ。ルビィが使ってくれたのだろう、4レベルの白魔法であるヒーリングの光だ。キュアウーンズよりも効果は高い。俺の体は一瞬で痛みが消えて傷も全て回復した。モルグナンもそうだろう。
俺たちの傷があっさりと治ったことに、ゴブリンロードの顔がひきつった。どうやら己の魔力にかなりの自信があったらしい。
しかしライトニングブラストはしょせん3レベルの黒魔法。俺たち魔剣士にだって使うことが出来る程度の魔法にすぎない。
……やべえ、言っててちょっとつらくなってきた。
それに今は奴の魔法のおかげで目の前にいた敵もすべて倒れている。ゴブリンロードが引き連れてきていたらしい護衛のホブゴブリンが走ってくるが、連中は巨体がわざわいしてのろまだ。魔法を使うには十分な時間がある。
先ほど俺たちに喰らわせてくれた魔法を、そっくりそのままお返ししてやろうじゃないか。いくぞモルグナン。
俺がライトニングブラストの詠唱を始めると、モルグナンも俺のやりたいことに理解が至ったのか口を開く。
「フハハハハハ! 我ら二人が放つ漆黒の雷光、その身に受けて果てるがよい!」
いや変なポーズとってないで早く詠唱しろよ! あと黒い雷光なんて出ないから! 普通の雷光だから!
「ライトニングブラスト!」
先に詠唱を開始していた俺の魔法が完成し、手から雷光が伸びた。まばゆい光の帯がゴブリンロードを襲う。間に入っていたホブゴブリンも道連れだ。しかし、残念ながらそれだけでは奴らを倒すことはできなかった。ゴブリンロードたちはまだ二本の足で立っている。
レベルの高い黒魔法使いなら、おそらく今の一撃で決めることができたんだろうがな……。
「ライトニングブラスト!」
そこに、遅れて完成したモルグナンの雷光が飛ぶ。さすがにこの連携攻撃に耐えられる者はロードも含めて一体もいなかったようで、ゴブリンの群れはまとめて倒れてくれた。もはや命の息吹は感じない。
「やったね! この辺りに敵はもういないよ。ハルト」
どうやら他のゴブリンたちもいつの間にか片がついていたようだ。ルビィの嬉しそうな声が背後から聞こえてきた。俺は振り向き、笑顔でそれに応えた。トーメとおっさんももちろん無事で、こちらに手を振ったり頷いたりしている。
やれやれ、なんとか初依頼クリアといったところだな。
◇
「なんだか本職の白魔法使いって感じだったかも!」
とても嬉しそうなルビィの声。ルビィは白魔法を一番得意としているが、パーティーに白魔法使いがいたらほとんど出番はないからな。白魔法のスキルでここまで活躍できたのはこれが初めてなのかもしれない。
「ワシもホブゴブリンと戦っている最中、歴戦の戦士のような気持ちだったよ」
誇らしげなおっさんには悪いが、それは少々自己評価が過大というものだぜ。3レベルならホブゴブリンくらいはもう少し余裕を持って倒してほしい。
「フハハハハハ! 戦いに終止符をうった我とハルトのダブル・ダーク・ライトニングブラスト、しっかりとその瞳に焼きつけてもらえたかな?」
モルグナンが俺たちをぐるりと見まわして尊大な笑みを浮かべている。
ええい魔法に変な名前をつけるな。というか俺を同志のような目で見るな。
「ぼくもお役に立てましたか? 皆さん」
トーメが皆のことを窺うように一人一人の顔を順に見つめ、最後に俺の方を見上げた。
その目には不安の影がある。これまで、自分の戦いぶりを認めてもらえたことがほとんどないのかもしれない。
そんなトーメに、俺は力強くうなずいた。
「ああ、十分な働きだったぜトーメ」
俺の言葉に、ようやくトーメの顔が輝きだす。
「ありがとうございます! これからも頑張りますね!」
全員が輪になって集まり、お互いの健闘を心から称えあう。一応おっさんも含めて。
それは俺が久しく見ていなかった光景だった。他の皆にとってもおそらく同じだろう。
どの顔にも笑顔があり、声は喜びに弾んでいる。冒険者になって良かったという気持ちになれる。
ひとしきり喜びの会話をかわした後、トーメが俺の方に向き直ってキラキラとした瞳で俺のことを見つめた。
「そういえばハルトさん凄かったですね。あの強いホブゴブリンを剣であっさりと倒してましたし、魔法を使うことでも活躍するなんて。ぼくもいつかハルトさんみたいになりたいです!」
その言葉に俺の胸がチクリと痛む。たしかに俺は魔剣士としては強い。スキルレベルだけで見るなら最強の魔剣士だと言ってもいいだろう。しかし、しょせん本職にはかなわないのだ……。
クラスを選ぶ前のお前と出会えていたら、きっと忠告してやれただろうに。魔剣士にだけはなるなよ、と。