2話 あっさりそろった仲間たち
「オヤジ! 魔剣士だ! 魔剣士を募集したい! あと四人だ!」
ここは行きつけの冒険者ギルド。その一階にある酒場で俺はカウンターに両手をついて叫んだ。
常連である俺の声を聞いて、ギルドマスターを兼任する酒場のオヤジがなぜか呆れた顔をしてやってくる。
「ハルトよ。パーティーから追放されすぎて頭がおかしくなったか?」
「おかしくなってねーし! 俺はまだまだ正気だし!」
「追放されすぎているのは否定せんのだな……」
ハルトというのはもちろん俺のことだ。正式な名前はもう少し長いが、俺とつきあいがある奴は俺のことをそう呼ぶ。
俺は常連の気安さでカウンターに寄りかかり、オヤジに向かって先ほど思いついたアイディアをぶちまける。
「俺を含めて五人の魔剣士パーティーを作る。これなら全員が活躍できると思わないか? 前衛も後衛も状況によって交代可能だし、全てのスキルが活かせるはずだ!」
すでに髪の毛がなくなっている頭をかきながら、困ったような視線をこちらへと向けてくるオヤジ。一度口を開いて何かを言いかけたようだが、無言のまますぐに閉じた。
浮かれている俺とは対照的に、どうにもその反応は芳しくない。さすがに俺のアイディアが少々突飛すぎたか?
しかし俺はオヤジに理解を得られなかったことは特に気にせず、仲間募集の手はずを整えてくれるよう改めて催促した。思い立ったが吉日というやつだ。
「まあ貼り紙くらいはしてやるが……」
先ほど何か言いたそうだったオヤジは、結局その言葉を飲み込んだのか特に言及することなく、カウンターの裏から紙とペンを引っ張り出した。さらさらっと魔剣士募集についての内容を書き始める。
俺は紙に書いてほしい募集要項をオヤジに伝え、オヤジの腕もその通りに動いていく。
やがて完成した紙を俺に差し出した。
「ほらよ。そこのボードに貼っとけ」
「あんがとな」
「他の貼り紙を隠すような貼り方はするなよ?」
「……チッ」
たくらみに釘をさされた俺はしぶしぶ、空いているスペースにお行儀よく仲間募集の紙を貼った。
酒場の一画を占めているこのボードには、主に冒険者に対する依頼が書かれた紙が貼られる。
それ以外では新しいパーティーメンバーを探しているという貼り紙も良く見かけるし、今もそういった種類のものがちらほらある。もちろん魔剣士を大々的に募集しているような酔狂な貼り紙は、俺が先ほど貼り付けたものだけだ。
おっと、さすがに自虐的に過ぎるな。今日から魔剣士の華々しい日々が始まるはずなんだ。そんなことを考えてどうする。
俺は貼り付けた紙をじっくりと眺め、仲間募集についての記載内容を改めて確認した。
魔剣士だけの五人で組んで依頼をクリアしましょう!
魔剣士なら誰でもウェルカム!
報酬はちゃんと五等分!
募集主ももちろん魔剣士です!
紙には俺が望んだ通りの文章が書かれている。オヤジのごつい見かけからは想像できないくらい字が綺麗だ。
……うーん。アットホームなパーティーですとか、女性が活躍中ですとか書いておいたほうがよかったか。
この貼り紙を見た酒場にいる連中から、さっそくからかいの言葉が飛んでくるが気にせず適当にあしらった。魔剣士がつらく当たられるのはよくあることだ。
魔剣士になってから、精神的な打たれ強さだけは一流のものが身に付いた気がするぜ。
俺はボードの前から離れると、テーブルについて酒と料理を注文する。依頼の紙には俺の容姿やら特徴やらにくわえ、普段はこの酒場にいることも書いておいたから、こうして目立つところに座っていればあちらから声をかけてくるだろう。
「あの……まだ空いてる? 魔剣士だからという理由で軽く見られたり、報酬を差し引かれたりしないのよね?」
「ワシ、もう四十歳オーバーの魔剣士なんだけど本当にいいのか?」
「フハハハハハハ! 偉大なるこの我が貴様に力を貸してやろう! ……助かったぞ。もう宿代もほとんど残ってなくてな。いやほんとありがたい」
「ぼ、ぼくでも活躍できますか? 最近はどこに行っても門前払いで……」
なんと、求めていた人数があっさりと集まった。皆、俺と同じような境遇が続いていたのだろう。
一人目から順に、まずは女の魔剣士ルビィ。外見もスタイルもかなりいい。魔剣士でなければ引く手あまただったろうに。
二人目はおっさん魔剣士ヤムロイ。あきらかにくたびれている中年のおっさんだ。
……募集要項で年齢制限くらいはかけておくべきだったな……いや、しかしこの人が俺の将来の姿かもしれないと思うと、やっぱり邪険にはできない。
三人目は自称、偉大なる魔剣士モルグナン。おそらく俺と同じで、魔剣士というクラス名に惹かれて職を選んだに違いない。
最初の言動こそ尊大で芝居がかっていたが、宿代にも困っているというのは本当のようだ。今も酒や料理を頼まずに水だけを飲んでいる。魔剣士だから依頼になかなかありつけないんだろうなあ。
四人目は少年魔剣士トーメ。俺も含めたこの五人の中で一番若い。魔剣士になって間もないのだろうな。ああ、俺もこれぐらいの時にはすでに、魔剣士の実態になんとなく気付いて嫌な気持ちになってたっけ……。
……全員、そこはかとなく自信なさげで卑屈な感じがしたことが、魔剣士の現状をあらわしているようで悲しかった。
◇
俺たちは円卓を囲み、改めて自分の力量をお互いに紹介しあう。
ルビィのスキルレベルは戦士スキルが3、白魔法スキルが4、黒魔法スキルが2らしい。今の年齢は十九歳だそうだが、若いわりにかなりの実力者だ。もちろん魔剣士という枠の中でだが。
英雄になって人々を救うことが夢だったの、とルビィは照れくさそうに語る。もっとも今はそんな夢とは裏腹に、パーティーメンバーからぞんざいに扱われて、ろくな活躍もできない日々が続いていたそうだ。
心が折れかけていたところに、ちょうど俺の貼り紙を見かけて応募してきたとのこと。
ルビィは皆とのやりとりの最中も、高難度の依頼を受けて旅立つ冒険者連中の姿を、羨望の眼差しで見つめていることが多かった。
この若さでここまでレベルを上げていることを考えると、本人はかなりの努力家なのだろう。戦士などの専門職についていればおそらく大成したのではなかろうか。
ほんっっっっっっと、なんで魔剣士なんて選んじまったんだろうな、こいつは。
続いてヤムロイ。先ほど述べたように見た目は中年のおっさんだ。
ヤムロイのスキルレベルは戦士スキルが3、白魔法スキルが2、黒魔法スキルが1だった。
……なあおっさん。なんでその年齢にもなってスキルがひとつもMAXになってないんだ? 二十代の俺すらすでに全スキルが最大なんだが?
まさか怠惰なのか? そういえば体つきもなんだか締まりがないよな?
魔剣士ってだけでも世間の風当りはつらいのに、さらに怠け者とあっては生きる価値もないんじゃないのか? おおん?
……いかんいかん。ちょっと辛辣になりすぎたな。
きっと若いころは情熱にあふれていたんだろうけど、魔剣士という現実の荒波に耐えかねて堕落しちまったんだろう。そう考えると哀れな人なのかもしれない。
でも次にパーティーメンバー募集の機会があったら、やっぱり年齢制限くらいはかけておくか……。
次はモルグナン。見た目は俺と同じく二十代。
大げさな身振りとともに尊大な口調で喋るのが特徴のようで、こいつの言動のせいで俺たちの円卓は人の視線を集めることが多かった。ただでさえ魔剣士が集まっているということで目立っているというのに。
モルグナンは戦士スキルが4、白魔法スキルが0、黒魔法スキルが4だった。明らかに攻撃偏重なスキルの伸ばし方をしている。ああ、こいつも剣と攻撃魔法の力でバリバリと活躍したかったんだろうなあ。分かるよ。俺もそうだったし。
でもこれからはちゃんと白魔法スキルも伸ばせよ? 今のままではおっさん以下だぞ? あっ、この煽り文句けっこう破壊力高いわ。
そして最年少のトーメ。成人年齢の十五歳に達してからすぐ魔剣士になったらしい。それ以来必死に頑張ってきたが、なかなか良い仲間に巡り合えず、最近はやむなくひとりで依頼をこなす日が多かったとのこと。
まあ俺は最高の仲間だと思えたような連中からですら、何度も追放されているけどな……。
トーメは三種類すべてのスキルが2レベルだった。バランスよくレベルを上げている。魔剣士のスタンダードと言っていいだろう。実はそのバランス良くレベルを上げるという考えが罠なんだけどな……。
もっともその罠にかかろうがかかるまいが、魔剣士の将来に光がないことはすでにこの俺が証明してしまっているわけだが。
最後に俺が自己紹介し、すべてのスキルが最大の4レベルであることを伝えると、みんな驚いていた。
特にトーメは憧憬の眼差しで俺のことを見つめてくる。魔剣士となってから、実に久しぶりだ。そんな目で見てもらえたのは。これだけでも魔剣士パーティーを作った価値はあったかもしれない。
なにはともあれメンバーは集まった。
金がないモルグナンは今すぐ依頼を受ける事を主張したが、もちろん俺もその意見に異論はない。ルビィもトーメも力強くうなずいた。
……おっさんだけはイマイチやる気なさげだったが。本当に追放してやりたくなる。
俺は席を立ち上がると、あらかじめ目をつけていた討伐依頼の紙をボードからはがし、ギルドマスターを兼ねる酒場のオヤジのところに向かった。