12話 いつもの酒場、いつもの酒、いつもの……
俺はいつもの酒場で、いつもの酒を飲んでいた。
しかし、その周りにいつもの仲間はいない。俺一人だ。
あの戦いとは呼べない出来事のあと、俺たちは呆然自失としてこの街に帰り、この酒場の円卓についた。
あまりに俺たちの様子がおかしかったのか、いつもからかってくる連中が心配そうに声をかけてきたり、もしくは何も言わずに放っておかれたりしたことを覚えている。
俺たちは円卓を囲んだまましばらく何もしなかった。何も語らず、何も飲まず、何も食わず。
やがてルビィがしゃくりあげるように泣き出した。俺たちはそのことに気付いていたが、彼女に言葉をかけることもなかった。
それから数日は目的もなくこの酒場にただ集まり、何もせずに過ごしていた。
そしてある日、あの上級魔族が誰かによって倒されたことを知ったんだ。
だが、特になんの感慨も湧かなかった。
次の日。酒場でルビィを見かけなくなった。その日だけでなく、その次の日も。そしてそのまた次の日も。
少し経って、今度はヤムロイの姿を見なくなった。やはり、その日以降もあの中年の姿を見かけることはなかった。
そしてモルグナン、トーメ。
いつの間にか二人の魔剣士もこの酒場に顔を出すことがなくなっていた。
こうして俺は今現在、一人で酒を飲んでいるというわけだ。
「ハルト」
誰かが俺の名前を呼びながら対面の席に座った。
わずかばかり顔を上げてみる。
そこにいたのはここのギルドと酒場のマスターを兼ねるオヤジだった。
ここしばらく一度も声をかけてこなかったのに、一体どんな風の吹きまわしだろう?
オヤジはろくに反応もしない俺をじっと見つめたあと、深々と溜息をついた。
「やっぱりこうなったか……」
その言葉に、俺は久方ぶりに外の世界へと意識を向けた。
「オヤジ……あんた、分かってたのか?」
オヤジはうなずく。
「オレがいったいどれだけここで働いていると思ってる? たまに出てくるんだ。お前のような考えに至り、魔剣士のみでパーティーを組む連中がな」
「……そいつらは、どうなったんだ?」
先ほどオヤジが溜息まじりに吐き出した言葉で大体の結末は分かっていたものの、俺は尋ねずにはいられなかった。
「無茶がたたって全滅した連中もいるし、お前たちのように無事に戻ってきたものの、そのあと解散してしまった連中もいる……少なくとも、伝承になって世界中で広くうたわれる英雄のような存在になれたやつらはおらん」
「そうか……じゃあ、俺たちは運が良かったのかもしれないな……」
あの時は死を望んでいるような行動をとった俺だったが、やはり、死なずに済んでよかったと考える自分がいる。
ルビィはどう思っているのだろうか。あの時上級魔族に殺されたほうが良かったと今でも思っているのだろうか。
そしてヤムロイ、モルグナン、トーメ。あいつらは今どうしているのだろう。
本当に久しぶりだった。仲間たちに意識を向けることも。
「オヤジ……」
「うん?」
「話してちょっとだけ元気が出てきた。ありがとうな」
「そうか」
オヤジはふっと笑うと、席を立ってカウンターの方へと戻っていった。
俺はまだわずかに残っていた杯の残りを飲み干す。
そして体の向きを変え、依頼ボードを見つめた。そこには、いつものように討伐依頼や仲間を募集する貼り紙が所せましと貼られている。
俺は冒険者であり、魔剣士だ。それは今も、そしてこれからも変わらない。
「明日から、またやるか」
胸に新たな決意を秘め、俺は小さな声でつぶやいた。




