11話 無題
一体何があったというのか、広大な範囲の大地には草も木も生えず、人間が作ったはずの家々もなかった。
ただ黒く染まった大地が見渡す限り広がるのみ。
その土の上に、一体の異形が立っていた。
上級魔族。
全身の色は藍色に近い。背には皮膜のような翼を生やし、無駄な脂肪分など一切なさそうな筋骨隆々とした体からは腕が六本も生えている。顔にはかろうじて人型と言えるような目、鼻、口、といった器官が見えた。しかしそれらも人間のものとは程遠い形状だ。とにかく分かったことは、あまりに次元が違い過ぎる存在だということ。
もちろん俺も直に見るのは初めてだ。それはルビィたちも同様だろう。
情けない話だが手足が震える。カチャカチャと耳障りな音を立てながら剣を鞘から抜いた。仲間たちもそれにならう。
が、しかし。
上級魔族はそんな俺たちを見て笑った。
「なんだお前たちは?」
しばらく俺たち全員を眺めると、つまらなそうに鼻をならす。
「全て魔剣士か……魔剣士ごときがいったい何を……」
とそこまで言葉を発した後、上級魔族は唇を笑みの形にゆがめた。その笑みには、今まで他の冒険者たちが俺に向けた嘲りとは比較にならないほどの侮蔑が込められていた。
「悪いが、自己満足につきあってやる義理はないぞ」
その言葉を聞いたルビィの体がびくりと震えた。その心中を見透かされたからだろう。
「お前たちのような塵芥がこの俺と戦った、などと勘違いされるのも業腹だ。消えろ」
六本ある腕のひとつを俺たちに向けて伸ばし、ぱちん。と指を鳴らした。それだけだった。
が、次の瞬間に俺たちはまとめて遠くへと吹き飛ばされていた。強烈な魔力の突風がその指から放たれたのだ。
どこまでもゴロゴロと転がっていく。闇のように暗く、土くれ以外は存在しない大地の上を。
やがて土に塗れた俺たちの回転が止まったあと、わずかに残る気力で上半身を起こし、遥か彼方を見てみたが、もはや上級魔族の姿はどこにも見えなくなっていた。
人間が虫を潰すときですらわずかに敵意を抱く。
しかし、あの上級魔族はそんな気配すら感じさせなかった。
道端の石ころ以下の存在だったのだ、俺たちは。
「そ……んな……」
ルビィのつぶやきが俺の耳に届いた。俺はルビィにかける言葉も思いつかなかった。
もちろんそれはモルグナン、トーメ、ヤムロイも同じだ。
戦う前、俺たちは少しだけ英雄になれたような気持ちでいた。
恐ろしい上級魔族に立ち向かい、わずかなりともその進攻を食い止めた存在として人々の記憶に残るのではないかと。
でもそんなことすら俺たちにとっては夢物語だった。
上級魔族によって町ごと滅ぼされてしまった多くの住人や動物たち、もしくは消滅してしまった木々や河川。
そういったものたちのように悲劇として語り継がれることもなく、やがて忘れ去られることもない。
もちろん上級魔族と戦ったなんて言えるわけもなかった。あれは戦いですらなかったのだから。
ぽきん、と折れる音がした。
それは心を支える何かが折れる音だった。誰の心が折れたのか。ルビィか。それとも俺か。モルグナン、トーメ、ヤムロイの誰かか。
それとも、俺たち魔剣士パーティーそのものか。
――後日、俺たちは……俺たち以外の誰かがあの上級魔族を討ち取ったことを、酒場の噂で聞いた……。




