第６４話「復讐②」
集合場所に指定された妖精猫ジャンの『隠れ家』は、王都の中心、中央広場より少し離れた、一般市民が住む街区の奥まった一画にあった。
この家の居間に主のジャンは勿論、ディーノとケルベロス、オルトロスの4人が集まっていた。
ディーノは改めて室内を見回した。
この建物自体は古めかしい2階建てで、しばらく空き家になっていたようだ。
ジャン曰く、借家として契約すると家主との規約を守るのに際し、『支障』が出るので思い切って買い取ったらしい。
『支障』というのは猫の本能から生じるものだとジャンは言った。
そもそも猫は、『夜行性』だと思われるが違う。
『薄明性』であり、彼等彼女達が最も活動するのは夕方及び明け方なのだ。
夕方ならともかく……
皆が寝静まる明け方に猫達が「にゃあにゃあ」騒いだら、間違いなく近隣から苦情が出るだろう。
想像して思わず笑いそうになったディーノであったが……
ジャンの調査報告が始まると顔が引き締まった。
今回の黒幕と目されるヴァレンタイン王国貴族ロシュフォール伯爵の予想以上の悪辣な正体が明らかにされたからだ。
ロシュフォール伯爵――ウスターシュ・ロシュフォールは35歳独身。
見合いで結婚した妻とは最近、離婚。
子供は居ない。
両親も既に死亡。
住まいは王都貴族街区の一等地。
広大な屋敷に住み、街を警備する衛兵隊から選ばれた屈強な護衛達を正門と邸内に常駐させている。
王国ではその衛兵隊統括としての役割を担う。
古参に入るロシュフォール伯爵家が代々その職務を務めているのでウスターシュも当主となった際、その職を受け継いだ。
しかしウスターシュは現在の地位に全く満足してはいない。
清廉誠実だった亡き父とは違い、衛兵隊の上層部を金で手なずけると、
鉄爪団を含めたいくつかの愚連隊を裏で使い、種々の犯罪行為によって生じた金を吸い上げ、莫大な利益を得ている。
但し……
用心深いウスターシュは足がつかないよう愚連隊のリーダーに直接会う事はせず、部下の衛兵隊隊長、騎士爵ギヨーム・アンペールをつなぎ役として使っている。
またウスターシュの上席は王国の軍務統括だった故アルドワン侯爵であり、今や跡を継ごうと国王に財宝を献上し、取り入りつつある。
その財宝も犯罪行為で得た金なのは間違いない。
ジャンはここまで話すと大きく息を吐く。
『ディーノ、もっとヤバイ話がある』
『え？ ヤバイ話？』
『ああ、アルドワンを陥れた、彼の反逆を匂わせる証拠の手紙はウスターシュが造らせた真赤な偽物なんだ』
『え？』
『他人のサインや筆跡をそっくり真似るプロを秘密裏に雇い、アルドワン侯爵以外にも偽の書類や手紙を大量に偽造しているんだよ』
『おいおい、それって……』
『ああ、アルドワンだけじゃねぇ。国王以外の王族や側近も全て追い落とそうとしている』
『…………』
『アルドワンのように無実の者を無理やり犯罪者に仕立て上げてな。当然偽物の手紙や書類を使ってだ』
『……何て奴なんだ』
話を聞いたディーノは呆れてしまう。
貧しかった平民の自分に比べ、伝統ある伯爵家を継いだうえ、仕事まであるのだから、何の不満があるのかとも思う。
しかし権力欲に取りつかれた人間の望みは、際限がないようだ。
険しい顔のディーノを見て、ジャンの声が低くなる。
『まだ終わりじゃないぞ、ディーノ。ヤバイ話は更にある。超が付くヤバイ話がな』
『おいおい！ まだあるのか？』
驚くディーノに対し、ジャンは淡々と告げる。
『……ウスターシュ・ロシュフォールは売国奴の裏切り者だ。隣国ロドニア王国と通じている』
『な！？ 何～っ！！！』
他国に通じる。
すなわち裏切り……つまりは謀反を企んでいる。
さすがにディーノも大きな声が出てしまった。
しかし肉声ではなく、念話なので公に漏れる心配はない。
ジャンの話はより具体的となって行く。
『奴はもう既に絵を描いている。アルドワンの跡を継ぎ、ヴァレンタイン王国軍を掌握したら、幹部を金で買収。頃合いを見てクーデターを起こし、攻め入ったロドニア軍を戦わずして無傷でこの王都へ引き入れる』
『むむむむ……』
もう言葉が出ず唸るディーノに、ジャンはウスターシュの最終的な野望を明らかにする。
『そして敵軍侵攻の混乱に乗じて国王を殺害し、ヴァレンタイン王国中枢部を完全に占領したら、ロドニアの姫君を貰い受け、結婚し、どさくさに紛れ両国を併合。世界有数の大国となった新しい国の王となる腹積もりなんだ』
『と、とんでもない悪党……いや外道だ』
『ああ、外道だ。最低の腐れ野郎だよ。……で、どうする、ディーノ』
今度はジャンから尋ねられた。
ディーノは手先となったブリアックから首魁がウスターシュだと聞いた時から、温めている方法を改めて思い直した。
『ああ、俺に考えがある』
何か良い策があるとディーノから聞き、
ジャンは念を押すように聞き直す。
『考え？』
『ああ、国王リシャールは騙されているかもしれないが、王国幹部でウスターシュ・ロシュフォールの悪事に薄々気付いている者が居るはずなんだ』
『おお、政敵って奴だな？ 確かに居ると思う。俺様の方で裏取りをして、つなぎがつけられるようにしておくぜ』
『OK！ あとはウスターシュが使う鉄爪団を含めた愚連隊どもとのつなぎ役が鍵だな』
『うす！ 同じく調べて手配をしておく』
『悪いな、ジャン、頼むぞ』
ディーノは何かうまい方法を考えているに違いない。
ジャンは心が躍って来る。
『了解！ 面白くなって来たぜ！』
『ああ、今回はジャンに全面協力して貰う』
『はは！ 全面協力か？ 望むところにゃ！』
『おう！ ウスターシュの薄汚い野望は絶対に叩き潰す。徹底的に！ 王国を戦乱に巻き込むわけにはいかない』
『その通りだにゃ。アルドワンの無念も一緒に晴らそうぜぃ！』
『だな！ ジャン、本当に良くやってくれた。お前を仲間にして良かったよ』
ディーノから最高の誉め言葉を貰い、胸を張ったジャンは、
「どうだ！」というように、笑みを浮かべ、ケルベロスを見やったのである。
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