第56話「幽霊の遺産⑧」
アルドワンは何故、どのような罪で投獄、収監されてしまったのか、
隠された真実は、いよいよ明らかになる。
魔法発動態勢に入ったディーノの顔付きは真剣そのものだ。
考えても頂きたい。
己の人生を全うするだけでも大変且つ困難といえるのに、
他者の人生まで背負おうとなれば、心身共に重き十字架となろう。
いくらディーノが類い稀な能力者『導き継ぐ者』とはいえ、
受け渡してくれる者に、果たせなかった夢や希望があれば尚更なのである。
『さあ、ディーノよ、頼む! 読心魔法で心のうちを読まれるなど、そう経験出来る事ではない。思う存分、我の志と心情を汲み取ってくれ』
というアルドワンの懇願に対し、
『分かりました! 侯爵のお志とお気持ちを謹んで頂戴致します』
と精一杯、感謝の気持ちを込め、ディーノは応える。
目を閉じ、ロランに刻まれた知識から得た発動の手順を円滑に行っていく。
……召喚魔法同様、読心魔法のコツをディーノは徐々に掴みつつある。
やがて読心魔法は発動された。
……ディーノの心のうちに、幼い頃からのアルドワンの夢と希望、そして絶望が伝わって来る。
師ロランの心を垣間見た時は、何となく紙に包まれたような、手袋をした手で触るような間接的な感覚があった。
しかし今感じるアルドワンの心のうちは、完全に素手で触れ、掴むような直接的な感覚がある。
まるで心のひだをなぞるようなストレートな感触なのだ。
発動を終えたディーノの心は、深海へ潜るが如く、アルドワンの心の奥底へと入り込んで行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
表現、描写をすれば長くなるが、実際、読心魔法の発動から相手の心の読み取りまではほんの数秒しかかからない。
傍から見ても、ディーノと幽霊となったアルドワンが、単に対峙しているようにしか見えない。
無防備となったディーノを、ケルベロスとジャンは守るように囲んでいた。
瞬時にアルドワンの心の読み取りが終了した。
いつの間にか……
ディーノの目には涙があふれている。
アルドワンの儚い人生に涙したのだ。
……軍人系の名門貴族、アルドワン侯爵家に生まれたダニエル・アルドワンは、
未来の当主として、幼い頃から、武道の訓練に明け暮れて来た。
代々の当主がそうであったように、少年のダニエルはいずれ当主となり、
職務であるヴァレンタイン王国の軍事統括の職務を継ぐという路線が敷かれていた。
実際ダニエルは武道に優れ、歴代の当主に劣らない大器と見られていた。
いずれは王国軍の中心となるりっぱな騎士となる……
というのが周囲の見方だった。
しかしダニエルの『素』は違っていた。
武技よりも幼い頃に頃読み耽った小説の影響で、魔法使いに憧れる夢見がちな少年だったのだ。
15歳となり、騎士士官学校へ入学したダニエルは父の侯爵に隠れ、密かに魔法の勉強を続けていた。
残念ながら、ダニエルに魔法使いの才能は全くなかったが。
やがて……
基礎の勉強が終わり、学ぶよりも研究の域に入った。
だが……
ダニエルの魔法への情熱は全く変わらなかった。
否、いくつか新たな発見もしたから、逆に激しく燃え盛ったのである。
3年後、王立騎士士官学校を卒業したダニエルは王都騎士隊へ入隊。
幹部候補として騎士の実績を積んで行った。
当然多忙な中で、魔法の研究も続けていた。
王都騎士隊へ入隊して5年後、婚約者と結婚。
子供は出来なかったが、心から愛し愛し合う関係だったので家庭は円満であった。
騎士隊の副隊長にも就任し、暫し経てば、隊長。
そして王国軍幹部へと出世街道を歩む事が確約されていた。
しかし順調な時ほど落とし穴がある。
まさに好事魔多し、父の侯爵が魔物との戦いで戦死したのである。
その上、王国軍も大敗し、その責任は戦死した父に全て負わされた。
父が無残に戦死したショックなのか、数年後母も亡くなってしまった。
こうして……
亡き父の跡を継ぎ、ダニエルは王国軍の統括となった。
だが不幸はまだ終わらなかった。
今度は、愛する妻が流行病で亡くなったのだ。
生真面目なダニエルは妻を一心に愛していた。
その為、後添えを貰うつもりもなかった。
愛する者達を失った悲しみを紛らわすように……
ダニエルは職務に励み、そして魔法の研究に没頭したのだ。
さらに時が流れた……
老齢となったダニエルの跡継ぎの話題が頻繁に出るようになった。
しかしダニエルは全くその話題を切り出そうとしなかった。
そして今回の事件が起こった。
ダニエルの容疑は隣国ロドニアと組んでのクーデターという事だった。
証拠として、ダニエル直筆の密書とされた手紙も国王に直接届けられた。
ダニエルは、話を聞き、最初は笑い飛ばしていた。
クーデターなど全く覚えが無かったし、身の潔白を主張したのだ。
だが国王の判断は想定外だった。
ダニエルを反逆者と断定し、投獄したのである。
引き続き、懸命に身の潔白を訴えたダニエルであったが……
結局裁判にかけられる事となってしまった。
死刑になる事はほぼ確定だった。
老齢のせいもあり、ショックでダニエルの体調は急激に悪化。
収監されて丁度1週間、朝、看守が見回った際、
ダニエルは獄内において、死体で発見されたのである。
アルドワンの心から彼の出自、そして今回の経緯、
つまり真実を知り、ディーノは大きなため息を吐く。
やはり、アルドワンは冤罪であった。
証拠こそないが、何者かが陰謀をたくらみ、陥れられたに違いない。
『酷いですね……侯爵は完全に無実ではないですか』
『はは、冤罪という奴だな』
『……笑い事ではないです。お心当たりはないのですか?』
『それがな、たくさんあり過ぎて、困っておる』
『そんな……』
『いやいや、我の事はもう良い。幸い、汚名を被り末代まで苦しむ子孫も居らぬ』
『…………』
『我の死をきっかけに、結果として王国がより栄えればそれで良いのだ』
『…………』
『それよりも我が発見した古代魔法をディーノ、汝に託せて嬉しい。きっとモノにしてくれ。そして王国の為、いや世界の為に役立ててくれ、それが我が志であり、幼き頃からの夢だった』
『わ、分かりました! 頑張って習得します! そして侯爵の志を成し遂げます、必ず!』
『感謝するぞ、ディーノ。我が志と夢を渡せる汝を、子を持てなかった我は実の息子のように思う』
『侯爵……』
『我の為に……泣いてくれてありがとう、……感謝するぞ』
『…………』
『汝はペンタグラムを託して、天へ還った師を兄のようだと申した。我も汝の亡き父親に続きふたり目の父として、時たま、ついでの際に思い出してくれれば嬉しい』
『あ、ありがとうございます。俺、侯爵の事を思い出します! 一生忘れやしません!』
ディーノが言い放つと、アルドワンの姿が消え始めた。
思い残す事が無くなり、ロランのように天へ還るに違いない。
『ディーノ、我が息子よ。いよいよ別れの時が来たようだ。先ほども申した内容だが、師同様、我からも汝へ、父として、はなむけの言葉を贈ろう!』
感極まったディーノは自然にアルドワンを呼んでいた。
我が父と!
『ち、父上! お、お願いします!』
『うむ! 良いか! しかと聞け! 逆境を力に変え、武器とし盾とせよ! さすれば、ディーノ、汝は更に強くなれる!』
『は、はいっ!』
『口惜しさと屈辱を堪え、大いなる力へ変えよ! その力を新たな人生の、貴重な糧とするが良い! 以上だ!』
『はい! しかとお聞きしました! 父上、天国で母上とお幸せに!』
ディーノが『はなむけ』を受け、大きな声で応えたと同時に、
アルドワンの姿は完全に消えた。
安堵したディーノは再び大きなため息を吐いた。
無実の罪で散った老騎士から、大きな志と夢、そして勇気をも託され、しっかりと見送ったからである。
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