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第50話「幽霊の遺産②」

 依頼を受諾したディーノは、旧アルドワン邸の合鍵を渡された。

 無人の屋敷へ入って探索調査が出来るのは3日後だという。


 その3日の間に、サブマスターのブランシュ・オリオルから大元の依頼者であるマルコ・フォンティへ連絡が行き……

 受諾希望者――つまりディーノがが適任者なのか最終確認をした上で、

 依頼遂行に向けてスタートとなるらしい。


 つまり、3日後までにギルドからディーノへ『お断り』の連絡が行かなければ、

 依頼クリアスタートへ問題なしという意味となるのだ。


 そんなこんなで……ネリーからいろいろと付帯する諸々の情報も聞き、

 とりあえずディーノは英雄亭へ戻る事を決めた。

 屋敷の探索の段取りと対幽霊の作戦をじっくり練る事にしたのである。


 魂の残滓である幽霊は、魔族の範疇はんちゅうでいえば、

 精神体(アストラル)的な不死者アンデッドとなる。

 

 物理攻撃が全く効かない精神体の不死者と戦う際には、

 司祭達が行使する葬送魔法が最も効果的であると亡き父から聞いた事があった。


 司祭といえば……ああ、そうか、元司祭のあいつが居た。


 思いをめぐらすディーノは、鋼鉄の処女団(アイアンメイデン)メンバーのジョルジエットを思い出した。

 『秘密』を共有する者同士、協力者として、ジョルジエットを屋敷の探索に誘ってみようかとも思う。


 しかし、万が一……

 ジョルジエットとつるんでいるのがバレたり、見られでもしたら非常にまずい……


 ディーノには、はっきりと想像出来る。

 嫉妬と怒りに我を忘れたステファニーが拳と剣を振りかざし、獣のように吠えて、自分へ襲いかかって来るシーンを……


 「ぶるっ」と悪寒が走ったディーノは……

 そろそろステファニーが来襲した時の対策を立てねばと思う。


 と、その時。


『おい、がきんちょ。さっきはこの俺様を無視しやがって! 許さねぇぞ』


 ディーノの心に聞き覚えのない罵声が響いた。

 そして罵声を発した何者かが使っているのは、心と心で話す魔法――念話である。


「な? 無視?」


 しかし!

 ディーノが歩く通りには誰も見当たらない。

 「きょろきょろ」していると、再び罵声が響く。


『こら、ガキ! どこ見てる! こっちだ、こっち』


 ディーノは自然に言葉の発する波動をたどった。

 彼の視線の先に居たのは、黒猫である。

 

 この猫ならば、さすがに見覚えがあった。

 2時間ほど前、邪魔するように道をふさぎ、

 ギルドへ急ぐディーノを凝視していたあの猫だ。


 そして、何と!

 突如黒猫は「すっく」と二本足で、人間のように立ち上がった。


『あ!』


『何が、あ! だ。バ~カ』


『猫が……喋ってる……それも念話で』


『くそったれ! 何言ってる、お前のくそ子分は犬っころの癖に念話で喋るじゃね~か』 


 くそ子分?

 犬っころの癖に?

 何でこの猫が?


『おい、猫。お前ケルベロスを知ってるのか?』


『当然だ、馬鹿野郎! それに俺様はただの猫じゃねぇ、偉大なる妖精猫ケット・シー様だぞ』


『あ~、それ、ケルベロスから聞いたよ。身のこなしが半端じゃない、変身能力を有する猫のお化けが居るって!』


『たわけ! 何が猫のお化けだ! 犬っころがほざいた、お前の誤った認識を正す為に言っておくぞ。俺様はな、偉大且つ可愛い妖精の一族なの!』


『偉大且つ可愛い妖精? どこに居るの、それ?』


『ここだよ、ここ! 俺様の事!』


『はぁ?』


『知ってるか、がきんちょ。猫はな、いにしえの時代から尊きものとして敬われて来た賢い動物なんだ。そして俺様達妖精猫はな、その数多あまた居る猫の更に更に! 遥か上を行く数少ない限られた存在なのだ!』


『…………』


『加えて俺様の容姿を見ろ! 美しく且つ可愛いだろう?』


『…………』


『人間の、特に女子で猫嫌いな奴が居るか?』


『…………』


『にゃんと鳴けば、嬉しそうなため息を吐く。ごろんと横になれば可愛いと称賛される。万が一そそうをしたって、殆どが許される。しょうがないわねぇとか抜かしながらな』


『…………』


『以上! よ~く分かったか、がきんちょ!』


 えっへんと胸を張る妖精猫を見て、ディーノは大きなため息を吐いた。


『……一応は分かったけど、そのお猫様が俺に何の用?』


『はぁ? この愚か者のがきんちょめ! ま~だ、理解出来んのか!』


『分からんけど……』


『たわけ! この俺様妖精猫のジャン様が、畏れ多くもお前に力を貸してやる! そう言っているのだぁ!』


『……う~ん』


 妖精猫ジャンの申し出を聞き、考え込むディーノ。

 しかし答えはすぐに出たようだ。


『お前など要らん!』


『な、何だとぉ!』


『ジャンとか言ったな……お前は超マイペースそうだし、わがままで俺の命令を素直に聞かないと見た』


『そ~の通り! 俺様は俺様! いつも己の判断のみで人生を突き進む。他者の言う事など一切聞かんわ』


『ふうん……そういう奴って、人間にも居るけど……俺は苦手』


 そう言いながら、ディーノはステファニーを思い出す。

 わがままで強引で人の言う事を聞かないどころか、力づくで全てを通そうとするトンデモ女子だ。


 一方のジャンは、ディーノが断ったのが、意外だったらしい。


『あ~? んだとぉ! り、理由を言え!』


『理由?』


『そうだ! 俺様のせっかくの申し出を断る理由を! はっきりと言いやがれぃ!』


『そこまで言うのなら教えてやる……お前が言ったケルベロスとはチームとして、とても上手く行ってる。その大事なチームワークを、お前は乱すような雰囲気だもの』


『当たり前だ! たかが犬っころと高貴なこの俺様が上手くやれるわけねぇだろ! 理解しておけ!』


『だから! 結論はもう出てる』


『結論? 答えか?』


『そうだ! ……ジャン、確かにお前の申し出はありがたい』


『だろ、だろ!』


『だが断る!』


『は、はい~?』


『お前の助力など要らん、そう言ってる。それにさっきからのお前の態度はまるで押し売り、人に物事を頼む態度ではない。以上!』


 ディーノは念話でそう言うと……

 偉そうに助力を申し出た生意気な黒猫――

 妖精猫のジャンを置き去りにし、さっさと歩き出した。


 すると、ジャンが呼び止める。

 相変わらず馬鹿にしたような物言いである。


『こら! がきんちょ! こっちを見ろ』


 当然、ディーノは無視。

 

『スル~』


『お、おい! 見ないと、一生後悔するぞ! 限りある短い人生の大損失だぞぉ~! 待てよ、お~い!!』


 言葉こそ辛らつだが、何となく必死さが伝わって来る。

 苦笑したディーノは仕方なく。


『……仕方ないな、見るだけだぞ』


 と、振り返れば……


「ごろにゃ~ん、にゃんにゃん」


「…………」


 何と!

 ジャンは……往来の真ん中に寝そべり、甘えた声で鳴いていたのである。

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