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第48話「取り引きと抱っこ②」

 カルメン・コンタドール率いるクラン、鋼鉄の処女団(アイアンメイデン)

 鋼鉄の処女団には男子禁制という厳しい団規があった。


 マドレーヌから団規違反の罰則を改めて聞き、

 ディーノはにやりと意味ありげに笑う。


「ほうほう、……ならば! ここに奴隷どれいがひとり居る」


「え?」


 と、驚くマドレーヌを尻目に、

 ディーノは、ジョルジエットに対し、話しかける。


「確か……団規を破った者は奴隷となって、他のクランメンバーの言う事を1週間聞くんだよな? だろ、ジョルジエット」


「は?」


 いきなり違反を名指しされたジョルジエットは、

 虚を衝かれたように絶句した。

 先日のマドレーヌのように額から滝のような大汗が流れ出す。

 かなり動揺しているらしい。


 片や、びっくりしたマドレーヌはディーノに確認する。


「ホント? ディーノ? ジョルジエット姉御が団規違反なのぉ?」


 そんなマドレーヌの疑問に対し、ディーノは即座に答える。


「ああ、本当だ。こいつは3日前、騎士隊のアランとかいうイケメン騎士と、こっそりデートしていたみたいだぞ」


 ジョルジエットがイケメン騎士とデート!?

 もしもカルメンが知ったら、ただではおかないだろう。


「あ、姉御ぉ! ホ、ホントなのっ?」


「…………」


 マドレーヌが改めて問い質すが……

 ジョルジエットは答えず、無言のままであった。


 しかしディーノはきっぱりと言い放つ。


「おい、ジョルジエット。黙秘権を使っても無駄だ。1週間(とぼ)けて、適当にやり過ごせば済むと思っていたら大間違いだ」


「…………」


 なおも無言のジョルジエット。

 しかし沈黙は肯定の意味ともいう。

 

 更にディーノが追及する。


「お前は新リーダーとなるステファニー様の言葉を信じて、大胆な行動に出た」


「…………」


「婚約者が居るステファニー様が新リーダーになるのなら、鋼鉄の処女団の団規『男子禁制』はなし崩しになると見込んだからだ」


「…………」


「自分だって、男子と会って楽しくデートしても構わない。もし彼氏を作ってもカルメンにもとがめられたりしない、そう考えた」


「…………」


「己に自信があるお前は、前々から思っていた。女子として、世の男子にどれだけどのように評価されるか知りたいと」


「…………」


「お前が俺の婚約者だと信じるステファニー様は、俺の幼馴染までも自称している! だが! あくまでも自称だ! 彼女の言う事は全てが偽り! 絶対に違うからな! ここんところは以後も間違えるな!」


「…………」


「おいおい、少しは反応して喋れ」


「…………」


「よし、決めた! お前が黙秘したまま、事実を認めないのならば俺はちょっとした手紙を出す」


「ちょっとした手紙?」


 ここで、ようやくジョルジエットが反応した。

 訝し気(いぶかしげ)な眼差しを、ディーノへ送って来る。


「ああ、好きなやり方ではないが、時間もないし、他に方法も思いつかない」


「むむむ、念の為に言ってみてよ、どんな手紙なのか」


「うん! 善意のいち市民という匿名とくめいで、カルメン宛に通報する手紙だ」


「なに~っ! つ、通報!?」


「ああ、お宅のジョルジエットというクランメンバーが男といちゃいちゃデートしてましたよってな」


「はあああっ!?」


「お前が断りもなしに団規を破ったと知ったらすげ~怒るだろうなぁ、カルメン」


「ううう……」


「ステファニー様もそうさ、あの人はな、怒ったら凶暴な上、自分には大甘で他人には滅法厳しいという典型的なダブルスタンダード、自己中心タイプだもの」


「くっ!」


「さすがのお前もカルメンとステファニー様の追及からは逃れられまい」


「むうう……」


 唸り続けるジョルジエットへ、ディーノは言う。


「どうだい? ……じゃあ取り引きしようか?」


「と、取り引き?」


「ああ、その手紙は出さない。お前の団規違反もけして他言しない。代わりに条件がふたつあるから了解してくれ」


「じょ、条件がふたつ?」


「うん! まずはマドレーヌの行為を不問に付す事」


「え? 私を? ふ、不問にって?」


 と、驚くマドレーヌの傍らでディーノは言い切る。

 ジョルジエットに対し、きっぱりと。


「ジョルジエット! マドレーヌは俺に脅されてやむなく従った。裏切りは彼女の本意ではない」


「むう」


「それと、もうひとつ! 俺に改めて謝罪し、二度とデマを広めないと誓え。再度言っておくが、ステファニー様は断じて俺の婚約者ではない!」


「…………」


「ふたつの約束を遵守したら、お前の行いを厳秘として他言しない」


「…………」


「以上!」


「以上?」


「ああ、これで俺とお前達はもう何のかかわりもない。今後は単なる冒険者同士という位置付けだ」


「わ、分かった! 約束は守る!」


 ジョルジエットは即座に了解した。

 黙っている間、ずっと考えていたに違いなく、

 ディーノの提案に渡りに船とばかりに飛びついたのだ。


 しかし、単なる冒険者同士という位置付けだといきなり言われ、

 マドレーヌは戸惑う。


「ね、ねえ! ディ、ディーノ!」


「おう! 何だ、マドレーヌ」


「わ、私とも? こ、これっきり?」


「ああ、そうだよ、マドレーヌ。そんなに厳しい団規があるのなら、お前奴隷にされちまうぞ」


「え?」


「確かに俺はお前とデートなどしてはいない、いちゃついてもいない」


「…………」


「だがステファニー様とカルメンの事だ」


「…………」


「俺とお前の関係を必ず揶揄やゆし、団規違反だと、難癖なんくせつけるのが目に浮かぶ。結果、お前が奴隷にされたら俺はひどく辛いもの」


「わ、私が奴隷にされたら? ディ、ディーノが……ひどく辛い……の?」


「ああ、もしもこんな出会いじゃなかったら、マドレーヌ、お前とは良い友達になっていたと思うからさ」


「え?」


 もしもこんな出会いじゃなかったら……

 良い友達になっていた。

 

 驚くマドレーヌに、ディーノは更に告げる。

 ジョルジエットにはけして聞こえないよう、念話を使って。


『マドレーヌ、今後道で会っても念話でこっそり、挨拶しようぜ、こういうふうにな』


 ディーノが悪戯っぽく笑って告げれば、マドレーヌは意外な反応を見せる。

 何と!

 犬のように唸り出したのだ。


「うううううう……」


『おいおい、どうした、マドレーヌ』


「あううっ! 抱っこ~!!」


 かばって貰った上、優しくされてマドレーヌはもう我慢出来なかった。

 幼児退行したのか、小さく悲鳴をあげ、ディーノへ突進した。


「ああ、マドレーヌ!」

「ダ、ダメ~っ!!」


 今度はジョルジエットが仲間の乱心に戸惑い、何故かニーナが必死に制止する中で……マドレーヌはしっかりとディーノへ抱き着いていたのである。

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